市販化の報せ

2148年11月5日 11時20分

冴木市 白桜大学 冴木キャンパス 大サークル棟 旧文化研究会 部室


大会から数日後。冴木市の報道機関が一斉に取り上げたニュースがあった。

――「エンリッチャ株式会社、白桜大学のプリンを含む各部門優秀メニューの市販化を決定」。


その速報は学生たちの端末に瞬く間に届き、研究会の部室は歓声に包まれた。


「本当に……? 私たちのプリンが?」

宮本は画面を食い入るように見つめ、胸の奥で熱が広がるのを感じていた。


エンリッチャは旧文化研究会OB有志が設立した食品加工会社で、

理念は「食文化の復興と継承」。

今回の市販化発表は、その理念を最も雄弁に物語っていた。


市販化されるのは、白桜大学のカラメルプリンだけではない。

京都大学の羊羹、北海学術院のミルクアイス、広島新学館大学のレモンケーキ、

博多復興大学の鯛の潮汁――各部門で優秀と認められた皿がリストに名を連ねていた。


だが、報道の見出しが最も大きく取り上げたのは「白桜プリン」だった。

記事にはこう記されている。

「派手さはなくとも誠実さで人々を揺さぶったプリン。文化的価値が認められ、市販化へ」


研究会の仲間たちは端末を回し読みしながら口々に語った。

「総合優勝じゃなくても、これなら十分だ」

「プリンが市民の台所に並ぶ日が来るなんて……」

「本当に“家庭の味”に戻るんだな」


宮本はふと、暖色の光に照らされた試食室の風景を思い出した。

あの時感じた「家庭の温かみ」を、今度は市民一人ひとりが体験することになるのだ。


数週間後、

冴木市の市場に並んだ小さなガラス瓶には「白桜プリン」と印字されたラベルが貼られていた。

値段は市民が手を伸ばしやすい水準に抑えられ、冷蔵棚にずらりと並んでいる。


初日、研究会の面々は市場へ出向いた。

買い物客が瓶を手に取り、ラベルを確かめ、笑顔でかごに入れていく。

その様子を見守るだけで、宮本の胸は熱くなった。


「これがプリンか」

「懐かしい気がする」

「子供に食べさせたい」


市民の何気ない声が、宮本にはどんな拍手よりも大きく響いた。


その晩、部室に集まった仲間たちは、店頭から持ち帰ったプリンを囲んだ。

篠森は冷静に、「味はきちんと記録に残った。文化として普及する段階に入った」と告げ、

香坂は「香りの精度も維持されているわね」と誇らしげに言った。

水無瀬は柔らかく笑って、

「これからは僕らのプリンが、市民の日常を照らすんだ」と匙を掲げた。


宮本はプリンをひと口食べ、目を閉じた。舞台の光、仲間の支え、鳴り止まぬ拍手。

――すべての記憶が甦る。だが今ここにあるのは、舞台ではなく日常の食卓だった。


「優勝はできなかったけど……私たちのプリンは、これからも残る」


その言葉に仲間は頷き、笑顔でプリンを口に運んだ。


エンリッチャによって市販化された一皿は、単なる菓子ではない。

過去と現在を結び、未来へと続く甘さを、人々の暮らしに確かに根付かせていた。

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