第8話「勇者の手紙」
[Design] 二重焼き壺 v1.0/[Auto] 冬至シフト自動化/[Expose] 封印強化(公開)/[Letter] 勇者の“功績報告”
朝焼け会議を締めてすぐ、俺たちは設計に入った。
黒板に大きく円を二重に描き、内と外の間に灰層を挟む。
《二重焼き壺 v1.0(吸湿・保温)》
・内壺:薄作り(焼成 600〜650℃)
・外壺:厚作り(焼成 500〜550℃)
・灰層:指二本分/灰→木炭粉→灰の三層サンド
・口:逆テーパー+水返し縁(結露の滴下を内へ)
・足:三点支持(冷床回避)
・交換:月一/割れ検査は音で(耳印)
ガロが土練り台の前で腕を組み、頷いた。
「焼成温度の刻印はどうする」
「内壺の底に“650”、外壺の底に“550”。影テンプレで見た目も合わせる」
セィラが穏やかに口を挟む。
「王都の地方倉でも焼けるように、様式の図も残す。可視化の条項に沿って」
図面の端に焼成手順を箇条で落とし込む。
子どもたちは影テンプレで足の三点を取り、女たちは口縁の水返しを指で整える。
窯では昨夜の夜孔が軽く息をして、温度針は落ち着いた細かい揺れを描いていた。
◇
次は冬至シフトの自動化。
祠の鐘と井戸の刻印を鐘二打で**+0.07**に合わせる反射回路を、刻印石の側に増設する。
黒板に小さな回路図を描く。
《冬至シフト オート v1.0》
・トリガ:鐘二打(間一拍)
・作用:位相補正 +0.07(上限 ±0.1)
・抑止:三打(獣)中は無効
・確認:鐘内側に微音(耳印で聴取)
ミナが鐘の紐を持ち、合図の練習を三度繰り返す。
セィラが耳に指を当て、微音を確かめる。
「聞こえる。星印班にも教える」
星印の子どもたちが頷き、耳印の横に自分の印を薄く刻む。
自分の印は、責任の印。遵守率が確実に上がる。
◇
昼前、封印強化(公開)。
井戸と祠の間に見える封(しるし)を置く。
手のひら大の透明板を三枚、刻印石の光を屈折させる角度で立てる。
光が薄く糸になる。
日常の目にも「触れたらわかる」線だ。
「触れていい?」
子どもが手を伸ばす。
俺は頷き、板の端を持たせる。
糸がわずかに震える。黒板ミニ写しに、星印が震度を書き込む。
ミナが広場に向けて宣言した。
「封印は公開で強化する。壊すならここで。誰が、どうやって、記録に残る」
外套の影は来なかった。
けれど、風下の藪で棒を立てた癖の足跡が見つかった。
訓練された足。
他は、まだ様子を見ている。
◇
昼餉の刻、手紙が来た。
街道の青筋を通ってきた商隊の底板に、封蝋の赤。王都のギルド印。
差出人は——ヴァルド。
勇者と呼ばれる男。俺を追放した、元仲間のリーダー。
ミナとセィラと並んで、広場で公開で封を切る。
読み上げるのは書記官。
張りのある声が、広場を渡る。
「辺境ラデルにおける衛生プロトコルの改善、街道の安全化、共同監査の導入は、勇者一行の支援政策の成果である。
これを踏まえ、王都にて表彰式を行う。関係者は代表者一名を上京させ、証言を提出せよ。
なお、当該政策の発案と中核運用は、勇者ヴァルドに帰する——」
広場の空気が凍る。
次いで、低い笑いが湧き、すぐに怒りに変わる。
ガロが鼻で笑った。
「横取りの文面まで標準化してやがる」
セィラは目を細め、二枚目をめくる。
「追伸:デバッガーと称する者の関与については、裏方の補助と見なし、英雄伝達への記名は行わない。裏方は裏方の誇りを持て——」
俺は何も言わない。
胸の奥で、ログを開くだけだ。
〈照合:王都“英雄伝達” 様式 v4.0〉
〈差分:一般功労は脚注(注3)にのみ記載可/裏方の定義:戦功に直接関与せざる者〉
〈備考:地方標準 v1.0は“政策”として王都ノードに送信済〉
〈推奨:公開反証の場を設定/“ChangeLog”の写しを提出〉
「公開で返す」
ミナが手紙を掲げ、皆に見せた。
怒りはわかりやすいが、刃になりやすい。
俺は刃を仕様に変える。
「三日後、王都へ代表者二名とChangeLogの写しを出す。公開審理を要求する」
セィラが頷く。
「王都の監査ノードから“公開”を通す。英雄伝達の場でも可視化を用意できるよう、黒板の携行版を作る」
ガロが木枠を肩に担いだ。
「携帯黒板、作っとく。刻印も入れてやるよ、“Spec-Board v1.0”ってな」
星印の子どもたちの目が光る。
彼らは三日後、自分たちの手順が王都で見えることを知ったのだ。
◇
午後は二重焼き壺の焼成。
火を入れ、温度針を二本目で読む。
650の印で針が止まる瞬間、広場から小さな拍手が起きた。
壺を倉庫に据え、塩樽のそばに置く。
音で響きの違いを確認し、星印が耳印に丸をつける。
〈倉庫湿度:81% → 69%(一時間平均)〉
〈塩固結:脆化→割り治具でぱりん〉
ミナが冬支度インデックスに青丸を書き足す。
数字は、祈りを越えて、安心になる。
◇
夕刻、祠の前で封印強化の第二段。
透明板の台座に刻印を一つ追加する。
“誰の目にも見える”が条項六の根。
外套の影が現れたら——線が揺れる。
セィラは記録係に震度の等級を作らせ、星印が色の合図を覚える。
「震度1は風、2は獣、3は人。3が出たら鐘三打、護衛は公開で接近、記録」
「公開で、ね」
彼女は口角を少しだけ上げた。
王都育ちの彼女が、この言葉を好きになっているのがわかる。
◇
夜。
携帯黒板の枠が磨き上がり、板面に淡い格子が刻まれ、隅に螺旋羽根が小さく彫られた。
記録者の印に似ているが、別物——**“現場の記録者”**の印だ。
ガロが照れくさそうに咳払いをする。
「看板がないと、王都は目を向けねえ」
「看板でいい。内容が本物なら」
俺は板の上にChangeLogの主要項目を写し、条項六を太く囲んだ。
紅茶の香りが、また近い。
鐘の内側の螺旋が、温かくなる。
そのとき、震度1。
透明板の糸が細く震え、風が裏山のほうから回り込む。
風だ。
風だけだ。
……だが、風に混じる匂いが違った。
油。
乾いた油。
弓の弦をなめした匂い。
「3の準備」
ミナの声は静かだ。
セィラが護衛に目だけで合図する。
星印が鐘の紐をとらえ、指を三本立てた。
透明板は震度1のまま——見え方は風。
けれど、匂いは風ではない。
「弦だ。弓兵」
俺は胸の奥のノードを開き、街道と柵と祠の重なりに指をかけた。
世界の裏側で、薄い狙いの線が揺れる。
封印の糸の外から、観測だけをしに来ている。
撃つ気は、いまはない。
「公開で挨拶する。こちらから見る」
セィラが頷き、護衛のひとりと前に出る。
彼女は何も隠さず声を張った。
「監査局ではない他へ。可視化の場に入り、出自を名乗れ。名乗らないなら、名乗らないという記録だけが残る」
返事はない。
だが、匂いが移動した。
風下から風上へ、訓練の足取り。
弦の匂いは、次第に薄れていった。
ミナが鐘の紐を静かに戻し、星印は息を吐いた。
透明板の糸は震度0へ落ち、夜はまた仕様の夜に戻る。
◇
寝る前に、王都へ送る書状を書く。
英雄伝達への公開反証、ChangeLogの写し、地方標準 v1.0と条項六、共同監査の署名記録。
最後に短く、個人的な追記をした。
「裏方は裏方の誇りを持つ。——だから、表にも立つ」
封をすると、胸の奥でノイズがわずかに強くなった。
紅茶の香りが、また遠ざかる。
代償は、静かに進行する。
けれど、今日もChangeLogに一行、可視化の線を増やせた。
灯を落とす前、ミナが言った。
「三日後、王都へ。代表は、私とあなた。セィラは向こうで場をおさえる」
「Spec-Board v1.0は俺が持つ。星印から二人、証人で連れていく」
ミナが笑う。
「王都で星を見せる」
ガロが窯の口を閉じ、手で温もりを確かめた。
「腹も見せろ。パンも持ってけ」
「基準香で殴る気か」
「仕様だろ」
笑いが落ち、夜が降りる。
俺は胸の奥で静かにログを閉じた。
〈セッション終了:二重焼き壺 v1.0/冬至シフト 自動化/公開封印 強化/勇者の手紙 受領→公開反証 準備〉
〈次回タスク:携帯黒板“Spec-Board”運用テスト/王都への行程設計(青筋経路)/共同監査データの梱包/“他”の弓兵シグネチャ採取〉
――――
後書き(次回予告)
横取りの手紙には、公開反証で返す。今日は〈二重焼き壺 v1.0〉と〈冬至シフト自動化〉が完成、〈封印強化〉も見える線になりました。次回は王都行きの準備——携帯黒板“Spec-Board”で可視化を持ち込み、青筋を辿って上京します。弓の他の匂いも、道すがらシグネチャを取っておきます。
面白かったらブクマ・★評価・感想で“次の修正の燃料”をください! 次回は〈王都行程設計〉&〈公開反証の舞台装置〉です。
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