第35話 理不尽な命令

「どういうことだ? ミラ、テファニー、治癒魔法だ!」


「わかった。でもこんな傷、止血が精いっぱいで……」


 カシムさんが裂いた布で傷口を強く縛ってくれた。


「くくくく……ここからが本番だぜ」


 審査官の一人であるミシェルは笑った。


「ジャスティン、この小僧を殺せ!」


「なんだと!」


「これがSランクテストの最後の課題だ。これができればお前は昇格できる。できないなら昇格できない……いいや、死んでもらわないといけないかな?」


 審査官たちが全員剣を抜く。


「なんでこんなことを?」


「詳しくはお前がSランクになったら教えてやるよ。早く殺してやれ。どうせ生かしたところでこいつはもう冒険者としてやっていけない。いや、近いうちに傷口から腐って死んでしまうだろう。どっちにしたって死ぬんだ。早く楽にしてやった方がいいんじゃねえか?」


「そんなことできるか!」


「いいのか? これを見られた以上、お前の仲間たちにも死んでもらわないといけない。口外されたらたまったもんじゃないからな」


 そのとき、渡されたネックレスがぐるんと持ち主の首に絡まり、締め上げた。


「うあああああ!」


「ジャスティン!」


「助けて……!」


 呼吸不全に陥り悶える。


「やめろ!」


「まだなんとかしてくれると思ってるのか。これなら踏ん切りがつくだろ」


 ミシェルはそう言うと、落ちた僕の右腕を焼き払った。


「こいつを生かしたかったら修復師に連れて行くしかねえな。だけど、このダンジョンの奥から町までにこいつの命がもつとは思えねえな。そして、こいつを助ければ、これまで苦楽を共にした仲間は確実に死ぬ。さて、どうするかね?」


「なんでマルクを! こいつは冒険者になったばかりじゃないか」


「なんでもくそもあるかよ! さあ、殺せ!」


「なんでこんなことをしないといけないんだ、ギルドマスター!!」


 その声は物見鳥を通して遠くで見ているギルドマスターに間違いなく届いていた。


 しかし、返ってきたのは次の言葉だった。


『判断が遅い! これは警告だ!』


 それに応えるように審査官がテファニーさんの足に剣を突き刺す。


「ぎゃああああ!」


「これは治癒魔法でまだ何とかなるかな」


 ミラさんは僕を諦めてテファニーさんの治療に移ろうとする。だが、審査官が彼女を蹴り飛ばして近づけさせない。


「あの出血はやばいよ!」


 穏やかな口調のミラさんが叫んだ。それが気に入らなかったのかまたしても蹴られた。


「さっさとやれ!」


 出血で意識が遠のき、ぐわんぐわんと謎の音が響く。その視界の端で今度はカシムさんが刺されるのが見えた。


「仲間は生かしてやる。さっさと小僧を殺せ!」


「うわああああ! 許してくれ、マルク!」


 何も納得していない、だけどそうしなければならない。あらゆる理不尽に打ちのめされた顔がそこにあった。


 ジャスティンさんはこれまで感じたままのただの誠実な人間だったに違いない。


 あまりにも卑劣な状況だった。


 泣きながら斬りかかってくる。


 どうすればいい?


 斬られてやればいいのだろうか。いや、それは違う。


 僕はふらつく足で逃げた。でもすぐに追いつかれるに決まってる。剣は後足を斬った。だけど、ジャスティンさんに見繕ってもらった防具が肉までは届かせなかった。


 もう前もまともに見えない。僕は何かにぶつかった。


「そうか。逃げられないように、俺が抑えておいてやろう」


 Sランクの審査官だった。その声はとても楽しそうだった。


 もうダメだ。


 思考が回らない。


 僕が殺されれば、みんなが助かる。


 それだけはわかる。


「さあ、やれ。ジャスティン!」


 首と肩をつかまれ、足を踏まれて逃げられなくされた。


「テファニー、テファニー!!」


 ミラさんの必死の声が聞こえる。だけどテファニーさんがそれに反応する様子はない。


 早くしないと……このままじゃ死んでしまう……!


「ゆ、許せ!」


 ジャスティンさんが覚悟を決めたみたいだ。


 僕が死んだら、みんなが助かるんだ……


「ぎゃあ!」


 だけど次の瞬間、僕の左手は短剣を握り、審査官の足を刺していた。

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