第9話:ギルドの試練
あの夜の出来事から三日後。
リディアの街はいつも通り賑やかだが、俺の周囲だけは――どこか冷たい空気が漂っていた。
「……また見られてるな。」
街を歩くだけで、人々が距離を取る。
噂はもう広がっていた。
“Zランクの新人が、禁域の力を使った”――と。
正確には、俺自身も何が起きたのか理解できていない。
あの時の“祈りの領域”、そしてゼロ・コードの反転出力。
あれが現実だったのか、それすら曖昧だ。
「朔夜さん……。」
隣を歩くルナの声が少し沈んでいた。
「みんな、怖がってるだけです。わかってくれます、きっと。」
「……そうだといいな。」
⸻
ギルドに着くと、受付前に人だかりができていた。
その中心には――ギルドマスター・バルドの姿。
「天城朔夜。来たな。」
マスターの声がギルド中に響く。
ざわめきが止まり、視線が一斉に俺に集まる。
「……なんだこれ。」
「お前に“再評価”の命令が下った。」
「再評価?」
「上層部が、お前の力を危険視している。
ゆえに、“管理下に置くか”あるいは“正式に認めるか”を判断する。」
周囲がざわめく。
「試験形式だ。」
「……つまり、戦うってことですね。」
「そうだ。」
マスターが視線を向けた先、訓練場の扉が開く。
そこから現れたのは、一人の女剣士。
紅の髪、鋭い金の瞳。
腰に下げた大剣からは、わずかに熱気が漏れている。
「紹介しよう。Bランク冒険者、《炎刃のセリス》だ。」
「Bランク……!?」
ギルド内がざわめく。
「お前の試験相手だ。」
セリスは一歩前に出ると、冷たく笑った。
「Zランクだか何だか知らないけど……このギルドで、舐めた真似は通用しない。」
「……いきなり敵意全開かよ。」
「当然でしょ。
“神の器”なんて呼ばれて、のうのうと歩いてるあんたを見ると、腹が立つ。」
火花のような視線がぶつかる。
彼女の瞳は、剣より鋭く燃えていた。
⸻
「試験の条件を説明する。」
マスターの声が響く。
「双方、殺傷は禁止。相手を戦闘不能にした方の勝利。
ただし――“能力の制御”を最も重視する。」
「能力の制御……。」
「そうだ。力を使いこなせなければ、ただの脅威だ。
証明してみろ、お前が“破滅”ではなく“希望”であると。」
俺は頷いた。
「……わかりました。」
セリスがにやりと笑う。
「へぇ、意外と素直じゃない。
いいわ、全力でかかってきなさい。」
⸻
訓練場の中央。
観客席を取り囲むように冒険者たちが並ぶ。
ルナはその端で、両手を胸の前で組んでいた。
(落ち着け。相手は上位ランクの剣士。力任せじゃ勝てない。)
セリスが剣を抜いた瞬間、空気が変わった。
熱――それも、肌を焼くような温度。
「これが……炎の魔剣……!」
彼女の周囲の空気が歪み、赤い閃光が走る。
「いくわよ、《Zランク》ッ!」
踏み込み。
速い――まるで空気を裂くような斬撃が迫る。
「《ゼロ・コード:干渉領域》!」
俺の周囲に淡い光の膜が展開する。
炎の軌跡が膜に触れた瞬間、火花が散った。
だが、セリスは笑っていた。
「防いだ? なら――次は避けられるか!」
二撃目。三撃目。
斬撃が連続して襲いかかる。
まるで炎の舞のような連撃。
「くっ……!」
防御に集中するたび、魔力が削られていく。
ゼロ・コードの維持は消耗が激しい。
「動きが鈍ってるわよ!」
セリスが大剣を振り上げた瞬間、地面の砂が爆ぜた。
熱風が吹き荒れ、視界が一瞬白く染まる。
だが――俺はその隙を待っていた。
「――《ゼロ・コード:模倣領域》!」
炎の軌跡が、俺の剣に吸い込まれていく。
刹那、赤い光が反転した。
「なっ――!?」
セリスの炎が、逆流するように彼女自身へ向かう。
瞬間的にバリアで防いだものの、衝撃で地面に膝をつく。
「……どうだ。」
「……へぇ。」
セリスが息を整えながら笑った。
「ただの受け身野郎じゃないみたいね。」
「俺だって必死なんだよ。これでもまだ手探りだ。」
炎が静まり、二人の間に緊張が漂う。
観客は息を呑み、誰も声を出せない。
⸻
再び剣を構えるセリス。
その瞳が、一瞬だけ寂しそうに揺れた。
「……あんたの力、見てるとムカつくけど、同時に羨ましい。」
「羨ましい?」
「うん。私には“燃やし尽くす”ことしかできないから。
でもあんたは、“写して変える”ことができる。」
その言葉に、俺は少し驚いた。
彼女は炎を纏いながらも、どこか痛みを抱えているように見えた。
(……この人も、戦う理由を持ってる。)
俺は剣を下ろした。
「……勝ち負けはどうでもいい。
ただ、俺はもう“暴走する力”じゃないってことだけ証明できりゃそれでいい。」
セリスが静かに息を吐く。
「ふふ……面白い奴。」
そして、剣を肩に担ぎ、背を向けた。
「合格よ、Zランク。」
「え?」
「試験官は私。もう十分よ。
少なくとも、あんたが“制御できない化け物”じゃないってことは分かった。」
そう言って笑う顔は、戦闘中のそれとは違って柔らかかった。
⸻
観客席がざわつき、拍手が起こる。
マスターがゆっくりと立ち上がり、口を開いた。
「試験終了。
天城朔夜、Zランク――再評価の結果、正式に“人類登録冒険者”と認定する。」
その瞬間、ルナが笑顔で駆け寄ってきた。
「朔夜さん、すごいです!」
「……疲れた。正直、勝った気はしないけどな。」
セリスが通りざまに軽く手を振る。
「名前、覚えときなさい。セリス・アルヴェイン。
そのうち、ちゃんと戦いましょう。仲間としてね。」
「……仲間?」
「今はまだ試験官。でも、気が向いたら一緒に依頼に行ってあげる。」
紅の髪が夕陽に照らされ、炎のように揺れた。
「次会う時は、ちゃんと“本気”でね。」
そう言い残して、彼女は去っていった。
⸻
夜。
宿の屋上で、星空を眺めながら俺は呟いた。
「……神の器、Zランク、試練……。
この世界、ほんとにゲームよりめんどくさいな。」
隣でルナが小さく笑う。
「でも、朔夜さんらしいです。」
「どのへんがだよ。」
「“勝ち負けより、大事なことを見てる”ところです。」
その言葉に、少しだけ救われる気がした。
星の瞬く夜空に、紅い流星が一つ流れた。
まるで、遠くで誰かが“次の運命”を告げているように。
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