第8話月明かりの向こう側

裏庭の奥、古い大木の根元に、光が浮かんでいた。

それはまるで、月明かりが地に落ちて形を持ったような扉だった。

木の質感は確かにあるのに、淡く透きとおっていて、風が通り抜けるたびに鈴のような音を立てた。


「……本当に、この先にあるのか?」

俺は息をのみ、隣の柊〈しゅう〉を見た。

彼は静かにうなずき、月の光を背に受けて、どこか儚げに微笑んだ。


「大丈夫。僕がいるから」


その声は不思議と温かくて、胸の奥の不安を少しずつ溶かしていった。

柊の手が俺の指を取る。細くて、けれど確かな力があった。


「行こう、陽介〈ようすけ〉」


光の扉をくぐった瞬間、甘い花の香りが鼻をくすぐった。

目を開けると、鈴の音が満ちた街が広がっていた。

白い石畳、風に揺れる布の旗、そして二本足で歩く猫たち。

彼らは皆、俺たちを見ると一斉に頭を下げた。


「お戻りになられましたね、柊王子」


黒いローブの猫族が言った。

俺は思わず柊を見る。彼は何も言わず、ただ静かに息をついた。


「……ごめんね、陽介。もう隠せない」


その言葉と同時に、彼の頭の上から白銀の耳が現れた。

月の光を受けて淡く光るそれは、美しくも現実離れしていた。

長い尻尾が揺れ、柊は真っ直ぐに俺を見た。


「僕は……猫族〈ねこぞく〉の王子なんだ」


信じられない光景に言葉を失う俺に、柊は一歩近づいた。

月明かりがふたりの影をひとつに溶かす。


「ここからは、ご主人さまも僕の隣にいてね」


その声は月明かりに滲み、俺の指先まで“約束”の熱を残した。


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