第4話 ご主人さまって呼んでもいい?
翌朝、台所からジューと油の音がした。
「……なんだ?」
眠そうな目をこすりながらリビングに出ると、柊(しゅう)がエプロン姿でフライパンを振っていた。
「おはよう、飼い主。今日は僕がごはん作ってあげる」
「……おまえが?」
フライパンの中では卵焼きがほんのり焦げていて、香ばしい匂いが漂っていた。
テーブルに並んだのは卵焼きと焼き鮭、味噌汁。
見た目は少し不格好(ぶかっこう)だけど、どこか温かみがある。
「いただきます」
口に入れた瞬間、ほんのり甘い卵焼きが舌に広がった。
「……悪くないな」
「でしょ? 飼い主を喜ばせるのが僕の役目だから」
胸を張る柊(しゅう)に、陽介(ようすけ)は思わず笑ってしまった。
◇
その日の昼休み。
会社の同僚に「最近、家で何してる?」と聞かれ、つい口が滑った。
「……飼い主って呼ばれてる」
「……は?」
同僚が怪訝(けげん)な顔をする。
慌てて「いや、冗談だよ!」とごまかしたが、背筋が冷えた。
――外で言われると、やっぱり変だよな。
帰宅すると、柊(しゅう)がソファでテレビを見ていた。
「おかえり、飼い主」
「……なあ、その呼び方、やっぱりどうなんだ」
思わず口をついて出た。
柊(しゅう)はテレビを消し、真剣な目でこちらを見た。
「ねえ、呼び方……変えてもいい?」
「は?」
「飼い主じゃなくて……ご主人さま。そっちの方が、僕の気持ちに近いんだ」
陽介(ようすけ)は思わず赤面した。
「ふざけんな! 余計に恥ずかしいだろ!」
「でも、僕は陽介(ようすけ)を本気で大事に想って。だから、ご主人さまって呼びたい」
柊(しゅう)の瞳は子猫みたいにまっすぐで、嘘がなかった。
そのとき――ピョコン。
柊(しゅう)の耳がまた出て、陽介(ようすけ)の頭に声が響いた。
(……ほんとは名前で呼びたい。でも、まだ早い)
「……っ!」
陽介(ようすけ)は心臓が跳ねるのを感じた。
「お、おい……」
「聞こえたんだね。ごめん」
柊(しゅう)は耳を押さえ、少し俯(うつむ)いた。
「……まあ、家の中だけなら……好きに呼べばいい」
そう言うと、柊(しゅう)の顔がぱっと輝いた。
「ほんと!? ありがとう、ご主人さま!」
勢いよく飛びついてきて、胸に抱きついてくる。
「ちょ、やめろ! 暑苦しい!」
陽介(ようすけ)が慌てて振り払おうとしても、柊(しゅう)は尻尾(しっぽ)を揺らして離れない。
「ふふ……やっぱり陽介(ようすけ)は僕だけのご主人さまだ」
――こいつ、本気で俺を……?
胸の奥が熱くなり、陽介(ようすけ)は強く心を乱された。
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