星の影放浪記 第二巻「ヨレンの青銅巨人」

ウシュクベ

(ネタバレ注意)第一巻「海と炎のアマーリロ」あらすじ

・序


 世界歴197年6月。

 元帝国貴族で貿易商のボレア家を、旧知の女性、ミレイアが訪ねる。


 彼女は当主のマウロ・ボレアに一冊の本を見せた。「ペリュニリスの放浪記」という冒険小説だった。それは、現実に噂になっている、霧とともに現れ霧とともに消え、決してたどり着くことのできない不思議な城、「島船」を追う魔法使いの冒険を描いたものだ。


 その本は、単なる冒険小説ではなく、舞台となる世界各地の土地や文化の描写が、世間に知られていない地域のものも含め、あまりにも正確であることから、学者や冒険者などからも、よくも悪くも注目を集めているものだった。


 ミレイアは、この本の製作に、ボレア家が関わっているのではないかと指摘し、認めさせる。そして尋ねた。


「彼と、会ったのですね」


 この本の主人公「ペリュニリス」が、自身の古い友ではないかと語るミレイアに、マウロ・ボレアは6冊の本を見せる。

 それは、本物の「ペリュニリス」が書き記した、その旅の記録だった。


 その記録の原本は、南大陸にあるアマーリロの町で、とある少年が所持しており、少年はその記録を元に「ペリュニリスの放浪記」を書き、それを買い取ったマウロが知り合いを通じて出版したのだという。


 そしてマウロは語る。アマーリロで出会った、「ペリュニリス」のモデルとなった男、ミレイアが行方を探す古き友人のことを。


 マウロは彼を「本物の魔法使い」と言った。この時代の多くの魔術師と同じく、道具を操ることで魔法を発揮するが、それは深い精神の作用によって発揮されたものであり、いずれも特異なものであること。

 その中でも特に目を引かれたのが、「魔法を食う白い炎」。魔法神オハリアの乗機にして玉座、「白い炎の体」と「三つの星雲の目」を持つという神獣、ぺリューンの力だという。


 そしてマウロは、その「ペリュニリス」が、人間として何かが欠け、時に幽鬼のように見えた人物であることも語る。

 そして、アマーリロの地で出会った、かの地の大魔術師、フ・クェーンは、彼をこう呼んでいたという。「星の影」と。


 一方、マウロの息子のホーレス・ボレアは言った。「彼は紛れもなく善人です」と。

 そしてホーレスは語り始める。アマーリロの地で出会った、「ペリュニリス」こと「ショール・クラン」の物語を。





 本編「海と炎のアマーリロ」

 世界歴195年~196年1月 南大陸セムカ アマーリロ



◎島船と、「東から来た人」


 南大陸セムカにある、チエロニア王国の海外領土、アマーリロ。大航海時代に冒険者が作ったこの町は、移民であるチエロニア人と、先住民である黒い肌の「ツァン諸族」が共存し、200年以上、ともに様々な困難を乗り越えてきた。

 そんな地に、突如、「海の悪魔」と呼ばれる鮫たちが現れ、人々を悩ませるようになった。


 旧町の宿屋の子、カミロ少年が魚を買いに出掛けたある朝のことだった。ツァン諸族のひとつ、マー族の友人であるイェハチの父が、海の悪魔に殺された。マー族は武勇で知られ、イェハチの父は勇敢に戦った末、漁師をかばって命を落とした。


 その葬儀の晩、闇に落ちる荒野から、伝説の老英雄がアマーリロにやってきた。

 フ・クェーン。「山脈の王」と呼ばれる火産みの山、モンゴ山の大祭司にして、200年を越えてこの地を守る、ツァン諸族の大首長にして偉大な魔術師だった。


 彼はイェハチの父を送ると、そこに突然霧がかかり、消えた。そしてフ・クェーンとともに高台に立って海を望むと、人々は、アマーリロ湾に突如現れたものを見る。


 霧をまとう、不思議な城。霧とともに現れ、霧とともに消え、霧によって決してたどり着くことができないという、「島船」。

 それは、その日以降。何をするわけでもなく、ただアマーリロの海にたたずんでいた。

 まるで、何かを待っているかのように。



 それから島船を求めて、各地から冒険者が訪れるようになったが、彼らもまた「海の悪魔」に襲われる。

 アマーリロ総督の次男、エドゥの紹介でカミロの宿に来た、マウロ・ボレアの一家もそうだった。当主のマウロ、息子のホーレスほか、使用人、侍女たちとともにカミロの宿に泊まることになった。

 さらに、新町に滞在していた学者先生の一行も、カミロの宿に滞在することになり、宿はにわかに活気づく。

 一方、アマーリロの救援と称して、チエロニア本国から第九艦隊も来航する。彼らは鮫の討伐を名目にしながら法外な護衛料をとり、新町の商人たちとも明らかな癒着を見せていることから、カミロの宿に集う人々は疑念の目を向けていた。


 そんな中、ひとりの旅人がアマーリロの町に近づいてきていた。火の山脈を越え、大河をわたり、荒野を越えて。



 宿屋のカミロ少年は、あるときマー族の集落に牛乳を買いにいき、葬儀以後顔を合わせなかった友人のイェハチ、そして、フ・クェーンと出会う。

 ともに歩みながら、フ・クェーンは「星の影」が来ると告げた。それは、星が水面に影を落とすかのごとくこの世に現れるもので、何らかの事象か、獣か、あるいは人かもしれないとフ・クェーンは語った。 


 カミロ少年はフ・クェーンらとともに、叔父が経営するブドウ畑を訪れる。そこにはワインを買い付けに来たボレア親子と、彼らを案内したエドゥの姿もあった。


 荒野を眺めるフ・クェーンは、自身が待つ「星の影」が、どうやら人であったとカミロに告げ、その名を、人間の口から出たとは思えない「声」で放つ。


「p……n……」


 その声は、荒野に轟き、聞いたものの脳裏に男の姿を映し、そしてすぐに忘れさせた。

 直後、カミロの視界に、東の荒野からやってくる、ひとりの男の姿が。

 東の荒野から来たその男はショール・クランと名乗り、自分は遭難者であると言った。

 そしてヨレン王国テルセニア大学の者であると称し、王国が発行した、魔法道具の証明書も提示した。


 1、伸び縮みする杖

 2、色と大きさ、形が変わる外套

 3、大きさが変わり、小さな花が咲く布

 4、魔よけの小刀

 5、水の上を歩けるようになる入れ墨

 6、蜂が出る琥珀飾り

 7、魔力を変換する鏡


 エドゥは領主の息子として彼を怪しむが、老英雄フ・クェーンがショールの連れていた大牛を買い取り、いくばくかの宝石と、魂の価値があるとまでショールが評したモンゴ山の黒曜石を譲ったこともあり、アマーリロに受け入れることにする。

 そしてフ・クェーンは、ショールの牛をカミロ少年に譲り、ショールと、そしてイェハチ少年を宿に泊まらせるように依頼する。




◎鮫の襲撃と、ショールの魔法


 ショールはアマーリロにあるカミロの宿に泊まることになる。そこはアマーリロの旧市街。町を作った冒険者たちの子孫が暮らす町だった。


 ショールはカミロの宿に滞在し、「精神の洞察」……、マウロ・ボレアが読心術と指摘した「勘」によって、旧市街の人々を陥れようとする男の目論見を看破し、琥珀飾りの蜂と衣の花を使ってそれを止め、異能の一端を見せる。


 そんなある日、チエロニア本国から王の遣いとその護衛たる第二艦隊が来ることになった。

 その船が港に入る直前のことだった。怪物鮫の群れが船を襲った。


 その鮫の中に、父の仇たる鮫を見つけたイェハチは、槍を手に海に飛び込むが、危うく命を落としそうになる。

 それを救ったのはショールだった。彼はその魔法の道具を自在に使い、鮫の群れに対抗する。


 その杖は、伸び縮みどころか硬軟も自在で、しかも剛力を発揮して鮫をも縛った。足の入れ墨は水の上を歩けるようにするどころか水を自在に操って激流を巻き起こす。

 蜂の出る飾りは砂嵐のような群れを放ち、花咲く衣は花粉を組み合わせて鮫をも惑わすような効力を生み出した。色の変わる外套は隠れ蓑となってショールの姿を隠す。

 さらに鮫が呪いの歌を歌うとき、ショールの守り刀はその呪いを断ち、呪いを通して鮫の肉体をも傷つけた。


 ショールはイェハチを第二艦隊の旗艦に預けることに成功する。

 そしてその直後、アマーリロの勇敢な人々が鮫との戦いに飛び込む。

 ショールはアマーリロの人々を援護するが、イェハチの父の仇たる鮫は仲間の鮫を食って巨大化し、鉄の船をも沈めるという魔法を使おうとした。


 そのとき、ショールの鏡が鮫の魔法を白い炎のようなものに変えた。そして、その口から、ショールがこの町に来た時にフ・クェーンが放ったそれに似た、人の口から出たものとは思えない「声」を放つ。

 そして、白い炎の中、鏡を中心に作られた、「眼」のようなものからも、それに呼応する「声」が放たれ、鮫に魔法が発動する。

 その魔法は鮫の体から重さを奪った。イェハチの叔父の一振りで、鮫は空高く飛ばされ、港に落ちる。

 港の人々によって止めをさされそうになった鮫は、仲間の鮫を呼び寄せるが、そこにフ・クェーンが現れる。その恐るべき炎の魔術で鮫を一掃したフ・クェーンは、ショールに礼を述べ、歓迎の意を示した。


 その後、仕留めた鮫を調べるショールや、カミロの宿に泊まる学者先生たちの前に、ビジャ―ル艦隊の者が現れ、鮫の死体を奪おうとした。しかし、王の使者であるカンタルイ伯と、その護衛として第二艦隊を率いていたレイダ提督がそれを止め、ショールらの意見を聞く。

 学者先生の見立てでは、この鮫は人工的に作られたキメラだという。さらにショールは、この鮫に禁忌の魔術である死霊術と、魔王アブロヌの遺産と言われる忌まわしい薬物、「ベラ女王の怨念の薬」、通称「レッド・ベラ」が使われていると指摘する。


 さらにこの鮫には、人間の魂が宿らされていることを、ショールとフ・クェーンは洞察していた。そしてなお、死した鮫の肉体に、その魂が縛られていることも。ショールはフ・クェーンに促され、その短刀で鮫を刺し、捕らわれていた魂を解放する。



◎フ・クェーンの依頼


 その夜、ショールは総督府の食事会に招かれる。新町の商人たちから彼への疑惑の声が上がると、ショールはその身分を示す指輪の光を投影する。

 彼は調査研究員として大学に在籍するだけでなく、「名誉従士」として、ヨレン王の署名とともにその身分を証明されていた。


 新町の商人が去り、食事が始まるなか、ショールは自身の旅の目的について語る。彼は「遭難者」ではなく、「島船を追って旅をする者」だった。島船は、3年の間、この南大陸セムカの内陸にあり、ショールはそれを追い続けていたという。

 そしてショールは、その旅の記録を見せる。それは、学者先生を驚愕させるものだった。彼はこの3年間、暗黒大陸とも呼ばれる、この南大陸セムカの未踏の地域を含め、たったひとりで踏破していたのだ。


 王の使者、カンタルイ伯は語る。島船を追う魔法使いの噂を聞いていた。そして、アマーリロに島船が現れたとき、ショールらしき人物が訪れていないか、ヨレン王国からチエロニアへと問い合わせがあったということを。


 提督が、ショールの持つ、白い炎を放った鏡について尋ねると、ショールはそれが何であるのかは分からないとしつつも、その力について語る。

「あれが『食える』と判断したもの……。主に魔法の類だが、それに向けると、対象を白い火……のようなものに変える。そして、別の魔法に変えて放つ。どんなものが食えるのかは目にしないと分からないし、どんな魔法になるのかは、その時にならないと分からない」


 学者先生は、ショールの他の道具にも言及する。あれだけの魔法の道具を自在に操ることは、無数に生えた手足を操るのに等しく、人間の脳で可能なのかも分からないと。

 ショールは、自身の精神が壊れ、おかしくなっている自覚があると語った。しかしそれでもイェハチを助けたのは、心が壊れる前に培った価値観、守るべき倫理が、今も彼にとって大切なものであり、島船を追うためにも、それはかけがえのないものであるからだと、彼は語る。


 ショールはその席で、総督に頼みごとをする。フ・クェーンに面会する許可が欲しいと。



 翌日、ショールだけでなく、ボレア親子に学者先生たちまで同行し、イェハチの集落にいるフ・クェーンと面会することになった。


 ショールたちはそこで歓待を受けるが、フ・クェーンは、ショールに語る。自分に何を求めているのかは分かっているが、その答えを持っていないと。しかし、ショールが行く先々で待ち受ける役目、あるいは試練を果たし、その旅を終えた先で、求めるものに必ずたどり着くだろうと。


 その後、総督の次男エドゥもその場を訪れたところで、フ・クェーンはショールにある依頼をする。

 フ・クェーンのもとに、あるリク族の者が助けを求めに来たという。その者の集落は白い肌の者たちに襲撃され、ことごとく南の森に連れ去られ、魔術師のみが別の場所へ連れていかれたのだという。フ・クェーンの依頼は、そのさらわれた人々を探しだし、できれば助け出して欲しい、というものだった。


 さらに、この事件の背後に、あの鮫に関わる者の気配を感じたアマーリロも、衛兵隊の精鋭を同行させてほしいと要請してきた。同様に、カンタルイ伯に随行してきた海兵3人、さらにはボレア親子とその従者も、ショールの旅に加わることになり、イェハチの叔父らマーの戦士たちが彼らを案内することになった。

 そしてフ・クェーンは、南の森に住む、バルカの民と接触するように告げる。森を知り尽くすこの民も、助けを求める声を上げているという。かつてショールに渡した黒曜石を見せ、自分の名を「真の響き」で口にすれば、遣いの者と分かるだろうと、フ・クェーンは告げた。


 別れ際、フ・クェーンはショールに火打ち石を渡す。それで起こした火を、術者の意のままに操れる火打ち石だという。そしてフ・クェーンは、来るべき戦いに備え、エドゥとともにアマーリロの町に入る。



◎歴史と神話


 ショールら一行はバルカの森に向かう。道すがら、フ・クェーンの一族、イァン族が祭祀を怠ってモンゴ山の噴火を招いて荒野ができたこと、マー族が東の荒野を越えてきた過去などについて語り、人に化けるハイエナの話や、その一族がフ・クェーンの世話をしているという話、血を吸って人や家畜を病気にかけるハエの話なども語られた。


 その夜には、鮫に使われたレッド・ベラの話と、それを作り上げた「魔王アブロヌ」の話になった。

 魔王アブロヌ。中東アッカリアの奥地、不毛の大地に立ち、傍らに魔女をはべらせ、悪夢の兵器を次々に生み出しては世界を恐怖に陥れた騎馬民族の王。

 かつてアマーリロにもこの王はその手を伸ばし、一撃で都市を破壊し毒をばらまく「アブロヌの火」を放ったという。アマーリロ総督の「初代様」も、幼い末子以外の家族を失い、フ・クェーンも、自身の一族であるイァン族の多くを失い、生き残ったものたちも、子をなす力を奪われ、滅びの道を辿ったという。

 その後「初代様」とフ・クェーンは、荒野でアブロヌの軍勢を破り、海から撃って出て、ヨレンの義勇王テルセウスらとともに、各地でアブロヌの軍勢と戦ったのだという。

 しかし……、アブロヌ王が破れておよそ200年が経つが、その残党は世界各地に潜み、王の蘇りを謀っているという。


 そしてその魔女が作ったという薬、「レッド・ベラ」。麻薬の一種として規制されているが、人間から善性を失わせ、狂戦士に変える薬であり、さらに死霊術の要素を加えることによって、その中毒者を意のままに操ることもできるという。

 しかもこの薬の中毒者が子をなした場合、その性質は子にも引き継がれ、アブロヌ王は敵味方の勇者を薬漬けにして子を作らせることで、意のままに操る狂戦士の軍団を作り出したという。



 一夜明け、広大な密林にたどり着いた一行は、そこで吸血ハエの群れに遭遇する。ショールはフ・クェーンの黒曜石をかかげ、フ・クェーンの「真の響き」による名を口にすると、ハエの群れを操っていたバルカの魔術士が現れ、一行を森の中に案内する。


 バルカ族は、森の中を移動しながら狩猟生活を送る人々だった。彼らの歓待を受けたショールらは、人さらいの情報を得る。

 人さらいたちは、海から来たという。森にはかつてベルベ人と呼ばれた民族の王国があり、その船着き場を用い、拠点を築いて周辺の人々をさらっているという。


 その地へ向かう出発の朝、ショールはアマーリロの町に残るカミロについての「虫の知らせ」を感じる。

 マウロ・ボレアがアマーリロに残る侍女に連絡を取ったところ、カミロが事件に巻き込まれたと報告を受ける。



 時は遡り、アマーリロに。ショールが出発した日の夜、カミロ少年は、ショールが残した旅の記録について、学者先生から講義を受けていた。その会話の中で、この世界における「魔法」の話になった。

 かつては、浅くとも何でもできる魔法使いが重宝されたこともあったが、現代は、誰でもひとつやふたつは持つなんらかの魔法の才能を深く伸ばし、細かく役割を分担する時代になっていた。

 また、かつての魔法は、祈りや瞑想といった深い思索や修練を通して身に着けるものだが、今は「エーテル説」を主流とした理論が重要視されている。その理論だけでは説明のできない魔法もこの世には存在するのだが。

 一方で、ショールやフ・クェーンは、古代の賢者のように、人には見えないものを見たり、時や場所すら超えた洞察もできるのだろう。そう学者先生は語る。

 フ・クェーンは深い祈りや瞑想の末に。しかしショールは、いにしえの苦行者のように、受けた苦難による精神への強い負荷によってその世界に踏み込んだのではないか。先生はそうも語った。

 ショールの操る魔法の道具についても、使い手の心身に取り憑き、同化したものではないかと先生は推測した。存在そのものや、魂というレベルで魔法の道具と一体化する例は、過去にもあったのだという。

 そして先生は、ショールの操る鏡はペリューンの神器ではないかと推測した。


「真実の言葉」というものがある。風と知恵の神が人の言葉を定める前に存在したもので、神々や偉大なるものたちの言葉であり、ものの本質に触れ、それで名を呼ばれれば、死者ですらそれに気づくのだという。

 かつてフ・クェーンが呼んだショールのもう一つの名は、その「真実の言葉」によるものではないか。ある偉大なるものの影、という意味だそうが、その偉大なるものとは、ペリューンではないかと先生は語った。


 ペリューンとは、魔法神オハリアの乗騎にして玉座と呼ばれた神獣で、白い炎の体と三つの星雲の眼を持つという。魔法について絶対的な権限を持ち、それを歪めたものを容赦なく焼き祓う、「存在を許さぬ者」という異名を持つという。


 そして先生は神話を語る。


 世界の始まりに、マガファという悪神が現れた。

 マガファは「飢え」という呪いを生きとし生けるものに与え、それによって生き物は互いを食い合い、「死」が生じた。

 神々は冥府による死者の救済や、出産による繁殖、豊穣の恵みなどをこの世に与えたが、マガファは神々の慈悲にも呪いをかけた。悪しき死者を自身の領域に招き、繁殖には性欲を加え、恵みをめぐって争いを生じさせた。


 マガファは人間や聖霊を堕落させて九柱の魔王を従えると、マギフスと呼ばれる眷属の悪魔たちとともに地上に侵攻したが、ついに神々の制裁を受け破れる。しかし破れてなお、世界に毒を撒いてあざ笑った。


 この時、魔法神オハリアがペリューンに乗って夜空の彼方から地上に帰還した。

 そしてペリューンはその白い炎によって悪神の毒を焼き、その炎を神々に託して英雄たちの武器や乗騎、悪神を貫く杭、悪しきものを捕える雷の鎖を作った。

 悪神は死した英雄たちが乗る冥神の船、その舳先に取り付けられた魔法の杭に胸を貫かれ、雷神の鎖によって配下の魔王やマギフスらともども捕えられたという。



 先生は、ショールの鏡は、そのペリューンの神器ではないかと語る。


 その話を聞いたカミロは、自室に戻ってから、「物語を書きたい」という欲求に突き動かされた。浮かぶ異郷の風景に、ショールの姿を立たせる。

 カミロ少年は、その主人公に「ペリュニリス」という名をつけた。




◎アマーリロの闇に潜むもの


 カミロ少年が事件に巻き込まれたのは、ショールたちが旅立った、二日後の朝だった。ショールが連れてきた牛に荷車を引かせて町に出ると、学者先生の助手のひとりの姿が見えた。

 心に引っ掛かるものを覚えたカミロはその後を付けると、町の外の農地にある、小さな倉庫が立ち並ぶ地域に、先生の助手は入っていった。

 そしてカミロは、先生の助手が羽交い絞めにされ、腹にナイフを突き立てられる光景を目にする。

 そして、刺した男たちは目撃者のカミロも手にかけようとしたが、カミロが荷車を引かせていた牛、この町にショールが連れてきた牛が、男たちを蹴散らしてカミロを救う。

 そして牛が暴れたとき、壁を崩された倉庫の中から、囚われて押し込められていたツァンの呪術師たちが這いだし、集まってきた人々に助けを求めた。


 ボレア家の通信機から、ショールたちはその事件を聞く。さらに、同行した英兵隊によると、その際に捕まった男の中に、町の衛兵も混じっていたという。



 ショールらはバルカの呪術師たちの案内で森を進む。

 森には、ツァン諸族の遺体を使ったリビングデッドが徘徊していた。ショールは「見えぬものを断つ守り刀」でそれらを排除しつつ進む。

 すると、森の中に、「レッド・ベラ」の原料たる「血涙草」を発見する。条件がそろえば爆発的に増えるその草は、現地の虫を奴隷にして自生し、繁殖していた。

 さらに一行は、その血涙草を栽培している区画を発見する。


 一行はバルカの魔術師の案内で、人狩りたちのアジトに辿り着く。そこはかつてベルべ人と呼ばれる人々の王国があった場所だという。

 そこでは捕えられたツァンの人々が過酷な労働を強いられ、虐げられていた。


 ショールらは森の中に拠点を作ってそのアジトを探る。彼らの中にビジャール提督率いる第九艦隊の幹部の姿を確認し、通信を傍受することで、アマーリロを襲った鮫を彼らが操っていたことを突き止める。

 そして傍受した通信の中で、人狩りたちはそのアジトを放棄し、捕えていたツァンの人々を皆殺しにするつもりであることを知ったショールらは、人狩りのアジトを襲撃。人狩りたちを捕え、ツァンの人々を解放することに成功する。

 しかし、そこで思わぬことが起きた。人狩りの中にいた者の一人が、自分は王の密偵であると名乗ったのだ。



 一方のアマーリロでも、保護されたカミロと、刺された学者先生の弟子がいる、衛兵の詰所に襲撃があった。

 ボレア家の侍女、実はバトルメイジだったアルマとクラウディアのふたりの活躍もあり、エドゥらはこれを撃退する。

 そして意識を取り戻した学者先生の弟子は、内務省の国家警察局の者であると身分を明かし、アマーリロにはレッド・ベラの調査できたこと、その情報が、アマーリロ総督の本家にあたるラガズール子爵家からもたらされたものであると、エドゥに告げる。



 バルカの森にある人狩りのアジトでは、ショールらが立ち会う中で、王の密偵を名乗る男の尋問が行われた。

 男はアマーリロ総督の本家筋に当たる、ラガズール子爵家に仕える騎士だった。

 その証言から、鮫の事件も、人狩りも、全てビジャール提督とアマーリロの豪商の仕業であることが明らかになった。


 鮫はやはり死霊術と錬金術で作られたキメラだった。

 それも、レッド・ベラによって従順な奴隷にした魔術師に、動物に魂を移す魔法を使わせたうえで、元の体を焼いて戻れなくする、という方法で作られたものだという。

 さらに後には、鮫の体にレッド・ベラを仕込んだ上で、魔術師を瀕死にして無理やりその魂を鮫の体に入れさせる、という方法を用いるようにもなったという。

 また、サメの形にこだわらない、「とびきりのキメラ」が存在することも証言された。


 そしてその騎士はこうも証言していた。艦隊を私物化し王国から圧力を受けていたビジャール提督と、かねてより密かに人身売買や違法薬物に手を出していたアマーリロ豪商とを仲介し接近させたのは、王の密命を受けたラガズール子爵家であることを。


 マウロ・ボレアは推測する。王は、圧力をかけるビジャール提督が暴発する地として、本国から遠いアマーリロを選び、この地の後ろ暗い商人たちと接近させたのではないか。

 そして、長年アマーリロの顔として存在していた総督の家に対しても、その影響力を弱めようとしたのではないかと。


 アマーリロからの迎えの船に乗ろうとするショールに、バルカの呪術師が告げる。

「あなたには強い星の護りがある。その星、海の呪いを清める。導きに従い、時が来たら、フ・クェーンの石の力を使え。その炎を勇者に託せ。これは精霊の言葉、死んで時を待つ者たちの言葉。私からの最後の贈り物」

 そしてショールたちは再びアマーリロに向かう。



◎戦いと、ペリューンの顕現


 鮫と戦った日以来、イェハチは夢を見るたびに、不思議な石造りの建物の中で、顔が思い出せなくなる女性と会話を交わしていた。その中で女性は語る。イェハチの友達、カミロの受難は終わっていないことを。


 全ての悪事が明らかになり、アマーリロの町が戦いの緊張感に満ちていく中、衛兵たちから逃げ回っていた男……、学者先生の助手を刺し、カミロにそれを目撃された男は、追い詰められた末に、偶然目に入ったカミロを人質に、馬車で町を疾駆する。

 それを見たイェハチの前に、霧が流れる。イェハチはその霧に導かれるままにカミロを追う。


 新町では、ビジャール提督らの一党と、アマーリロおよび第二艦隊の海兵らとの間で戦闘が始まる。カミロは男に連れられてその修羅場を抜けることになり、イェハチがそれを追う。


 ショールは船の上から戦場となったアマーリロを眺めつつ、そこにカミロとイェハチがいることを察する。そしてこれがアマーリロでの最後の役目になると、一行から離れ、少年たちの救出に向かう。



 ビジャールの一党が潰走する中、カミロを連れ去った男は、仲間の船にたどり着く。イェハチもその船に取りついて、カミロを救出する機会を待つ。

 結局男たちは、アマーリロから逃走しながらカミロを海に投げ捨てた。そんな彼とイェハチを、ショールは海中で救った。



 ビジャールは護衛艦を自爆させ、旗艦から大砲を乱射してアマーリロを脱出しようとする。ショールは予感から、海にいるのは危険と、ビジャールの旗艦に乗り込む。


 ショールらが船尾楼からひそかに見下ろす中、ビジャールたちは、それまで自身に協力していたツァンの魔術師を殺害し、用意していたとっておきのキメラに乗り移らせようとした。


 そして現れたキメラは、船に襲い掛かり、ビジャールを殺害した。

 鮫の頭に甲冑魚の皮膚、ウミガメのような手を持ち、空気呼吸もできる、その巨大なキメラは、電気ウナギの体を持ち、電撃を付与した津波を引き起こした。

 さらには、その体が千切れると、その肉塊に怨霊を乗り移らせ、鮫の頭をした血肉の怪物を生み出した。それはビジャールの旗艦にいる者を皆殺しにしていく。

 ショールはイェハチとカミロを連れて、その船内を歩く。そこに、ツァンの死者の霊魂が現れ、三人を導いていく。


 一方、ビジャールの旗艦で、その乗組員を殺し尽くしたキメラは、海戦で大破した第二艦隊の護衛艦に向かうが、アマーリロからの砲撃を受け、肉塊の怪物たちを港に向けた。

 そしてキメラは、海を挟んでフ・クェーンと対峙する。旧港で、怪物たちとの戦いが始まる。


 その間に、ショールらは、死霊術の魔法陣のある部屋にたどり着く。その魔法陣を守り刀で破壊したショールは、あふれ出した怨念を鏡で白い炎に変え、それに気づいたキメラと、甲板で対峙する。


 そしてショールは、アマーリロに来た日、フ・クェーンからもらった黒曜石を取り出す。

 バルカの魔術師は言っていた。時が来たら使えと。フ・クェーンも港で呟く。今こそ、と。

 ショールは鏡を、その黒曜石に向けた。


 鏡は黒曜石の魔力を白い炎に変えていく。膨れ上がった白い炎はショールの鏡を中心に収束し、巨大な犬の頭と、そこに三つの星雲の眼を持つ神獣へと形を変えた。魔法神オハリアの乗騎にして玉座、ペリューン。


 港の人々が唖然とする中、それはキメラが起こした津波をも指先ひとつで焼き祓う。そして、


≪海をたてとするものをどうするか≫


 ショールが口にした「真実の言葉」に呼応して、神獣も口を開く。


≪だが海は、その者を嫌っている≫


 その「真実の言葉」とともに、海が割れ、巨大なキメラの姿がさらされる。同時にフ・クェーンも、炎の言葉とともに魔力を開放し、キメラを焼き尽くした。



 さらにショールは、イェハチの槍にペリューンの祝福を与えた。

 イェハチの槍は神器となり、その力と、ツァンの人々の霊魂の導きによって、イェハチはキメラに止めを刺した。

 怪物を葬り去る槍の炎の中、イェハチは微笑んで去っていく父の霊魂を見送り、別れを告げる。



◎島船の主と、ショールの旅


 すべての役目を終えたとつぶやくショールは、少年たちを連れて島船に向かう。そこではひとりの女性が待っていた。


「妻だ。だから追っている」

 ショールはそう言った。女性はショールの妻、アマル。

 島船に誰も入れないのと同じように、彼女もまた島船に囚われて出られず、そんな妻を追いながら、取り戻す方法を求めてショールは旅をしているのだという。ショールとアマルに何があったのかは、話してはくれなかった。

 島船の霧が開き、アマーリロからの船が来た。イェハチとカミロはその船に乗ると、ショールはこのまま島船に残り、島船が消えたらまた妻を追う旅に出ると、別れを告げる。


 島船はショールの言葉通り、間もなくアマーリロから消えた。


 事件の後、チエロニア本国はペリューンについて緘口令に近いことを命じつつも、損害を受けたアマーリロに手厚い支援を行った。

 人々はペリューンの顕現に興奮を見せつつも復興に追われ、カミロの宿もにわかに忙しくなった。


 神器になった槍を得たイェハチは、フ・クェーンから、再びショールと出会う日が来ること、そしてその時、ショールは彼自身の大いなる敵と対峙しているだろうと予言する。イェハチはその戦いに加勢することを誓った。

 そして、修行も兼ねて、人狩りによってさらわれた人々を、ボレア親子の所属するカイン騎士団と追う旅に出ることを決断する。


 一方のカミロは、彼自身の運命を変える小さな失敗をする。趣味で書いていた、ショールをモデルとした小説を、ホーレス・ボレアに見られたのだ。

 その小説は、のちに「ペリュニリスの放浪記」と名付けられ、ボレア家を通して出版される。それはモデルとなったショール自身にも、大きな影響を与えるものとなった。

 ペリュニリス。それは後にショールの称号となり、呼び名となる。


 カミロは夜空を見ながら思う。ショールは今頃どこを旅しているのだろうと。

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