主食にして前座

2148年11月2日 12時20分

冴木市 冴木市文化総合アリーナ


アリーナの舞台に白桜大学の3皿が運び込まれる。豪奢な装飾も、煌びやかな演出もない。

ただ静かに、素直に食卓に置かれるように並べられた皿たち。

それがかえって観客の視線を強く引き寄せていた。


最初に披露されたのは和食部門「だし巻き玉子」。

蒸気を含んだ柔らかな厚焼きの断面から、鰹と昆布の香りがふわりと立ち上る。

旧文化の資料を頼りに復元された鰹節と昆布は、市民にとっても憧れの食材だ。


それを余すところなく使い、篠森悠真が火加減を監督し、香坂璃音が香りの濃度を測定、

水無瀬湊が含水率を整えた。


仕上げに宮本梨花が異能 《スパークル・ダイヤモンド》で冷却の均一を図る。

異能はあくまで補助、それでも誠実さが一口に宿るように4人が力を合わせていた。


朝倉雅代が箸を入れ、断面から滲み出した出汁をそっと口に含む。

目を細め、わずかに笑みを浮かべた。

「……京のだしとは違うけれど、真っ直ぐね。雑味がない」


白石課長は記録表に目を落としながら頷く。

「工業的にも再現可能だ。卵液と出汁の比率が安定している」


田畑市民代表は「親しみを感じる」と語り、会場に安堵の空気が広がった。


次に洋食部門、「チキンソテーのレモン添え」が運ばれる。

香ばしく焼き上がった皮目の音が、まだ耳に残っている。


人工バターをベースにしたソースは焦がしの香りを纏い、

仕上げにレモンを添えることで余韻を軽やかにした。

調理実習室で幾度となく繰り返された議論――

「油脂の重さをどう抜くか」――その答えがこの皿に凝縮されていた。


桐生教授がナイフを入れ、一口大に切り分けて口に含む。

「焦げの香ばしさの後、酸味が舌を洗う。

 ……なるほど。次の皿への橋渡しとして設計されているな」


その分析に、大谷玲花記者も笑みを浮かべる。

「記事に書きやすいわ。“日常の食卓が舞台に上がった”ってね」


市民代表の田畑はうなずきながら言った。

「特別なものじゃない。でも、家で食べられるような安心感がある」


観客席からも小さな拍手が起こった。

博多の豪奢な飴細工、京都の精緻な羊羹、広島の爽やかな酸味。

――それらとは対照的に、白桜大学は家庭の延長線上にある皿を提示したのだ。

派手ではないが、誰の舌にも受け入れられる。


そして会場の空気は、最後の一皿へと集中していく。

銀の器に揺れる、黄色い菓子――カラメルプリン。

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