僕らの涙は真珠よりも輝く
朝陽そら
第1話 はじまり
「母さん、練習行ってくるね!」
そう言って家の扉を開けようとすると、リビングから母さんが出てきて一度俺を呼び止めた。
「蒼、本当に1人で大丈夫?」
「大丈夫だよ。もう俺すっかり1人で泳げるし、そこの岩場近くで練習するだけだから」
まだ不安そうにしているが、海は家の前の道路を挟んですぐだ。何かあればすぐ助けを呼べる。
「……分かった。気をつけて行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます!」
母さんに見送られながら俺は今度こそ扉を開けた。
夏休み、俺は1年前からこの時期に1人で泳ぎに行くことが恒例になっていた。小さい頃から父さんに泳ぎを教わっていたおかげで今ではなんでも泳ぐことが出来る。
水着の上に来ていた服を脱ぎ、念入りに準備体操をしてから海に入った。身体に水を慣らし、さっそく少し離れた岩まで泳いで行く。この間をひたすら往復するのが俺なりの練習方法だ。
しばらく泳ぎ、もう一往復したら休憩しよう。そう思って岩に手をつこうとした時、右足のふくらはぎに突然強い痛みが襲いかかってきた。体勢が崩れる。
(……っ、やば……!)
痺れるような、刺されているような痛みで足が動かない。地面に足もつかない。もがいているうちに疲れてきて徐々に俺の体が海中に沈もうとしていった。気管に海水が入り、まともに呼吸が出来ない。意識が朦朧としてきた時、海中で何かの影が見えた気がした。
(何だ……あれ……)
そこの瞬間、俺の意識がぷつりと途切れた。
ひんやりとした感覚がして目が覚める。俺は気づいたら岩の上で横になっていたのだ。上半身をゆっくり起こす。周りを見渡してみるといつもの波打ち際が見えない。目の前には海だけが広がっていて、まるで洞窟のように岩があるだけだった。
「気がついた?」
突然声が聞こえ、再び周りを見渡す。
「ここだよ、下見て下」
言われた通り視界を少し下げると、すぐ横の浅瀬で淡い青色の髪をした上半身半裸の少年が浸かっていた。同い年くらいだろうか。だが、少年の身体には違和感があった。
少年の腰あたりには鱗が見え、海を透かして見える下半身には尾びれがあったのだ。
「お前、それ……」
思わず声に出すと、少年は諦めているかのように話した。
「……本当は助けたらすぐいなくなるべきだったんだろうけど、やっぱり心配で。君、クラゲに刺されてたでしょ?一応身体にまわった毒は消したつもりなんだけど、僕の魔法弱いからさ」
「魔法!?」
言われてみれば、さっきの痛みが嘘のように無くなっているし刺されたはずの右足首には跡すら見当たらない。
「すごいな。やっぱり人魚なのか?」
黙ったまま頷く少年。
「助けてくれてサンキュ!あー……人魚くん、は変か。名前なんていうんだ?俺は蒼!」
「名前、か。……自分でも分からないんだ」
俯きながら少年は言った。
「分からない?」
「うん。僕は生まれた時から1人で、同じ人魚にも会ったことがないんだ。今まで何して生きてたかなんて、何も覚えてない」
そこまで聞いて、俺は少し考えた。
「うーん……じゃあ、アオは?」
「アオ?」
「名前。なんか海みたいに青いからさ」
アオはゆっくりと自分の名前を噛み締める。
「アオか……。アオ……うん、すごくいいね」
アオはそこで初めて笑顔を見せた。
その笑顔は、当時10歳の俺でも見惚れてしまいそうなほど儚く、そして美しかった。
『僕は生まれた時から1人で……』
突然その言葉を思い出して、俺はとある提案をした。
「……なあ、俺たちこれから毎日会わねえ?」
アオはその言葉に目を見開き、そして勢いよく首を振った。
「む、無理だよ!だって僕は……人間じゃないんだ。人間の蒼が人魚の僕といたら、町の人たちになんて思われるか……」
「大丈夫だよ!ここは町から見えないし、それに俺がアオに会いたいから!」
そこまで言うと、ようやくアオは了承してくれた。
「……じゃあ、これからよろしくね。蒼」
「うん!よろしく、アオ!」
この出会いが、俺の──俺たちの、運命を変えることになる。
不思議で切ない、一つの物語。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます