タムラくん、コーヒーを煎れる。
トシキ障害者文人
第1話 アルバイトないかな。
春の温かい水曜日の午前中であった。先日、M大学の卒業式が終わり、無事卒業したタムラくんは、アルバイトをしようと思った。この不況の時代に素直に定職につく気にもなれず、また、親のすねかじりで遊んでいるのも不謹慎なので、先ずは、社会とはどういうところかを知りたくもあったし、アルバイトで当面は食いつないでいこうと、タムラくんは思う。
桜が散るこの街の道路を、ジーンズのポケットに両手を突っ込んで、上は、白いTシャツに黒のジャンパーを羽織り、タムラくんは、街を歩いていくと、ふと、大学時代によく立ち寄ったジャズ喫茶店の窓ガラスに、アルバイト募集の張り紙が貼ってあることに気づく。タムラくんは、その張り紙に見入った。
「時給千円~千二百円、週3日からOK。休日出勤割増。朝9時~夕方5時まで。初心者歓迎。」
タムラくんは、「ラッキー。」と、口ずさむと喫茶店のドアを押した。いつものように、カウベルの音が、カランコロンと鳴り響く。
ここのジャズ喫茶店の名は「はるみ」と言った。外観は木製の作りで、植物のツタが店のフロントを覆い隠している。店先の隅に「ジャズ喫茶店『はるみ』の古ぼけた看板が置いてある。
タムラくんは、この店を大学の空いた時間に立ち寄って、よく、コーヒーを飲んだり、昼飯時には、ママ特製のスパゲッティーやサンドイッチを食べに来ていた。ママは、ひとりでこの店を経営していた。タムラくんは、ママをよく知っていたし、ママの方も、タムラくんを、常連さんであると知っていた。
タムラくんが、レトロな感じの店に入ると、カウンターにいたママが、にっこり微笑んで、「いらっしゃい。」と言った。タムラくんは、
「いいえ。食事をしに来たのではないのです。アルバイトの張り紙を見て、来たのです。ぜひ、雇っていただけないでしょうか。」
と、ママに告げる。
店内は、ジョンコルトレーンの『ブルー・トレイン』が鳴り響き、ポップで軽快な雰囲気に包まれている。タムラくんは、意を決して言う。
「休日を含めて働きたいのです。月曜日だけの休みでいいです。毎日雇っていただけませんでしょうか。フルタイムで。」
ママは、皿を洗っていた手を止めて、いつものタムラくんの顔を見ると、
「じゃあ、明日から、いらっしゃい。」
と即答した。タムラくんは、「本当、ラッキー、ナイスタイミング。」と思う。
「ぜひ、よろしくお願いします。」
そう、ママに言って頭を下げた。
春の温かい水曜日は、心浮き立つ門出の日だ。タムラくんは、希望を胸に、アパートの家路につく。
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