第12話 瞳の色

 太陽祭まで残り二日となった街は、いよいよ大詰めといった感じで、より一層住民たちで賑わいを見せている。


 調査の方はというと、あれから全く進展がない。

祖父も街の起源のこと以外は聞かされていないと言っていた。

父(僕にとっての曾祖父そうそふ)が研究所の責任者を離れたことで興味が薄れてしまい、この街のことや魔法に関するものから距離を置くようになり、それ以上のことは何も知らないと言っていた。

当時祖父が読み漁っていた文献は、全て図書館に寄贈されていたが、もちろんのこと司書さんが調査済みで、手掛かりになるようなものはなかったらしい。

聞き込み調査での情報収集も、司書さん曰く、祖父の他に情報を得られそうな人は知らないとのことで、断念することになった。

そのため、僕は図書館にある文献を片っ端から読むことにしたが、既に司書さんが調べた以上の手掛かりは得られず。

……呪いの解き方は、未だ尻尾を見せてくれない。


 ちなみに、司書さんと祖父が知り合いだったことは、彼女のたっての希望で祖父には伝えていない。

彼女曰く、「……どんな顔で会えばいいのかわからない」だそうだ。

ただ普通に数十年ぶりの再会とはいかない。

司書さんの事情を考えれば当然だろうと思い、僕は黙っていることを承諾した。


 今日の調査は、店が定休日だったので朝から図書館に行き、以前司書さんが教えてくれた加護について、他に手掛かりがないか文献を読み漁っていた。

……が、残念ながら本日も収穫ゼロ。

図書館の開館から閉館まで調べても、何も目新しい情報は出てこなかった。

「焦らず行こう。数十年かけて調べてこれだけしかわからなかったんだ。そう簡単に手掛かりは見つからないさ」と司書さんは言ってくれたが、祖父の話以上の進展がないことに、僕は少しのいきどおりを感じていた。


 帰る途中、折角なので祭の準備の様子を見ていこうと思い、気分転換も兼ねて中央広場に向かった。

広場に着くと、屋台が所狭しと立ち並んでおり、住民たちが忙しなく準備に勤しんでいる。

ベンチに座りその様子を眺めていると、例年なら自分もここで準備に勤しんでいたんだよなと、外側から見る準備の様子になんだか不思議な気分になった。

一通り様子を見終え、そろそろ帰るかと立ち上がると、遠くから大きな声が聞こえてきた。

「パン屋のお兄ちゃーん!!」

聞き慣れた元気な声の方向を見ると、水玉模様が描かれた黄色の傘の中で、常連の少年がブンブンと大きく手を振っていた。

僕が手を振り返すと、少年はこちらに駆け寄ってきた。

「久しぶりだね」

「久しぶり! お兄ちゃんもお祭りの準備見にきたの?」

「そうだよー。今日は一人で来たの?」

「うん! お祭りが楽しみで見に来ちゃった! 今から帰るところ!」

少年と会うのは久しぶりだが、相変わらずの元気な様子に、憤りを感じていた心が洗われていく。

「そっか。お兄ちゃんもこれから帰るところだから、もしよかったら一緒に帰ろっか?」 

「そうする!」

「はい、どうぞ」

少年を僕の傘の中に誘う。

「お邪魔しまーす! ……って、あれ?」

自分の傘を閉じて僕の傘に入った少年が、不思議そうな顔で僕の目を見つめている。

「ん? どうしたの?」

「お兄ちゃん、今日の目の色いつもと違うね?」

「……そう?」

「うん。なんだか今日のお兄ちゃんの目、お日様みたいで綺麗だね!」

「……そっか。ありがとう……」

僕は少年の言葉の意味が理解できず、その後の会話はほとんど空返事だった。

少年には申し訳ないことをした……。


 少年を家に送り届けた後、僕は足早に家に戻り、一目散に鏡の前へと行き自分の顔を見る。

全く気づかなかった……。

”この街の人間は全員、翡翠色の瞳をしている”はずなのに……。

鏡に映る僕の瞳は、左側だけ少し赤みがかったオレンジ色をしていたのだ。

少年がお日様みたいと表現したまさしくその通りで、誰の目から見ても太陽を連想させるような色をしていた。

昨日までとまるで印象の違う自分を目の当たりにし、動揺が止まらない。


 一体いつから……?

こんなことは生まれて初めてだ。

今日少年と会うまでに人と会ったのは司書さんだけで、彼女から言及されることがなかったことを考えると、目の色は帰る途中で変わったのだろう。

原因を探るため、僕は傘を握りしめすぐさま家を飛び出し、雨の中を駆けていく。

行き先はもちろん、今まで僕のことを一番近くで見てきた人物のいる場所だ。

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