第23話 祭の夜
僕らが手記を読み終わる頃には、既に日は陰りを見せ、辺りは暗くなり始めていた。
もう少し遅ければ“認証魔法”を発動させるのは三年後になっていたかと思うと……いや、考えたくないからやめよう。
「さて、意気込んだのはいいが、私たちにはまず先に、絶対にやらなければならないことがある」
「え?」
「…………え?」
何のことかわからないといった感じに、大袈裟にポカンとする僕に対し、司書さんは口をこれでもかと開けてお手本のような驚き顔を見せる。
「少年……まさかとは思うが……今日が太陽祭であることを忘れたのか……?」
彼女は口を開けたまま、小さな体を震わせワナワナしている。
……可愛い顔も見れたし、意地悪はこれくらいにしておこう。
「わかってるよ。パレードを見るのが先だよね」
僕がそう言うと、目に若干の涙を浮かべながらポコポコと殴ってくる彼女の頭を撫でながら
いつも
「やられた……」
司書さんは僕の腕にがっしりとしがみつき顔を埋めて動かなくなってしまった。
……しまった。やりすぎたか。
「ごめんね。つい出来心で——」
「違う……」
顔を埋めながら彼女は続ける。
「君が意地悪をしてくるなんて思ってもいなくて、普段との差に不覚にもかっこよさを感じて少し驚いただけだ」
「…………え?」
今度は僕が、口を開けて固まってしまった。
司書さんはそんな僕の様子を見逃さなかったようで、腕にしがみついたまま上目遣いでこちらを捉え、にっこりとした表情でベーと舌を出す。
「仕返し」
「やられた……」
罪悪感を植え付け油断を誘うとは……流石は司書さんだ。
「ふふっ、ほら! 早くしないと特等席が取られてしまうぞ!」
楽しそうな司書さんに腕を引かれながら、中央広場に向かった。
中央広場はパレードを近くで見ようと集まった人達でごった返しになっていた。
パレードが始まるまでまだ二時間近くあるというのに、パレードの通り道近くにはもう座れるスペースなど無い。
……こんなに人がいるとは予想外だ。
初めて観客として参加する僕は、住民たちのパレードへの熱量を目の当たりにし、呆気に取られ口を開けたまま固まってしまった。
そんな僕を気に留めることなく、司書さんは僕の腕を引きながら歩き続ける。
「司書さん……? どこに向かってるの?」
「む? どこって、特等席に決まっているじゃないか」
中央広場の中を真っ直ぐ突っ切っていく。
本当にどこにいくつもりなんだ……?
「着いた!」
司書さんの目的地は時計塔のある広場だった。
パレードは中央広場から始まるため、始めから見ようと観衆は中央広場に集まる。
そのため塔前広場もパレードの通り道ではあるが、この時間はまだ人は集まってこない。
なるほど……!
先にこの場所確保することで、ここを通るパレードは最高の席で見ようという作戦か!
これは盲点だった。流石は司書さん——。
「よし! パレードが始まる前に展望台まで上るぞ!」
…………あれ? このまま塔前広場で場所取りをする流れでは?
「や、やだなー、冗談はやめてよー」
「何を言ってるんだい? ほら、立ち止まっている時間はないぞ!」
あ、これ本気で言ってるのか。
確かに僕たち住民の視力なら、展望台からであれば観衆に視界を妨げられることなく、まさしく特等席からパレードを楽しめるだろうけども。
え? だとしても今からあんな所まで上るの……?
いや……まさかな……。
——なんて思考を巡らせているうちに、気づけば司書さんに手を引かれ塔の中。
「頑張れ少年! 急ぐぞ!」
「うそでしょー!!??」
力強く引っ張られる勢いそのままに、僕は司書さんと共に階段を駆け上がっていく。
息も絶え絶えに、なんとか辿り着いた展望台には僕たち以外誰もいなかった。
「よし! まだ空いてるな!」
僕と違い息一つ切らすことなく余裕そうな司書さんの隣で、倒れ込んだまま僕は叫ぶ。
「空いてるに決まってるでしょ!!」
こんな所まで階段を上るくらいなら、朝からずっとパレードの通り道で待機してる方がよっぽどマシだ。
「おかしいな……以前友人と見に来た時は展望台にも人が集まっていたんだが……」
「嘘でしょ……」
そういえば、司書さんが最後にパレードを見たのは太陽祭が初めて開かれた年だと言っていた。
皆初めての祭ということもあり、観衆が邪魔にならない高台を求めて、必死に展望台まで上ったのだろうな。
……こんなの二度と上らないと思いながら。
「確かに……友人も今の君のように息も絶え絶えだったな」
館長さんよく上りきったなあ……。
「この街で息一つ切らさず塔を上れるのは司書さんだけだよ……」
体力お化けの祖父ですら「時計塔には疲れるから上りたくない」と言っていたし。
「そうかい? ……そんなことよりほら! 見たまえ!」
司書さんは僕の言葉なんておかまいなしな様子で、展望台の端から僕を手招いている。
そんな彼女の元に、僕は息を整えながらのそのそと歩み寄った。
気づけば太陽はとっくに姿を消し、代わりに月が頭上高くに鎮座していた。
——司書さんの隣から見た光景に僕は息を呑んだ。
いつもと違い、雨による靄がない透き通った景色。
街灯や屋台の明かりが照らす街の様子は、まるで三年前に見た満天の星空のようで、見上げた空では、街の煌びやかさに負けじと無数の星が月と共に輝きを放っている。
視線を中央広場に戻すと、パレードを待つ住民たちが傘を畳み始めている。
普段は傘が点々とあることしか見えないはずが、今日は住民たちの楽しそうな笑顔までよく見える。
……すごい。
目に映る全てのものが輝いて見える……。
そんな”晴れ日”の夜にしか見られない、非日常を感じさせる街の姿に、僕は一言だけ呟いた。
「……きれい」
自分でも恥ずかしくなるほどの情けない声で放たれたのは、何とも稚拙な語彙だった。
ハッとして隣にいた司書さんを見ると、展望台の柵に頬付きして僕を見つめる、微笑みを浮かべた彼女の姿が目に飛び込んできた。
「ふふっ、そうだろう?」
なんと表現するのが正しいのだろうか。
隣で僕に微笑みかける司書さんの姿はどこか神秘的で、後ろで輝く街に照らされこの世のものとは思えない程神々しくも見えた。
あまりにも幻想的な雰囲気を纏う一人の少女に、僕は——。
「……きれい」
先程まで考えていたことはなんだったのか。
気付いた時には夜景を見た時と同じ感想を口にしていた。
自分の語彙力の無さが悔やまれる。
明らかに自分の方を見て発せられた言葉に、司書さんは動揺した様子のまま頬を染めて顔を逸らす。
「……少年、そういう言葉は、これから一生を共にする相手に言うものだ」
「それは、司書さんじゃだめなの?」
「……」
……わかっている。
これは司書さんを一番困らせる言葉だ。
時の流れの残酷さを、彼女は誰よりも理解している人だから。
だからこそ、この気持ちは絶対に胸に秘めておくと決めていたのに。
静寂が訪れてからいくらか経った頃、僕の方を向き直した司書さんが、翡翠色の瞳に微かに涙を浮かべながら一言呟いた。
「……君と同じ時間を進むことができたなら、どれほど幸せなのだろうね——」
——ゴーン!!
彼女が言葉を紡ぎ終えた途端、鐘の音が辺りに響き渡る。
それと同時に中央広場の方から歓声が巻き起こった。
声の方に目をやると、眩い光を放ちながら、陽気な音楽と共に人々や車両が行進を始めている。
どうやら先程の鐘は、パレードが始まる合図だったようだ。
「……少年、この話はまたいつかの機会に。今はパレードを楽しもうじゃないか! 太陽祭最大の催し物の始まりだ!」
そう言って僕の手を握った司書さんは、先程までの涙を消し、いつの間にか明るい笑顔を取り戻していた。
……彼女の言う通りだ。
三年に一度しかない祭。
それも、司書さんと見る初めてのパレード。
楽しまなきゃ損だ。
「……そうだね!」
膨らんだ感情は胸にしまい、僕は司書さんと共に特等席からの景色を堪能した。
パレードが街を一周し終えるまで、僕たちの手は繋がれたままだった。
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