第30話 デート
現在、時刻は集合時間の一時間前。
僕は既に図書館の正面入口前に立っていた。
太陽祭での失敗を活かし、早めに自宅を出たところ、今度は逆に早すぎたようだ。
「うーん……」
あまりにも時間管理が下手くそである。
図書館は十一時開館のため、読書をして時間を潰すこともできない。
……まあ、司書さんを待たせるよりはいいか。
気持ちを前向きに切り替え、近くのベンチにハンカチを敷いて腰を下ろした。
さて、残り一時間近くどう過ごそうか。
頭を捻っている僕に、待ち人は意外にも早く現れた。
「やあ。随分と早い到着だね」
「司書様……!」
目を輝かせ、手を合わせる。
時間を潰す手段がまるで浮かびそうになかったので、正直助かった。
まさに救世主だ。
「待たせてはいけないと思って早めに出てきたのだが……ふふっ、考えることは同じだったようだね」
そう言って笑う司書さんは、空色の大きめなシャツとグレーのロングスカートを合わせた装いをしていた。
とてもシンプルな服装だが、彼女が着ると華やかに見える。不思議だ。
つい見惚れていると、司書さんが恥ずかしそうに聞いてきた。
「……どうかな? 似合っているかい?」
僕はすぐさま首を縦に振る。
「うん! すごく似合ってる!」
「……ふふっ、ありがとう」
司書さんは恥ずかしそうに指で顔をかきながらも、表情はとても満足そうだった。
僕は司書さんから、昨日置いていった杖を受け取った。
集合場所を図書館に決めた時、「このまま部屋に置いておいて、明日私が持ってこよう。その方が少年も楽だろう」と司書さんが提案してくれたためだ。
司書さんと早く会えたのも、杖が幸運を招いてくれたおかげだったりして——。
「どうしようか。予定よりだいぶ早いけど、もう向かう?」
「そうしよう。店はもう開いているはずだからね」
頷いた僕はベンチから立ち上がる。
「どうぞ」
「ありがとう、失礼するよ」
司書さんを自分の傘に招き入れ、僕たちは早速宝飾店へと向かった。
目当ての宝飾店は、図書館から目と鼻の先だった。
「全然知らなかった……図書館に行く時に、この道は何度も通ってるのに」
「一見普通の民家だからね、わからなくても仕方ないさ。さあ、入ろう」
司書さんに続いて店に入る。
「おお……」
店内にはネックレスやイヤリングの他、見たことない綺麗な宝石が並べられていた。
どれも光に照らされ輝いており、店内自体が眩しく感じる程だった。
「すごいだろう? この街で宝石を扱っているのはここだけだから、初めて見るものも多いんじゃないか?」
「……うん、本当にすごいね……」
「む? どうした、少年?」
「……いや、ちょっと、眩しくて……」
卓上に置かれた姿見越しに見えた僕は、開いているのかわからない程薄目だった。
不慣れのお手本のような自分の姿に、流石に顔が熱くなる。
「わかるぞ。私も初めて来た時はそうなった」
司書さんは腕を組んで小さく何度も頷いている。
「そうなの!? あんまりイメージないなあ」
「ふふっ、もう随分前のことだがね」
「……ちょっとやってみて」
「……こうか?」
司書さんはスッと目を細めて、こちらに顔を近づける。
まさかやってくれるとは思わなかった。
「可愛い!! 目に焼き付けるからしばらくそのままで!」
「うう……もうおしまい!」
そう言って司書さんは、恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
是非とも記録に残したかった!
いつかそんな魔法道具が開発されたらいいなあ。
僕たちのやり取りが聞こえてきたのか、店の奥から女性が歩いてきた。
「いらっしゃい……って、あら?」
女性は司書さんを見て目を丸くしている。
「司書ちゃんじゃない! 久しぶりね!」
「久しいね、ご婦人。変わりないかい?」
「おかげさまでね。司書ちゃん、相変わらずそんな喋り方してるのね。可愛いんだから、もっと普通に話したら良いのに」
司書さんがご婦人と呼ぶその女性は、司書さんの頭を
「ちょっ!? こう見えて歳はあなたより上なんだぞ!?」
館長さんといい創造主様といい、司書さんと付き合いのある人は、良い意味で司書さんに容赦ないな……。
「まあ! そんな若い男の子とデートして、歳上扱いしろと言われてもねえ。お揃いの指輪まで付けて」
「う、うう……」
司書さんは恥ずかしそうに、両手でスカートをギュッと握っている。
デートと言われたのは嬉しかったが、今もなお撫でられ続ける司書さんが流石に不憫になってきたので、僕は婦人に話しかけることにした。
「初めまして。僕は——」
「知ってるわ。パン屋の店主代理くんでしょ?」
「え……もしかして、常連の方……?」
祖父の言葉を思い出し、一気に血の気が引く。
『三回以上来店した客の顔は覚えておくように。覚えてなかったら、お前に店は継がせないからな』
突然降ってきた相続の危機に表情が強張る。
「私じゃなくて主人がね! あなたー! パン屋のお孫さんが来てるわよー!」
婦人が店の奥に呼びかけると、奥からドタバタと何か慌てるような音が聞こえ、一度静まったかと思うと、すぐに猫背の男性が顔を出しこちらに歩いてきた。
「いらっしゃい。最近行けてなくてすみません」
「……ああ! 宝飾店の主人だったんですね!」
一目見てすぐにわかった。
僕が店を任されるようになってからは、おそらく一度しか来ていないと思うが、なにせ“何もないところからお金を出す”という珍しい魔法を使う人だったから。
危ない危ない……。
店を継ぐ権利は、まだ剥奪されずに済みそうだ。
「また落ち着いたら、買いに行きますね。司書さんも、お久しぶりです」
「ああ。久しいね、店主くん」
いつの間にか婦人の手から逃れ、僕の背後に隠れていた司書さんが、店の主人に挨拶を返した。
「それで、今日はどんな用で?」
「この杖を、アクセサリーにして欲しいんです」
僕は持って来た青く光る杖を、店の主人と婦人に見せた。
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