第二十五話 軌道修正

 フユコさんの従妹のハルミさんの夢には、たびたび同じスーパーが登場するらしい。

 そのスーパーはこじんまりとしてはいるが品数豊富で、見るからに新鮮で質のいい食品や美味しそうな総菜が、かなりお買い得な価格で売られている。

 ハルミさんはひとしきりスーパーの中を回り、カゴの中にさまざまな品物を入れていく。スーパーの中は無人で、客も店員もいない。店内放送では、聞いたことのない歌が延々と流れている。セルフレジで会計をすませ、重たい買い物袋をふたつほど手に提げて店を出――たところで、いつも目が覚めてしまうらしい。

「その夢見た後で近所のスーパーに行くと、何もかも高く見えちゃって損した気分になるんだよね」

 ハルミさんは時々そうこぼしているという。

 そのスーパーは総菜売り場の唐揚げが物凄く美味しそうとのことで、ハルミさんは行くたびに唐揚げを籠に入れるが、食べられたことは一度もない。いつか夢の中ででもいいから食ってやる、と言っていたらしい。


「それがさぁ、今年の春先にね……」

 と、フユコさんは振り返る。


『ねぇちょっと。あの夢に出てくるスーパー、本当にあるかも』

 その日、かなり興奮した様子のハルミさんから、フユコさんに電話がかかってきた。

 なんでも社用車で出張先に向かう途中、車窓からかなり似た建物を見たらしい。

『看板の文字も同じだったと思う。ちょっと遠いけど車で行けるし、今度休みの日に行ってみるわ』

「やったね、唐揚げ食えるじゃん」

『ね! 特大パック買うわ!』

 半分冗談のつもりで適当に話を合わせて、電話を切った。

 果たしてその次の週末、ハルミさんはかの街を訪れたらしい。ところがいくら捜し歩いても、例のスーパーは見当たらなかった。

 ――と、ここで終われば「しょせん夢のスーパーだよね」で済んだ話なのだが。

 その後まもなくハルミさんは仕事を辞め、例の街に引っ越してしまった。アルバイトで生計をたてながら街中をしらみつぶしに歩き回り、「夢の中に出てくるスーパーらしき建物」を捜しているという。

「もう十年以上やってるんだよね。やばいよね……」

 フユコさんは半笑いでそう言って、大きなため息をついた。


 …………


「――ダメ! 不穏!」

 下書きを読んだシロタ氏は、真剣な顔で私にラップトップを突っ返してきた。

「シゲちゃんさぁ、僕ら話しあって、連載の方向性がおかしくなってるから、そこを変えてみようってことに決めたよね? じゃあ変えようよ! これじゃほぼ平常運転じゃん! 普通に怖い話じゃん!」

「シロタ氏、基準が厳しいよ! これそんな怖くないって……」

「いや怖いから! これヒトコワだろ。人間が怖いやつだよ。だいたいさ、シゲちゃんは怖さの基準がおかしいよね? これだったらまだ、さっきの『見えない犬が走り回る保育園で働く保育士』の話の方がマシだったって!」

「いやいやいや、あっちは超常現象らしきものが起こっちゃってるからどう書いても怪談なんだよ! こっちの方が全然マシ! だいたいこれ、ネタはシロタ氏の提供でしょ!?」

「僕が聞いたときは笑い話だったんだって! シゲちゃんの書き方が違うんだよ!」

 シロタ氏が鬼編集者(実際に遭遇したことはないが)みたいになってしまった……。

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