乳と氷の文化
2148年11月2日 9時00分
冴木市 冴木市文化総合アリーナ
冴木市文化総合アリーナの照明が、氷のように澄んだ光を反射していた。
北海学術院の調理台は、他大学とは異なる冷気の気配を漂わせている。
彼らが挑むのは、氷菓と乳製品を軸としたスイーツ。
北国の再建都市が誇る「乳と氷の文化」を、精緻な技術で甦らせるのだ。
主代表、氷室遼。
異能 《クリーム・スタビライザー》を操り、
乳脂肪を安定化させることでアイスやチーズケーキを完璧な滑らかさに仕上げる。
冷静沈着な彼は、配合を数値単位で記録し、
手元の生地に冷気を送り込みながら無駄なく作業を進めていた。
舞台袖から見ても、その動きは一切の迷いがなく、
観客に「氷の職人」という印象を与えていた。
彼を支える副代表が白取結衣。
明るく社交的な彼女は、異能 《ミルク・スキャン》で
乳製品の濃度や舌触りを絶対記録することができる。
氷室の冷徹さを和らげる潤滑油のような存在であり、
舞台上でも試作品を口にしては「このクリームは柔らかすぎる、もう少し冷却して」と
的確に助言を飛ばす。彼女の笑顔が、張り詰めた冷気に人の温もりを添えていた。
三人目は相馬拓海。几帳面な研究好きの彼は、
異能 《レイヤード・アイス》で氷結層を精密に重ねることができる。
アイスケーキやパフェに不可欠な層構造を担う役割で、
冷気を操りながらmm単位で層を積み上げる姿は、まるで建築士のようだ。
透明な氷層が光を反射するたび、観客から小さなざわめきが起きた。
最後に旭川大河。
実直な職人気質の彼は、異能 《フローズン・シフト》で氷点降下を自在に操作し、
シャーベットや氷菓の粒度を均一化する。
粗すぎれば舌に刺さり、細かすぎれば水っぽくなる。
――その微妙な均衡を見極め、氷室の指示に合わせて冷却槽を操る。
彼の地道な仕事が、全体の完成度を裏から支えていた。
4人の作業は、一見すると機械的ですらあった。
氷室が全体を統制し、白取が濃度を測り、相馬が層を積み、旭川が粒度を整える。
冷気と乳が交錯する舞台の上には、実験室さながらの緊張感が漂う。
しかし、その冷徹な調和の中には「北国の文化を背負う」という誇りが宿っていた。
観客席からは「さすが北海道、乳製品は本場だ」「氷菓の完成度が段違い」と囁きが漏れる。
派手さで博多に劣り、伝統で京都に及ばず、爽快感で広島に比肩することもない。
だが北海学術院は、冷たさと濃厚さを極限まで突き詰めることで唯一無二の強みを示していた。
氷室は仕上がったアイスケーキをナイフで切り分け、断面を確認する。
幾重にも重なる氷の層が美しく輝き、白取が頷いた。「濃度、完全一致」。
相馬は層の厚さを指先で測り、旭川が粒度を確かめる。
「……これなら審査員の舌を裏切らない」氷室の低い声に、
仲間たちは一斉に動きを止め、静かに頷いた。
完成した皿は、光を閉じ込めた氷の彫刻のようだった。
冷気が観客席にまで届くかのように広がり、誰もが思わず息を呑む。
その冷たさは決して冷酷ではなく、
北の大地が育んだ乳と氷の文化を誇り高く伝える象徴だった。
白桜の誠実、京都の正統、博多の豪奢、広島の爽快、そして北海の冷徹。
5大学の理念が揃い、いよいよ大会は真の激突へと歩み出そうとしていた。
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