第2話:紅き少女
「イオ、貴様とは、最後まで共に歩めると思っていたのだがな……せめて安らかに……」
ジャスティンは道を違えてしまった仲間に対して、悲しみを込めて言い放つ。
彼はイオを埋葬してやろうかと一步近づくが、一瞬歯を食いしばり、即座に踵を返す。
血の海に沈むイオを背に四人はその場を立ち去ろうとした。
その時だった。
上空から、ジャスティンたちの正面に何かが落ちてきた。
土煙が晴れると、そこには一人の少女が居た。
歳は十歳ほどだろうか。腰まである血のような紅い髪に、同じく血のような紅い瞳。
赤と黒に彩られたドレスも目を引くが、背中に生えた漆黒の蝙蝠のような翼と細く先端が鏃状になった尻尾が、彼女が人間ではないということを何よりも主張していた。
「角はない……が、その翼と尻尾、間違いなく魔族だな」
ジャスティンは聖剣を構えながら冷静に分析する。
「……わらわの庭で、よくも狼藉を働いてくれたな」
少女は怒りの籠もった、傲岸不遜な態度で彼らに言い放つ。
その紅い瞳には冷徹さと憤怒、そしてまるで何かを教え諭すような光に満ちていた。
「貴様、魔族なのに喋れるだと?」
ジャスティンは僅かに動揺するが、すぐに平静を取り戻す。
「だが、魔族であることには変わりあるまい。その穢れた魂、今すぐ浄化してやろう」
彼が言い終わらないうちに、ヴィクターが飛び出す。大上段から繰り出される特大の戦斧の一撃は今まで幾度も大地を割り砕き、数多の魔族を両断してきた。
しかし、少女は右腕を、光そのものを喰らうような漆黒に変色させたかと思うと、その一撃を何の苦も無く受け止めた。
「なッ……!」
これまで汎ゆるものを砕いてきた一撃を事も無げに防がれたことに、ヴィクターは驚愕の色を隠せない。その動揺を突くように、少女の蹴りがヴィクターの鳩尾に突き刺さった。
「がはァ!」
弓から放たれた矢のように彼は宙を舞い、水切りの石のように地面を跳ねる。
崩れかけた家屋の瓦礫に激突し、止まった。
即座にゼーロットとガロアが動く。
ガロアが少女の足を凍らせ、動きを鈍らせる。更にゼーロットが放った拘束魔法が、光の鎖となって完全に少女を拘束した。すかさずゼーロットは槍に聖なる光を纏わせて突進する。その一撃は、少女の頭部に突き刺さ……らなかった。
槍が突き立っている部分が、またも漆黒に変色し、槍が肉体に食い込むことを阻んでいた。
「……ッ!」
「そんな!」
完璧な連携からの必殺の一撃を正面から完璧に防御され、二人は動揺で完全に硬直してしまった。
「ふむ。こんなものか?」
少女は光の鎖に手をかけ、力を込める。
一瞬だけ軋むような音がしたかと思うと、拘束魔法はまるで体にまとわりついた蜘蛛の糸を払うかのように軽々と引きちぎられた。魔法を行使した反応はない。膂力だけで、筆頭聖騎士の拘束魔法をいとも容易く粉砕してみせた。
瞬時に危険を察知したゼーロットはその場から飛び退る。近距離に居ては、ヴィクターの二の舞いだ。
「どうした。貴様らの放てる最大の火力を見せてみるがいい」
少女は余裕綽々といった表情でジャスティンたちを挑発する。まるで本当に十歳の少女が遊んでいるような態度だった。
眼の前の少女が自分たちを遥かに超越する実力を持っているということはジャスティンにも容易にわかった。しかし、魔の者を前にして簡単に引き下がるということは許されない。
ジャスティンは思わず歯を噛みしめる。
ジャスティンは意を決して聖剣を正眼に構え、全力の魔力を聖剣に収束させる。輝く魔力の奔流が、夜の闇を払い、照らす。
「ほう。面白いではないか。では」
少女の右腕が構えられた聖剣と同じほどの長さ分伸びる。瞬時に伸びた腕は幅広になり、漆黒の剣の形を成した。
「この、化け物があああぁぁぁ!」
少女とジャスティン、二人が同時に前方に飛び出し、両者の剣が激しくぶつかる。放出されたエネルギーは僅かな時間も拮抗すること無く、彼は吹っ飛ばされた。
「なんじゃ。拍子抜けじゃのう」
少女はつまらなそうに呟く。
吹っ飛ばされながらも即座に体勢を立て直したジャスティンは叫ぶ。
「撤退だ! 一度下がるぞ!」
ジャスティンは瓦礫に叩きつけられて気絶しているヴィクターを担いで、全力で逃走を開始した。
少女は撤退する勇者たちを追うでもなくその光景を眺めていた。
「ふむ……。ん?」
少女は血の海に沈む男を見つけた。男の着ている純白の法衣は、血と泥に汚れて見る影もない。
「ほぉ。これはこれは。まだ僅かに息があるのぅ」
少女は血に塗れた男の胸に手を置き、まるで新しい玩具を見つけたかのように微笑む。
男の胸に置かれた少女の指先が、まるでそれ自体が自由な意志を持つ液体のように蠢動した。
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