第5話 芽生えた疑問
部屋に着くと、司書さんが背中に湿布を貼ってくれた。
なんでもこの湿布には”回復魔法”が付与されているらしく、痛みが和らぐだけでなく疲労も回復してくれるらしい。
「欲しい!」と言ったら、「まだ試供品でこの一枚しかないから、発売されたら是非買ってくれ」と言われた。
貰えなかったのは残念だが、今から発売が楽しみだ。
司書さんの仕事場だというこの部屋は、想像していたよりも狭く感じた。
部屋自体は広いと思うのだが、とにかく本の数がすごい。
棚いっぱいに並べられたものだけでも数えきれないくらいあるのに、机や床にも分厚い本がたくさん積まれている。
今にも倒れてしまいそうな程だ。
ご丁寧に出入り口から作業机までの通り道は空けてあるのだが、それ以外は足の踏み場などないくらい本で埋まっていた。
この部屋に住んでいるとのことだが、一体どこで寝ているのだろうか……。
「すまないね、少しだけ散らばっているが、適当にくつろいでくれ」
……聞き間違いかな?
少しだけって聞こえたような気がするけど……あえて触れないでおこう。
「わかった」
「飲み物を取ってこよう。あいにくコーヒーしかないのだが、砂糖とミルクはいるかい?」
「ううん、ブラックで大丈夫」
「大人なんだな」
そう言って、
……さてと。
くつろいでくれと言われてもどうしたものか。
とりあえず辺りの本でも読んでみるかと、近くにあった本のタワーの最上階から、一冊の分厚い本を手に取った。
本を抱え辺りを見渡し、かろうじて座れそうな場所を見つけた僕は、その場に腰を下ろした。
偶然僕が手に取ったこの本は、この街の歴史について書かれた本だった。
街ができてから数百年、陽の光に当たると消えてしまう住民たちは、雨が降り続けるこの街から出たことがないこと。
三年に一度雨があがり太陽が顔を出してしまうこと。
書かれていた内容のほとんどは、この街の住民なら誰でも知っているようなことばかりだった。
ただ一つ気になることに、三年に一度雨があがることが書かれたページだけが少しよれてしまっており、ページの真ん中に、走り書きで大きく『なぜ?』と書かれていた。
……司書さんが書いたのだろうか。
色んな所に積まれている本たちだが、どれも埃一つなく綺麗だった。
もちろんこの歴史書も例外ではなく、他のページはとても綺麗だった。
大切にしているのだろうと思っていたので、このページを見た時は不思議に思った。
しかしすぐに、僕の頭の中は別の疑問でいっぱいになってしまった。
”なぜ?”
芽生えた疑問に、思考が支配されていく。
なぜ僕らは陽の光に当たると消えてしまうんだ?なぜこの街に降る雨は三年に一度しか止まない?そもそもなぜ三年に一度以外雨が降り続けるのか?
呼吸がどんどん荒くなる。
視界が白み、手足は痺れていく。
それでも疑問は止まらない。
なぜ? なぜ? なぜ? なぜ——。
「——少年!!」
真っ白な視界の中、誰かに呼ばれハッと我に返る。
声の主は司書さんだった。
彼女はコーヒーの入ったカップを二つ持って、僕の目の前に立っていた。
「あ……」
「大丈夫かい? まずは落ち着いて、呼吸を整えようか」
司書さんに合わせて、ゆっくりと、大きく深呼吸をする。
……頭の中がすっきりとしていく。
気づけば白んでいた視界は晴れ、手足の痺れはすっかり無くなっていた。
「落ち着いたかい?」
「うん……」
「それはよかった。どうぞ」
「ありがとう……」
差し出されたカップを受け取り、コーヒーを一口含んだ。
僕は戸惑いながらも、歴史書を指差しながら司書さんに尋ねる。
「……これ、司書さんが?」
司書さんは小さく頷いた。
「驚かせてすまなかったね」
「今は落ち着いたし大丈夫。聞いていいか分からないけど、どうして?」
少しの間を置いて、司書さんが口を開く。
「それを話すにはまず、私の昔話からだね。語りには慣れていないものでね……少し長くなるが、聞いてくれるかい?」
僕が頷くと、司書さんは目を閉じて、ゆっくりと話し始めた——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます