第8話 なぜ冒険者になるのか

 その後、ギルドに戻って正式に見習いとして僕のパーティ加入が申請された。


「はい、では受け付けました。ではマルクさんは明日から四日間はギルドで講習を受けていただきますので、パーティに合流するのは五日後ということになります」


 受付嬢は前回とは打って変わってビジネスライクな笑顔と口調で説明した。


「ジェシカさん、今日はなんだか素っ気ないのにゃ」


「ま、まあ……前回いろいろとあったからな」


「?」


 それは僕とファルタさんの秘密だ。


「それから、研修を終えた後二年間マルクさんはこのパーティに所属できません」


「え、そうなんですか?」


 そんなこと知らなかったので驚いた。


「なんだ、ずっとうちでやっていきたかったのか?」


 ファルタさんは僕の反応が嬉しかったみたいだ。


「結構あったらしいんですよ。ろくに教育もしないで研修を終えるパーティが。ただの遣いっ走りみたいにして、何も知らない新人はそれが当たり前だと思っちゃうから研修の意味がなくなっちゃうんですよね」


「きちんと他のパーティからも評価される新人を育成できるように、研修をしたパーティにそのまま残ることはできないようになったんだ。ちゃんと新人教育できないパーティは評価が下がり、新人を任せてもらえなくなる」


「いいパーティに育ててもらうほど、愛着とか恩義を感じるのは理解できますが、マルクさんは自分がどれだけ成長できるか、ということだけを考えて研修に励んでください」


「わ、わかりました」




 それから四日間の講習を終えて、僕はパーティに合流した。


 場所は例のオープンカフェだ。


 講習では、冒険者にあるべき規範、ギルドでの依頼の受注の仕方、装備の身に付け方やメンテナンス、周辺の魔物の生態や特徴、報酬のしくみ、また金銭の管理の仕方までかなり基本的なところまで説明があった。


「よし、じゃあこの前はとくに自己紹介もなかったからな。パーティのメンバーはきちんと覚えとかないとな。俺がリーダーのアルベリオだ。職業はまあ魔法剣士かな。何でもできるけどな」


 狼人のアルベリオさんが最初に名乗った。三十歳くらいだろうが装備にしてもしゃべり方にしても軽薄さが伺えてしまう。しかしながらSランクの実力はかなりのはずだ。


「私はライナにゃ。職業はBランクのレンジャーなのにゃ。マルくん仲良くしてね」


 ライナさんは二〇代前半くらいの女性の豹人だ。どちらかといえばネコなのだが、このような見た目の獣人はすべて豹人と呼ばれている。僕が見習いとして入るとすごく喜んでくれた。


「私はトリエル。祈祷師よ」


 短く自己紹介すると手にした本に目すぐさまを移したのは人間の女性だった。おそらく二〇代後半で落ち着いた雰囲気だけど、きちんと人間関係を築いていけるのか不安になる。ランクはとくに口にしなかったがAなのだそうだ。


「セシリーです。治癒師です。私もこのパーティに入ったばかりで、ランクもCですから、よくわかってないことが多いんですが……よろしくお願いします」


 エルフの女性、いや女の子と言うべきか。エルフらしい金髪の長い髪と美しい顔立ちは群を抜いているが、もじもじと自信なさそうな振る舞いはそれらを台無しにしていた。


「じゃあ、最後は俺だな。Aランク重戦士のファルタだ。これから一ヶ月よろしくな」


「よろしくお願いします!」


 僕は深々と頭を下げた。


「このメンツで総合的にはAランクパーティに位置づけられている。Sランクパーティはないから、実質的にはトップクラスのパーティだと思えばいい」


 Sランクパーティが仮にあるとすればとんでもなく強い魔物が現れたときの臨時的なものしかないそうだ。現在のような通常の魔物を狩ることが目的ならオーバースペックにもほどがある。だからSランク冒険者はパーティに一人が原則なのだそうだ。


「ところで坊主。新人研修に入る前に確認しておくことがある」


「はい?」


「お前はなんで冒険者になりたいと思った?」


「え? な、なんでですか」


「そうだ。冒険者になる奴にはそれなりの目的がある。魔物に家族を殺されて復讐するとか、どこまで強くなれるか試したいとか、狩っても狩ってもきりがねえ魔物を狩ってたらそれなりに食っていけるとか。お前は何だ?」


「そ、そうですね……村を追い出されて、冒険者になるしかないって思ったっていうか……ん? なんでって……」


「なんだ、目的もなく冒険者になりたいのか?」


 これまで強い意志をもって冒険者を目指してこなかったような気がする。


 あれ? そうだったっけ?


 なんか、絶対ならないといけないって思ったことがあったような……


「あ」


「なんだ?」


「クルフィンウェ……」


「なんだ、それは?」


「クルフィンウェに会いたいんです」


「くるふぃん……? 誰だそれは?」


 アルベリオさんは仲間に顔を向けたが、誰も知らないようだった。


 いや、いつも自己主張のないセシリーさんがここで発言した。


「エルフのクルフィンウェのことですか? 五万年を生きるという」


「は? 五万年?」


「私も聞いたことがあるかな、ってくらいでよく知らないんですが。エルフは長寿で知られますが、それでも千年が限度だとされます。それを五万年、つまり不老長寿の秘法を手に入れたエルフだとされています」


 誰もが初耳といった顔をした。


「その能力を得た彼は……彼女かもしれませんが、人を生き返らせる魔法を身につけているとのことです」


「蘇生魔法か……確かに、これまでに成功してるのはゾンビができる程度の魔法だ。そのレベルじゃないってことか」


「はい、きちんと生き返る。言い伝えによれば、はるか過去に亡くなった、遺体が存在しないような人でさえも生き返らせるとか」


「は? そいつはまたすげえな」


「なんでもあり感がありすぎてエルフの中でも信じる人はいないのですが、確かに聞いたことはあります」


「へえ、そいつはどこにいるんだい。って、誰も知らないから伝説なわけか」


「なんか、胡散臭すぎるにゃ」


「マルク、お前はそれを信じているのか? 誰か生き返らせないといけない人がいるのか」


「いや、その……」


 もちろん、本当にクルフィンウェという人がいるなら、ステラを生き返らせてほしい。


 だけど、それは余りに途方もない目標というものだ。


「私も本で読んだことはあるわ。クルフィンウェという名前だったかどうかは定かでないけど。祈祷師界隈では、蘇生魔法を実現させたいと研究している人は多いの。いくつかの文献があって五万年を生きるエルフが必ず現れるの」


 トリエルさんが補足すると、急に現実味が帯びてきた。


「ほう、いいじゃねえか。誰かを生き返らせるために世界中を旅するわけか」


「あの……そうです……」


 本来の目的であろうはずなのに、僕は忘れてしまっていたのだろうか。惨めな気持ちになって目をそらせた。


「だったらAランク以上にならないとダメだな」


 アルベリオさんの軽薄な物言いが、むしろ僕をはっとさせる。


「Aランクなら、自由意志であらゆる国を移動できる。クルフィンウェがどこにいるかわからないなら世界中を探す必要があるだろう。ならばまずはその権利を得なければならない」


 この国では原則的に領民は国外へ出ることは、国の許しがなければできない。だけど、Aランク冒険者になれば他国の魔物討伐のためなどの理由で自由意志で国外へ赴くことが認められることになる。


「よーし、いいだろう。俺はお前をどのレベルまで鍛え上げるべきかで考えあぐねてたんだ。だが、Aランク以上ということであれば、やるべきことは決まりだ」


 どういう心持ちなのか理解できなかったが、アルベリオさんはこのとき妙に嬉しそうな顔をしていた。


「いいか、冒険者はみんなEランクから始まる。


 Dランクにもなれない奴は無能どころか、クソだ。


 Cランクになれたら、それなりに才能はある。


 そして、Bランクになるにはかなりの努力が必要だ。


 Aランクはその努力に加えて、正しい教育環境ともって生まれた天性と覚悟がないと無理だ」


 天性と覚悟……僕はそんなものもっているのだろうか?


「そしてSランクはもはや人ではない、ただの人でなしだ。くくくくく……」


 なぜここで笑うのか、そしてそれが自嘲にも聞こえるのか。僕にはわからなかった。


「いいぜ、お前をAランクになれる奴に育ててやる。今の段階で最低でもCランクになれるだけの素養があることはわかった。あとはお前がどれだけ食いついてこれるか、それだけの根性をもち合わせているかだ。俺の指導は厳しいぜ」


 アルベリオさんはニヤリと笑った。


「覚悟しな」


「は……はい!」

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