第35話

 こんなことしている場合じゃない! 全力で廊下を走り出そう……として踏み止まる。

『最低限、この二人には鈴を付ける必要がある』

 魔石の欠片を二人のポケットに放り込むと、階段を飛び降り外へと出る。そして【飛行】で一気に空へと飛び立つ。

『極超音速!』

 発生する強力な衝撃波を、自衛隊なら圧力センサー等でN型の圧力波形を観測するかもしれないが構ったこっちゃない。今は一秒でも早く主の元に辿り着く事以外に大事な事など無い。

『さらに四倍!』

 【風繭】の周囲に【風防】張り、限界まで鋭く長く円錐形に前に突き出す。その円錐は高さが10mを超えるのに底面の直径は僅か4㎝と、空気を貫くために作られたランス(騎槍)というべき形状である。

 そしてエゾモモンガでありながら飛行中に飛膜を広げずに身体を極限まで小さく畳むという、生物としての本能に逆らいながら、天空を引き裂いて横断する一筋の流れ星と化して飛んだ。


 流石に我も帯広市街地に入る前に大きく減速してホテルの主の部屋の窓枠の下の外壁に着陸……着壁?

 窓枠に前足を掛けて部屋の中を覗き込む。中にはベッドで寝ている主の姿。

 ほっとしながら窓から部屋に入る。


 そういえば札幌まで行って戻って来るのに三十分ほどと短時間なので、慌てる必要も無かったか?

 そもそも警察だってこちらが帯広に居る事を……あっ!

 主はバイト先の店長に、大まかなスケジュールは伝えていた。奴を通して情報が伝わっているなら釧路と帯広にそれぞれ一泊する事と旅目的の一つが温泉である事を伝えていたのなら十勝川温泉に目を付ける可能性が高い。

 カーテンにぶら下がり窓の外を確認すると、道路に面した入口から一台の車。多分だが一つか二つ前のフォレスターが入って来る。

 こんな時間に宿泊客? 否、我らでさえチェックインギリギリだったのだから、それは無いだろう。

 後部の左右のドアから人が降りてきて、駐車されている車を何やら……多分ナンバーを確認している。

 こいつらは主の車を探しているのだろう。


 金貨がいっぱいに詰まった大きなチェスト(この場合は宝箱を指す)を取り出して部屋の入口のドアを塞ぐように置く。

 重量は優に1tは超えるので、我がここを離れてもすぐに侵入する事は無理だろうし、主も廊下には飛び出す事は出来ない。

 再び窓から外に出る。駐車場で車のナンバーをチェックしている連中は、まだ主のN-BOXを発見していない。チェックインがギリギリまで遅かったかおかげで、一番奥にしか止められなかったのが幸いした訳だ。


 駐車場に止まっている車の中から一番高級そうな、ランドクルーザー・プラドを選択し、【念動】で両前輪のタイヤを地面から5cmほど浮くように下からゆっくりと持ち上げて、すぐに落とした。

 前輪が地面を突く、流石高級SUVだ良い足回りをしていると思わず唸るほど柔らかく、そして静かに着地したが、直後鳴り響く防犯アラームはけたたましかった。

 十秒と経たずに、既に就寝していただろう暗くなっていた窓の向こうに明りが灯り始める。

 やがて幾つもの窓が開いて、多くの宿泊者が眼下の駐車場に停車している不審車と二人の男の姿を目撃する事になった。


「早く乗れ!」

 不審者の助手席の窓が開いて、ナンバーチャックをしていた男達に指示が飛ぶ。

 アラームに我を失っていた車外の二人は、その声に弾かれたように反応して車に駆け寄って乗車する。

 同時にタイヤをスピンさせながら後退しつつ前輪を大きく左に切って出口方向に車体の頭を向け、そのまま出口を左へと曲がっていく。

 中々運転が上手い。フォレスターの雪道での走破性の高さもあるが見事な逃走だ……まあ我がこの場に居なければの話だが。


 どんなにドライバーの腕が良くても、フォレスターのボクサーエンジンとシンメトリカルAWDの性能が優れていようが、凍結路面をタイヤを滑らせながら曲がっている最中に強い力で押されて曲がりきれる訳がない。

 我の【念動】がフォレスターの尻を優しく掴み、ドンと雪壁に向かって45度の角度で突き飛ばすと、為す術もなく雪壁に斜めになって突き刺さった。

 この時期の路肩の雪壁は難く締まっている。そこに突き刺さる勢いで突っ込めば……連中が死のうが全く気にしない。

 前世の我なら一人くらい残して他は殺していた。生き残るのはリーダー格を拷問にかけて知っている情報を全て吐き出させるだけだ。

 その後、我は優しいので殺さずに、飼主の元に帰してやるよ……こいつはお前を裏切って洗い浚い全てを白状したから、お前も首を洗って待ってろよとメッセージ付きで。

 全く優しいというか随分と温くなってしまったものだ。


 エントランスから出て来るホテルの従業員は、ホテルの出入り口の先で雪壁に突き刺さっているフォレスターの様子を確認してスマホに警察に通報する一方で、救助を試みようとしているが、衝撃でフレームはひしゃげドアは開かなくなっており、砕けた左側の窓から中の連中に声をかけているが返事は無い。

 一方で宿泊客達も外に出て、駐車場の自分達の車に何かされたかを確認している。

 そんな人々を尻目に、我は主の元へと戻る。


『何よこれ! う、動かない~!!』

 主はアラームに目を覚まして部屋を出ようとして、我が置いたチェストを動かせずにいたようだ。

『主よ。部屋を出る必要はありません』

 全力でチェストを動かそうと、引っ張っていた主は我の声に驚き、手を滑らせてひっくり返る……のを【念動】で頭を打たない様に支える。


『あっモモちゃん! 何処に行ってたのよ!』

 丸まって背中を床に付けた格好で怒る主が可愛らしい。この記憶は大事な思い出フォルダーに保存だ。

『気になる事があったので、一度札幌に戻っていました』

『じゃあ、あの音は何だったの?』

『あの音の原因は我ですが、それには理由があります。それから既に目的は果たしました』

『どういう事?』

『その前に早急に報告すべき事があります』

『……?』

『残念ながら旅はここで終了です。今の騒ぎを起こしたのは、主を車で煽ってた例の連中の関係者と思われます』

『そうか……私はそこまで嫌われていたのか……』

『それは主のせいではありません。全ては奴等の性根の問題です。主が居なかったとしても、連中は他の標的を攻撃するだけの腐ったミカンなんですよ。金八先生だってそう言います』

『金八先生?』

 我だって、金八先生はリアルタイムはギリギリ二十世紀のシリーズからですよ。上戸彩が出て来るシリーズの一個前です。当然、金八先生が腐ったミカン云々言った場面はリアルタイムでは観て無いです。親から聞いた聞きかじりですよ。

『金八先生は今は良いです。今度配信動画サービスで一緒に観ましょう。主(ぼっち)の心に刺さる可能性は十分あります』

『どうしてそんなに金八先生に詳しいの?』

『主が居ない時に、ネットカフェで視聴しました』

『また寝ている人の財布に三万円入れたんでしょ? お金なくなっても知らないよ』

 ……言えない。実はあの後も宝探しをして我の所持金は既に9桁を超えているなんて。

 仕方が無いんだ。それが龍の本能のだから。


『これからどうするの?』

『警察と救急……それから消防も来るかかな? 逃げようとして事故った連中の救助と搬送。それから現場検証。目撃証拠の聞き取り等を行う事になるでしょう』

 連中への聞き取りは難しいだろう。そうなる様に車ごと雪壁に叩きつけたのだから。

 それには理由がある。連中が主の身柄を攫いに来ている事を警察に知られるわけにはいかない。 何故なら、警察内部に連中の協力者がいるからだ。

 我も少しだけおかしいとは思っていたが、札幌でその疑問は確信に変わった。

 多分、主のバイト先の店長はこの件には関わっていない。

 主が言った「二泊三日で、初日は北見に行くから朝早くに出て高速道路を使って距離を稼ぐつもり」と言うのは本当にこれだけしか言ってないのだろう。

 温泉云々は話の流れから旅の目的を聞かれて答えたのだろうと、我が勝手に付け加えた補足情報だった……普通だったら旅の話になったら、旅の目的とかもう少し詳しく話が弾むはずだという一般常識を主(ぼっち)に当てはめてしまった我の完全なる落ち度だ……この件に関しては再考が必要なのかもしれない。


 この店長と主の会話を聞いた人間が居るはずだ。店の客かバイトの店員だろう。

 もしも店長が関係しているなら、もう少し突っ込んで話を聞く努力をするはずだ。

 店長が候補から外れるとなると、帯広の十勝川温泉に居る事を何故連中が知っていたのか?

 それは一つしか可能性はない……例の刑事との通話だ。そこで主は現在帯広で泊っている事と温泉の話をしている。

 そして五本木が関係ないとするならば、奴のバディである若い刑事奴が警察内の協力者で、電話の内容をリークした可能性が高い。

 もしも二人から話を聞いた別の人間がリークした可能性もあるが、職務上知り得た情報なので、二人が話す相手は警察の人間と考えて間違いないだろう。

 どちらにしても警察内に奴等の協力者がいる事になるので、今主が警察に身柄を抑えられるのは拙い。数日間は主には警察と反社と思われる連中から身を隠してもらう必要がある訳だが、何処に? という問題がある。


 警察対策としては、帯広を含む地域を管轄する釧路方面本部。そして札幌方面を管轄とする北海道警察本部の二つの方面は避けるべきだろう。

 北海道の方面本部は、各都府県警察本部に準ずる組織なので、各方面の管轄範囲を超える事は、追われる者としては他の都府県に逃げるとのと同じくらいのメリットがある……同じくらいで同じというのは語弊がるよな。


 それに主に関しては犯罪者ではないので、広域捜査扱いで追われる事も無いので、我としては人が多く栄えている旭川市を擁する旭川方面に逃げ込んでしまえばかなり安心出来ると思う。

 だからといって時間的な余裕がある訳ではない。

 大丈夫だと思えるのは一日。二日目は旭川方面の管轄内に入った事で見つかる可能性はほぼ無いと言える。だが三日目になると怪しい。

 警察内部の協力者があの若い刑事一人なら大丈夫だろうが。もっと上の人間が関わっているのなら安心は出来ない。

 先ずは一番疑うべき、あの二人の刑事に張り付いて我と主にとっての敵に辿り着く必要がある。 問題は、あの二人が関係なかった時だが、その可能性がかなり低いのが救いだ。

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