廻る灯りは幻か

いみび

第一話 「南東」


 今は昔、権能を持ちたるものありけり。今となっては昔のことだが、権力を持つ者がいた。


されど持ちたるもの、はかりしばかりにしかしその者が企てたことによって、いみじき怨生み絶え絶えにぞなりける非常に激しい恨みが絶え絶えに続いたのであった。――



▼``


 廊下には、天井から水が滴り続け、水たまりがいくつもある。古ぼけた懐中時計は、いつまでも、いつまでもなきつづけていた。


 「航空機に搭乗するのは、いくら乗っても慣れないな」

 そう、独り言をぽつりと吐いたのは私。


 私は、クライアントから依頼を受諾する業者に所属している。ときには最北から最南端から依頼が届くことがあるので、その影響で飛行機に乗ることも多々ある。


 主な依頼は、『困ったことについて』だ。

『困ったこと』といっても、千差万別であり、一括りに分けることはできない。


 今回は、

「夜になると自宅近辺の廃墟から異音が絶え間なく聞こえ、安心して寝れないのです。だから、その廃墟を調べていただいて、異音の正体を明らかにしていただきたい。」

という相談を受け、向かっている。


 場所は、沖縄県宜野湾市■■■■町にある廃屋だ。


「到着……っと」


 タクシーを使い、那覇空港からここまで来た。

タクシー運転手に、「何故こんなところに?」という目で見られたが、まあ気にしない。


 廃屋は、想像よりもずっと巨大であった。

特段変なところは無いように思える。


 「とりあえず、日が出ている間に構造を把握しておくか。」


 そう独り言を吐き、ぼろぼろになった扉を開けた。

沖縄特有のジメジメとした湿った空気。

それが、扉を開けた瞬間により感じた。


 「この廊下、雨水がところどころに溜まっていて動きにくいな。」


 廊下は水たまりが嫌になるほどにあり、進むのが億劫になるほどであった。


 我慢して進むと、部屋が一つあった。

扉を開け入ってみると、懐中時計があった。


 しかし、その懐中時計はとっくに壊れていた。

だが、よくよく目を細めると、秒針・分針・時針の全てが2時で重なっていたのだ。


 普通はありえないことだが、どうにもそのとき、おかしくは思えなかった。

「まあ、こんなところかな。とりあえず夜になるまで休むか」


 大体を探索し、一息ついて依頼者と合流。

夜まで、依頼者の家にて休ませていただくこととなった。



 やがて、日が暮れ、私達に闇が訪れた。


 そして、夜10時を廻る頃。


 「カチッ、カチッ、カチッ、カチッ………」


 時計のような音が、私達の耳朶じだを掠めた。


 「……?おかしいな…いつもはこんな音じゃないのに……」


 どうやら、普段の音とは違うらしい。


 「いつもは、どのような音がしているのですか?」


 「いつもは……そうですね、何か滴る音とうめき声が聞こえます。」


 何故いつもと違うのか、謎が深まるばかりだ。


「まあ、そろそろ私は調べに行ってきますね……よいしょっ」 


「気をつけてくださいね……!」


 依頼主に見送られ、廃屋の目の前に立つ。

不思議なことに、そこでは音が一切しなかった。


 ……不気味なほどに。


 意を決し、扉を開ける。


「ギギィィィ…………」


 古びた木材の軋む音が、廃屋に響き渡った。


 廊下は昼の時と同じ。


 早速、あの懐中時計を見に、嫌に湿った廊下を渡った。

部屋の扉を開けると、部屋のおよそ真ん中に懐中時計があった。


 先程まで音は聞こえなかったのにもかかわらず、頭に響くような音が私を襲った。


 「……!?」


 昼の時にはなかった机があった。


 机には、ある一冊の本があった。

それには、「あやまち」と書かれていた。


 好奇心に負け、本を開いた。

しかし、幾ら開いても薄汚れた和紙しか無かった。


 そして、最後のページをめくった頃、そこにはある古文が書いてあった。


『 今は昔、権能を持ちたるものありけり。

されど持ちたるもの、はかりしばかりにいみじき怨生み絶え絶えにぞなりける』


 「……『権能を持ちたるもの』とは、かつてこの地を治めていた権力者のことか…?そして、『はかりしばかり』つまり、何かを企てたがために……『怨生み絶え絶えにぞなりける』何に対してはわからないが、怨みが絶えることなく続いた……ということか?」


 ふと、後ろを振り返る。


 そこには、目が垂れ下がった、懐中時計を持っている女性がいた。その女性は、私に視線を移し――


 「――っ!?まっ」


 ごしゃっ


 気付いたときには、既に遅し。


「あーあ、だから気をつけてって言ってあげたのに……」


 そこには、あの依頼者がいた。


「カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……」


 不気味な笑みを浮かべながらも、少し残念そうに、

そう、つぶやいた。


 廃屋からは、いまだにうめき声が聞こえるという。

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