第4話 ご主人さまって呼んでもいい?

翌朝、台所からジューと油の音がした。


「……なんだ?」


眠そうな目をこすりながらリビングに出ると、柊(しゅう)がエプロン姿でフライパンを振っていた。


「おはよう、飼い主。今日は僕がごはん作ってあげる」


「……おまえが?」


フライパンの中では卵焼きがほんのり焦げていて、香ばしい匂いが漂っていた。


テーブルに並んだのは卵焼きと焼き鮭、味噌汁。

見た目は少し不格好(ぶかっこう)だけど、どこか温かみがある。


「いただきます」


口に入れた瞬間、ほんのり甘い卵焼きが舌に広がった。


「……悪くないな」


「でしょ? 飼い主を喜ばせるのが僕の役目だから」


胸を張る柊(しゅう)に、陽介(ようすけ)は思わず笑ってしまった。



その日の昼休み。

会社の同僚に「最近、家で何してる?」と聞かれ、つい口が滑った。


「……飼い主って呼ばれてる」


「……は?」


同僚が怪訝(けげん)な顔をする。

慌てて「いや、冗談だよ!」とごまかしたが、背筋が冷えた。


――外で言われると、やっぱり変だよな。


帰宅すると、柊(しゅう)がソファでテレビを見ていた。


「おかえり、飼い主」


「……なあ、その呼び方、やっぱりどうなんだ」


思わず口をついて出た。


柊(しゅう)はテレビを消し、真剣な目でこちらを見た。


「ねえ、呼び方……変えてもいい?」


「は?」


「飼い主じゃなくて……ご主人さま。そっちの方が、僕の気持ちに近いんだ」


陽介(ようすけ)は思わず赤面した。


「ふざけんな! 余計に恥ずかしいだろ!」


「でも、僕は陽介(ようすけ)を本気で大事に想って。だから、ご主人さまって呼びたい」


柊(しゅう)の瞳は子猫みたいにまっすぐで、嘘がなかった。


そのとき――ピョコン。


柊(しゅう)の耳がまた出て、陽介(ようすけ)の頭に声が響いた。


(……ほんとは名前で呼びたい。でも、まだ早い)


「……っ!」


陽介(ようすけ)は心臓が跳ねるのを感じた。


「お、おい……」


「聞こえたんだね。ごめん」


柊(しゅう)は耳を押さえ、少し俯(うつむ)いた。


「……まあ、家の中だけなら……好きに呼べばいい」


そう言うと、柊(しゅう)の顔がぱっと輝いた。


「ほんと!? ありがとう、ご主人さま!」


勢いよく飛びついてきて、胸に抱きついてくる。


「ちょ、やめろ! 暑苦しい!」


陽介(ようすけ)が慌てて振り払おうとしても、柊(しゅう)は尻尾(しっぽ)を揺らして離れない。


「ふふ……やっぱり陽介(ようすけ)は僕だけのご主人さまだ」


――こいつ、本気で俺を……?


胸の奥が熱くなり、陽介(ようすけ)は強く心を乱された。


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