「忘れられた玩具たち― 人形の目覚め」
@Ririy_01
第1話 忘れられた人形たちー目覚め
高校一年生のアイリの部屋の棚には、色とりどりのぬいぐるみや人形たちが整然と並んでいた。ふわふわのくま、耳の長いうさぎ、ゲームセンターで取ったキャラクターの人形や流行りのフィギュア。その中でも、いちばん目立っているのは小さな王座のように座っているのは、着せ替え人形のミリアだった。
だが、その王座はすでに意味を失っていた。アイリは高校生になり、鏡の前で髪を整えたり、スマホを片手に友達と連絡を取り合ったりするのに忙しい。部屋を出入りしても、棚の上の人形たちに目をやることはほとんどなかった。
ただ置かれているだけの物になっていた。
ミリアの胸には、日ごとに寂しさが積もっていった。かつてアイリが幼かったころは、旅行に行く日でも必ずミリアを抱えて出かけてくれた。夜は布団の中に連れていき、「おやすみ」と囁いてくれた。けれど今は、旅支度をしてもミリアを手に取ることはなく、机の端にスマホの充電器を詰めるのが当たり前になっていた。
――どうして、触れてくれないの?――私のこと、もう必要ないの?
そんな声にならない想いを抱えたまま、ミリアは棚の上でただ時間を過ごす。
その日、アイリは家族旅行に出かけていた。部屋はひっそりと静まり返り、時計の針の音だけが響く。アイリが幼い頃は旅行にも必ずミリアを連れて行ってくれていた。一緒に出掛けたのはもう何年も前のことだった。
その日の夜。
外の空には無数の星が瞬き、窓から差し込む光が棚の上に落ちる。ミリアはふと空を見上げ、ひとすじの流れ星が尾を引くのを目にした。
――あ。
胸が熱くなり、思わず願いを込めた。「アイリともう一度仲良く遊べますように」
その夜、ミリアは久しぶりに穏やかに眠った。
やがて朝。窓から差し込む朝日で目を覚ましたとき、ミリアは違和感に気づいた。身体が柔らかい。指先に力を込めれば動く。布もプラスチックもない、生きた感触。「……え?」目を開けて見下ろすと、そこにあるのは人間の腕、肌、そして震える指先だった。
――私、人間になってる。
ミリアは思わず両手を胸に抱きしめた。星に願ったから?魔法のように?理由はわからない。でも確かに今、自分は人間だ。「やった……! これで、アイリとまた遊べる!」
喜びに震えながら振り返り、棚に並ぶぬいぐるみやフィギュアたちに語りかけた。「みんな、聞こえる? 私よ、ミリア。ほら見て、人間になれたの!」
けれど玩具たちはただ沈黙したまま。誰も答えてはくれない。寂しさの中、唯一、その奥に飾られた男の子と女の子のフィギュアだけが、微かに光を帯びるように見えた。ミリアは思わずつぶやいた。「あなたたちも……私と一緒に来る?」
その瞬間、二体のフィギュアの瞳が、ほんのわずかに生気を帯びたように輝いた。その瞬間、棚の奥に飾られていた二体のフィギュアの瞳が、ほんのわずかに生気を帯びるように輝いた。ミリアは胸の奥で思った。――これで、アイリとまた仲良くできる。アイリのそばに戻れる。
けれど、すぐに声が響いた。「ミリア、待て」低い声の主は、いつも棚の端で黙っていたくまのぬいぐるみだった。「くまさん」くまのぬいぐるみの声が聞けて、ミリアは安心した。「誰も喋ってくれないから心配したよ」「ごめん、ごめん。この状況に理解するのに時間がかかった。ミリアが人間になったなんて。でも君は確かに僕たちの知っているミリアだ」「そうよ、ミリアよ。昨日ね、流れ星に願い事をしたの」「願い事?ミリアは人間になりたかったの?」うさぎのぬいぐるみが問いかける。「それより、いつ元の姿に戻るかわからないんだ。気をつけろ」くまのぬいぐるみが助言する。
「そうね、気を付けて」と、うさぎのぬいぐるみが不安げに耳を垂らす。「もし人間に見られたら……どうなるかわからないわ。ミリアが怖い目に遭ったら……」続けて猫のぬいぐるみも小さな声で言った。「うん、うん。捨てられたり、燃やされたりしたら大変だ」仲間たちの声に、ミリアは一瞬だけ立ち止まる。だが、その顔には迷いよりも喜びの光が勝っていた。「……大丈夫だよ。そんな心配より、今は人間になれたことがうれしいの。これで、アイリのそばに行けるんだもの」
「ミリア……」ぬいぐるみたちは心配そうに沈黙した。
ミリアはふと問いかける。「じゃあ、私……どうしたらいい?」
くまがうなった。「とりあえず、この部屋から出るんだ。もしアイリが帰ってきて、この姿を見たらどうなる?不審者だと思われるだろう」
「えっ……外に?」ミリアは目を丸くした。
「そうだ。ここにいたら危険だ」くまの声が低く響いた。
ミリアはしばらく考えたが、やがて小さく呟いた。「でも……アイリならわかってくれる。私がお人形のミリアだって、きっと気づいてくれるはず」
「だめだ!」くまのぬいぐるみが吠えるように言う。「そんな危険な賭けは許せない」
「今は出た方がいいわ」とうさぎも同意する。
猫が小さく首をかしげながら言った。「それに、もし今日だけの姿だったら? もしかしたら数時間後には元に戻ってしまうかもしれない。だったら、この姿でできることをやった方がいい」
「この姿で……」ミリアは小さな声で繰り返す。
そして、記憶が蘇った。
――幼いアイリがまだ幼稚園に通っていた頃、アイリのお母さんがアイリを迎えに行き、家まで帰る途中にあるレストランにを連れて行ったことがある。
アイリはミリアを抱き、いつも苺パフェを頼んでいた。アイリがおいしそうに食べいた、苺パフェ、…ガラスの器に大きな苺が溢れるパフェの記憶。
「……アイリと一緒に行ったレストランのパフェ。あのパフェ、食べたいな」
その時だった。
「ブルルルルル……」車のエンジン音が近づき、やがて家の前で止まった。
「お父さんの車の音だ!」くまが声を上げた。「アイリたちが帰ってきたぞ。急げ、ミリア!」
「うん!」
ミリアは慌てて棚から飛び降り、部屋を出た。階段を駆け下り、キッチンの勝手口を開けて、外の空気の中へ飛び出した。
足の裏に感じる地面の硬さ。息切れする呼吸、肺に広がる冷たい空気。「すごい……! 私、自分の脚で立ってる! 歩いてる! 走ってる!」
こうして、人間になったミリアの物語が静かに幕を開けた。
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