第17話 共鳴
——薄々は感じていた。
自分でもそうではないかと。
『大切に使っておくれ。加護に選ばれた少年よ』
司書さんと並んで歩く中、傘をくれたあのおじいさんの言葉が頭をよぎる。
僕は足を止め、数歩先に進む司書さんを呼び止めた。
「……司書さん」
「なんだい?」
「僕は、司書さんと同じ、加護によって願いが宿った器……なのかな」
「……」
ほんの少しの静寂が流れた後、司書さんは僕の方を振り向き口を開く。
「まずはどこか落ち着ける場所に行こうか。お茶でも飲みながらゆっくり話そう。祭りを楽しむのは、それからでも遅くないだろうからね」
こうして僕たちは、中央広場を離れ塔前広場まで戻ってきていた。
「おお! 見たまえ! 朝はあんなにいた人が綺麗さっぱり居なくなっているぞ!」
明るく接してくれる司書さんに、僕は頷くことしかできなかった。
「これだけ静かなら落ち着けるな」
司書さんはそう言いながら辺りを見渡し、
「ここにしよう。昼頃にはおそらく昼食を持った人々がここに集まるだろうから、なるべく端のベンチがいいだろう」
と、広場の隅にポツンと置かれた小さなベンチに座った。
朝、彼女が座り読書をしていた場所だ。
僕は自分の傘を畳み、司書さんの傘に入れてもらって隣に座る。
「それで? どうして自分が器だと思ったんだい?」
尋ねられ乾いた口を、途中で買った麦茶で潤す。
「……前に加護について書かれたページを見せてもらった後、初めて太陽祭に参加した時にこの傘をくれたお客さんから、加護に選ばれた少年と言われたことを思い出したんだ」
司書さんは静かに頷く。
「あの時はまだピンと来ていなかったけど、”晴れ日”になると必ず目の色が変わることを知って、他の人たちとの違いを感じて、もしかしたらって……」
「ふむ……」
司書さんは一度顎に人差し指を付けて何か考えた後、傘の中から天を仰ぎ話し始めた。
「実はね、前に見せたあのページには、まだ続きがあったんだよ」
「……どういうこと?」
「昨日、君が帰った後にもう一度あの本を読み直してみたんだ。するとね——」
司書さんは焦らすように話を止め、鞄から見覚えのある本と虫眼鏡を取り出した。
「ふふん! もしかしたらこの話をするかもしれないと、持ってきておいて正解だったな!」
……嬉しそうな表情をしてるところ申し訳ない。
そんな重そうな本を持ってきてよく何ともない顔で歩いてたね、という感想しか出てこないよ……。
「この虫眼鏡には”復元魔法”が付与されていてね、このレンズを通すと、対象の元の状態を映し出してくれるんだ。復元できる期間には限りがあるがね……」
「はい、どうぞ」と、本と虫眼鏡を手渡された僕は、レンズ越しにもう一度、あのページを読み返してみた。
”【願いの宿る器】
人の強い願いがものに宿り、不思議な力が発現することを加護という——”
……ここまでは知っている。
虫眼鏡をページの下へずらすと、肉眼では読めなかった文字が浮かび上がっている。
”——器同士は時として、共鳴を起こすことがあり、今までとは異なる現象が起きたり、奇跡と呼ばれる、魔法を超越した力が目覚めることもある”
……そういうことだったのか。
虫眼鏡から顔を離すと、すぐに司書さんに尋ねられた。
「どうだい?」
「”晴れ日”になる前に、僕の目が片方だけ変色したのは……司書さんと出会ったことで、この”共鳴”が起きたんだね」
「そういうことだろうね。そのため今までと違う現象が起きたのだろう」
司書さんは僕の頭を撫でる。
「……そうだ! 司書さんは体に変化はなかったの?」
「良かったと言うべきか残念と言うべきか、私には特に変化はなかった。だから、正直本当に君が不思議な体質なだけの可能性も視野に入れていた。今日、時計塔前で君と落ち合ってその可能性は消えたがね」
「……どういうこと?」
司書さんの視線は、畳まれた僕の傘へと向きを変える。
「少年、今日君が差してきた傘は、いつも使っている”遺物”だね?」
そう問われて、僕はようやく自分の犯した過ちに気づいた。
僕の手に握られた傘は、祖父の真っ黒の傘ではなく、見慣れた僕の藍色の傘だった。
祖父から耳にたこが出来る程聞かされ、数日前にも釘を刺されていたのに。
急いでいたからか、いつもの癖か、はたまた両方か……。
間違えた明確な理由は定かではないが、僕はここまで、何も魔法が付与されていない”ただの傘”で太陽の下にいたのは確かだ。
あれほどまでに、祖父が口を酸っぱくして僕に言い聞かせてきたのは何故か……。
この街に住む者なら老若男女誰でも知っている。
「私の言いたいこと、わかったかな?」
落ち着いた声色とは似つかず、司書さんの表情はどこか不安げにも、怒っているようにも見えた。
震える体で、何とか言葉を絞り出す。
「……”遮断魔法”が付与されていない傘で出歩いても、僕が無事だったからだ……」
「そう。君は賢いな」
そう言って司書さんは、僕の頭を抱き寄せ自分の肩に乗せた。
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