つけ麺と育メン
フードコートでは、まずキッズスペースを探す。
普通のテーブルとベビーチェアも使えるし、最悪ベビーカーのままでも良いのだが、キッズスペースならもし壮良が泣き出したりしても周りも皆んな乳幼児連れで、周囲の目が気にならない。
ただちょっと気になるのが、キッズスペースの椅子は小さいのである。
「翔吾ソファーの方でいいよ。」
「さんきゅ。」
女性と子どもにソファーを譲れと一般的には言われるが、翔吾だって出来ればそうしたい。ただあの小さい椅子は翔吾には小さ過ぎる。
夕月が許可を出している以上、我が家はこれで良いのだ。
大体ソファーだって大きいとは言い難く、いつも足の置き所に難儀している。
良い所もあった。
壁際のソファー席は、周囲が見渡せて不思議な安心感があるし、周りの親子連れの様子が参考になる。
それに、テーブルも小さくて、向かいに座った夕月と壮良の顔が良く見える。
低くて小さなテーブルは、少しだけ学生時代を思い起こさせた。
「翔吾、先に見て来たら?」
「いや、壮良見てるから夕月先に行ってこいよ」
「じゃあ、ジャンケン。」
結局、夕月が先に選びに行くことになった。
「……なぁ壮良、ママ何にすると思う?」
「うー、ぶ。あむ。」
「やっぱりそうだよな。」
正直何言ってるかさっぱりわからないが、四六時中夕月と一緒にいる壮良の言葉が正しい。……多分。
「今日お前の昼メシ何?鮭わかめご飯?贅沢じゃん。」
外出中の壮良のご飯はベビーフードだ。開けて直ぐに食べられるようにスプーンが入っている。
「んば、んまんまんま」
「そんなに美味いの?へえ。……なぁ、お前あれだぞ。ママに俺より賢そうな稼ぎの良い男紹介されたらすぐ教えろよ。」
「ぶーあ、きゃ。」
黙って10ヶ月の子どもと睨み合っていても仕方ないので内容は理解できないまま喋り続けていると、夕月が戻って来た。
「お待たせ。」
「おう。じゃあ、交代な。」
呼び出しブザーを持って帰って来た夕月と入れ替わりに席を立って歩き出し、立ち止まった。
──ラーメン、は、まずいか……?
熱いし、汁も跳ねる。息子に火傷させたら一大事だ。
それに、伸び易い麺類を選んで、「子どもの面倒を見る気がないのか」と夕月に白い目で見られるのは、どうあっても避けたい。
しかし、既にラーメンが食べたい口になってしまっていた。
翔吾は悩んだ末、つけ麺にする事で許して貰う事にした。勿論つけ汁はやや温めで。
夕月が頼んだのは、ホワイトソースのオムライスだった。
「翔吾、絶対ラーメンにすると思ってたのに。」
翔吾のつけ麺を見て夕月は笑ったが、実際に頼むのと、仮定の話をするのでは気分が違う。
「はい、いただきます。」
夕月は食事を前に、壮良に手を合わせて見せていた。翔吾も
少し前の壮良は離乳食を見ると暴れていたが、最近はもぐもぐ喜んで食べるようになった。
「壮良、大分食べるようになったよな。」
「そうなの。もうミルクよりご飯が良いみたい。」
おっぱいは特別みたいだけど、と小さな声で付け足された言葉に、内心深く息子に同意した。
「夕月はオムライス?」
「うん。でも、翔吾の作った奴の方が美味しいよ。」
「いや、いくらなんでもそれはないだろ。」
微笑む夕月に突っ込みを入れた。
翔吾のオムライスは今だに上手とも綺麗とも言えない代物である。
まぁ、見た目はともかく味付けだけは夕月の好みに合わせようと考えているが。
「本当だって。」
「じゃあまた作ってやるよ。今夜?」
「今食べてるから、暫くはいいや。私が力尽きた時にして。」
「オムライスは作るから、力尽きないで。悲しくなるから。」
夕月に燃え尽きられると、自己嫌悪が凄い事になる。出来れば力尽きる前にSOSを出して貰いたい。
悲しいかな、翔吾はゆくゆくになるまで妻の限界に気付けない生き物だった。
「だって、その前に助けてくれるでしょ?」
「じゃあ一生作れねぇじゃん。」
「それは困るなぁ。じゃあ明日。」
「明日!?俺遅番だよ。」
夕月はまた微笑んで凸凹の自己肯定感を底上げしてくれた。
「おーぁ!んば!んま!」
鮭わかめご飯とりんごゼリーを早々に食べ終えた壮良が急に叫び出した。
「……これ、おかわりって言ってる?」
「いや、二箱は食べ過ぎ。」
「俺の麺だけあげていい?」
「あんまり良くないけど、……卵も小麦もアレルギーないし、ほんのちょっとなら。」
夕月の許可を得て1センチ程千切ってやると黙って味わい始める。
やっぱりつけ麺にして正解だった。
「食い意地張ってんな。」
「大きくなるよ。」
自分掛ける夕月、割る2。果たして壮良はどのくらい大きくなるだろうか。
「私よりは大きくなって欲しいなぁ。」
「いや、それは……さすがに大丈夫だろ……。」
140センチ台という事は無いと願いたい。
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