ベテランに見られないTSダンジョンおじさんの日常

砂石一獄

第1話 「ベテラン冒険者:田中 琴男」

「いやあ〜……ここ数年はめっきり新人さんが来なくなりましたねぇ……。お陰様で万年人手不足ですよ、ははは……」


 そう寂しげに語るのは、田中たなか 琴男ことおさん(47)だ。当時新設したばかりだった私立大学の魔窟専門科を卒業した田中さんは、そのまま新卒冒険者として働き始めたのだという。


 田中さんが冒険者となったのは、世界各地に魔窟——ダンジョンが現れてそう間もない頃であった。

 当初こそ、ダンジョンという存在は危険視されていた。しかし”魔石”という資源が発掘されてから、人々の態度は掌返しの一途を辿る。

 ”魔石”という触媒を介せば、人類は”魔法”を習得できる。その事実は新時代を作り出すかがり火となった。

 

 政府は魔石を回収し、新たなライフラインのひとつとする為に公務員のひとつとして”冒険者”という役職を制定。安定した魔石の回収を図り、人々の生活に役立てようとしたのである。

 

 「魔法が使える」という魅力的な謳い文句を元に、当時10~20代の若者を中心として注目を浴びた冒険者という職業。狭き門を潜り抜けて冒険者となった田中さんは、当時は非常に鼻が高かったという。


 昔こそ、冒険者は当時の若者にとって花形と言える職業だった。

 しかし、魔窟——つまり、ダンジョンという存在は人々の命を飲み込む存在だった。魔窟内で多数の殉職者を出すという事実が公に露呈してからは「危険な仕事」というマイナスイメージが表立つこととなった。


 年々冒険者を志す若者が減少する中で、インフラとして魔石が生み出す需要ばかりが増えていく。やがて供給が断たれることを懸念した政府は「危険手当の付与」など、新規の冒険者を集める為にあらゆる方針を画策したが焼け石に水だった。

 近年の安定志向に見合わぬ冒険者。そんな職業を志す若者は、徐々にその数を減らしていった。

 そんな逆風に当てられてなお、田中さんは冒険者と言う職業にしがみついているのだという。


「冒険者って言えば皆危ないからやめとけ、向いてない、って言うんですよ。でも天邪鬼なんですかねえ。ムキになってしまって、やめられなくて」


 そう恥ずかしそうに語る田中さん。彼の中には「小さな子供」がずっと宿っているのだと語る。

 ポケットの中には、田中さんが自ら作成した「魔物ガイドブック」が入っていた。見せてもらうと、ゴブリンやスライムと言った魔物の情報が、田中さんの字でびっしりとまとめられている。


「ゴブリンって、基本的に群れで行動するんですよ。小柄な魔物はだいたいそうですね。一匹いたら百匹いると思え、と先輩にも口うるさく言われましてね」


 そう語る田中さんの目は、少年そのものだった。

 ダンジョンの中で田中さんが取り出したのは、ゴブリンの血液を発酵させたものを抽出した液体が入っているという瓶。その中にハケを突っ込み、毛先に至るまで存分に浸す。そしておもむろに、ダンジョンの壁に塗りたくり始めた。


「これはね、ゴブリンの体液を再現したものなんですよ。こうやって仲間が居るよー、って教えてあげることでゴブリンは一匹でもひょいっと近づいてきますねえ」


 無機質な岩壁に、そう言って自家製のゴブリン液を塗りたくった田中さんは、様子を伺うように物陰に隠れる。

 時間を置いて待っていると、一匹のゴブリンがのそのそと姿を現した。


「ほら、来たでしょ。だいたい身体の構造はね、人間と似通っているんです。ほら、こう首を締めあげると声が発せなくなるでしょ」


 背後から手慣れた動作でゴブリンを捕まえた田中さん。ゴブリンの喉元を締めあげながら、私達スタッフへとそう見せつける。

 懸命にゴブリンは声を出して仲間を呼ぼうとしているが、喉元を押さえつけられて声を出すことが出来ないようだ。

 簡単にゴブリンについての説明を終えた田中さん。


 それからアイテムボックスからガーゼを取り出し、ゴブリンの頸動脈下にあてがう。次に、素早くゴブリンの頸動脈に短剣を突き立てた。


「血痕は残しちゃダメですよ。仲間が死んだー、って知ったゴブリンが怒っちゃうんです。だから静かに、痕跡を残さない。それが私達の仕事です」


 ガーゼに染み込む血液と同時に、ゴブリンの顔色が茶色に変色していく。

 苦しそうな顔を浮かべていたゴブリンも、徐々に表情を失い、静かに息絶えた。


 ゴブリンの亡骸を麻袋に詰め込み、田中さんは「よいしょっと」と肩に掛ける。


「と、まあこんな感じです。ゴブリンには命を奪って申し訳ないという気持ちはありますが、これで私達も食べているんでね」


 田中さんはダンジョンから出る前に、出入り口の方を向き直る。それから、「今日もありがとうございました」と頭を下げた。


 私は最後に「冒険者として働いていて辛いことはないか」という質問を投げかけることにした。

 すると田中さんは少し考えた後、困ったように眉を顰めた。


「いやあ、お恥ずかしながら妻にも逃げられてしまいましてねぇ。あなたをもう夫として見ることが出来ない……なんて言われてしまいましてねぇ。ああ、いや、理由は分かっているんですよ」


 私が何を言おうとしているのか理解したように、田中さんは首を横に振った。

 それから胡坐を掻き、恥ずかしそうに頬を掻く。


「冒険者も長く勤めていたら何が起こるか分かりませんから。仕方ないですね」

 田中さんは「ですが」と言葉を切り、自らの身体を見下ろした。



「こんなトラブルもあるものなんですねぇ……。ちょうど娘が居たら、これくらいの年だったんですかねぇ?」


 そう語る田中さんの容姿は、10代半ばの女性そのものだった。

 ストレートの銀髪と、モデルのような細身の体型。一般的に美人と言われる容姿をしているが、紛れもなく自分は田中 琴男(47)なのだと語ってくれた。

 彼は冒険者として仕事をしている中で「女性化の呪い」に掛かったのだという。


「何が困ったかってね、身分証明ですよ。前例がないから身分証明のしようがない、って言われましてね。警察やら市役所やら病院やら、色んな人達のお世話になりました」


 姿が変わってしまった彼は、戸籍の上では「死亡した」という状態に該当するのだそう。遺伝子そのものが変わってしまった彼を「田中 琴男」だと証明することが出来ないからだ。

 やむを得ず「田中 琴」という仮の名義をもって生活をしているそうだが、不便なことも多いようである。

 ちなみに、妻に振られた理由も「夫というより娘にしか見ることが出来なくて思考がバグる」とのことだ。


 田中 琴男。

 ベテランの冒険者として活動する彼は、他の誰よりも数奇な人生を辿っているらしい。

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