第21話 春翔の良心【F】

証拠隠滅のため、徒歩で現場まで行こうと思ったときだった。



リュックに手が触れる直前、春翔の足がぴたりと止まった。



脳裏に、佐川先生の最後の顔ではない、別の光景が浮かんだ。



それは、リビングで夕食の準備をする母親の姿だ。



今、春翔が山へ向かい、さらに証拠隠滅という罪を重ねたとして、それで本当に逃げ切れるのだろうか?



警察が車を見つけ、佐川先生の過去の指導トラブルから春翔にたどり着くのは、時間の問題だ。



もし捕まれば、春翔は殺人犯だ。そして、彼は殺人犯の息子として、世間から激しい非難を浴びるだろう。



母親は、彼を育てた責任、そして息子が犯した罪の重さに、押しつぶされてしまうだろう。



逃げ、嘘を重ね、証拠を隠滅して怯えながら生きる人生は、佐川先生に言われた通りの「怠けもの」の生き方になってしまうのではないか。



春翔は、拳を強く握りしめた。手汗で手が湿っている。



「これ以上……嘘はつけない」



彼の内側で、何か重いものが崩れた音がした。



佐川先生への憎しみや、自分の身を守りたいという本能的な恐怖よりも、母親をこれ以上悲しませたくないという純粋な感情が、彼の行動を決定づけた。

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