第3話 世代ギャップ、そして引き金
「それにしても今朝は偶然でしたね」
「そうだね。西野さんはしょっちゅう行くの?」
「えぇまぁ。私、こう見えてもインフルエンサーなので。リアトリスって定期的に新作を出していてその度にレビューを載せたりしてるんですよ」
昼時、外に営業に出ていた二人はそのままファミレスに入って食事をすることにした。
「これでもそれなりにフォロワーがいて、界隈では有名人なんですよ」
「そうなんだね。おじさんには難しい世界だなぁ。載せるってことは、やっぱり写真は撮る角度とか明るさとかそういうのって大事なの?」
「めっちゃ大事です。それ次第で投稿の質が大きく変わるので」
すると友花はまもなくして運ばれてきた料理に手を付け始めた。
「光源とか背景、アングル。まぁ他にも色々あるんですけど、その一つ一つの組合せ方によって与える印象が全然違います。活発な印象で見せたいのか、落ち着いた印象で見せたいのか、あとアップする時間帯にも気を配らないといけません。それら全てを完璧にやってこその有名インフルエンサーです」
得意げに話しながらも美味しそうに食べている。
そんな折、高橋が注文した煮魚定食が運ばれてきたので彼もそれに舌つづみを打った。
「それと、たまに企業案件っていって商品の宣伝依頼が来ます。その商品を紹介していくつか買ってもらえたら報酬を受け取れるってのもあるので、日々の活動による実力と知名度がその利益を大きく左右しますね」
「そうなんだねぇ。例えば、テレビでやってるみたいに売上No,1とか、なんとか賞受賞とかそういう感じで宣伝するの?」
「まぁ世代によって売り方は変わりますけど、若い子に売るならそんな売り文句は使いませんね。最近の若い子達って、そういうのよりも信頼するインフルエンサーとか話題のYouTuberとか、あとは口コミとかで自分のニーズに合っているか、物は良質か、価格は適切かで買う買わないを判断します。みんなが良いと言ってるとか、安ければいいとかではもう若い世代には売れない時代になってきてるんです。それで通るのは上の人達です」
神妙な顔つきで聞く高橋にとってはまさに目から鱗だった。
「例えばこれ。以前の案件の時に売ってたものなんですけど」
そう言って高橋にある物を渡した。
「何だろう。これ若い子達が飲んでたつぶつぶの……そう、タピオカみたいだね」
「そうです。それはタピオカブームの時に作られた、連なるタピオカストラップです」
それは大小様々な形のタピオカがいくつも縦に並んだストラップだった。しかもピンク。
「これって人気あるんですよ。ブームの影響かストラップ界隈では売上No,1で評判がいいんです。人気商品なのですぐに売り切れてしまうんです」
「へぇ~ もしかして僕に売ろうとしてる?」
「バレました? まぁ、でも少し気になるでしょう? ちなみに売上No,1ってのは嘘です。ただの売り文句ですし、レビューとかも目立ったものは無くて、実際あまり売れませんでした。なのでそれは売れ残りです」
「悔しいけどNo,1って響きについ釣られそうになったよ。それにしても西野さんは凄いなぁ。世代ごとのやり方を知ってるというか、考えてるというか。おったまげぇだよ」
「嬉しいんですけど、おったまげぇなんて今時言わないですよ?」
つい自分の世代のリアクションをしてしまう高橋に冷静なツッコミを入れる友花。対して少し恥ずかしそうに頭の後ろを掻く高橋。
「良ければそれあげますよ。ピンクは一つしか入荷しなかったんですけど、誰かの手に渡ってこそなので。昨日のコーヒーのお礼ってことで」
「売れ残りを貰ってもなぁ。でもありがとう。後輩からのプレゼントは初めてだから大事にするよ」
そう言って高橋は早速自分のスマホに付けたのだった。
「今はテレフォンショッピングとか、通販番組の売り方じゃ若者には駄目なんだねぇ。あのほら、水素の音~って感じの」
「そうですね。そもそもテレビを見ない人が増えてますし、最近じゃ動画サイトとアマゾンばかりですよ。もしかすると、テレフォンショッピングなんてものすら知らない人がいるかもしれませんよ?」
「時代の流れは怖いものだなぁ。……ん?」
そんな時だった。二人のスマホが同時にバイブした。
「午後十四時にて重要なお知らせあり。原則全員オフィスに集合。なんだろう?」
それは会社のメッセージアプリからの通知だった。
それから二人は会計を済ませると、重要と言いつつもどうせ大した事じゃないだろうなと思いながら移動を開始した。
オフィスに到着すると既に人が集まっていた。出社している人のほとんどと言っていいだろう。また、リモート勤務の人もいるのでその人達は通信を繋いでいるようだ。
「あ、久我部長。お疲れ様です。先日は書類の確認ありがとうございました」
「西野さん。いやいや、君もあれから頑張ったそうじゃないか。若い世代の顧客を獲得したんだってね。素晴らしいね。これからもよろしく頼むよ」
部下の面倒見が良い久我営業部長。
高橋と並んで部下や若い世代からの信頼が厚い。
「え、嘘でしょ」
扉の開く音がし、そこへ目を向けた一人の社員がそんなことを言った。すると必然的にそこへ視線が集まった。
「皆。急な招集に集まってくれて感謝する。今日は全社的に取り組む、社員の育成に関しての人事変更について話そうと思う」
と語った人は社長の古巣だった。そしてその隣には三橋部長が立っていた。
社長自ら営業部に顔を出すのはとても珍しいことのようで、周囲は多少のざわめきと緊張感に包まれた。
そんな古巣が言うところによると、今後業界内における古巣証券の立ち位置の確立と周辺企業への再周知をおこない、業績アップや契約数上昇を図るという。また、それに伴い人材教育にも精を出す必要があるという。
「―であるからして、明日より企画部部長の三橋君と営業部部長の久我君を戦略的配置転換をすることにした」
再び周囲がざわついた。その中には不満を言う者、社長の意思だからと従う者など多様な意見が現れた。
「いやいやありえないでしょ。この時期に人事異動って」
「西野君。何か意見があるようだね。聞こうか?」
と不平不満を明らかに示した友花に古巣が問う。
「久我部長は現在多くのプロジェクトを牽引しています。今抜けられては部として、会社としての損害が出ると思われます。ですので、実行に移すとしたら早くてもせめて来期にするのが得策ではないかと思います」
ごもっともな意見に半数以上の社員が賛同した。
それもそのはずである。プロジェクトのことはもちろん、三橋は営業部でも評判が悪い。若い男やイケメンには媚びを売り、美人や若い女性には心底理不尽。加えて、男性へのアピールに構ってもらえなければ明らかな不機嫌モード。界隈ではメンヘラ
「あの~。僕もいいですか?」
友花の隣にいた高橋も古巣へ意見を述べる。
「会社的に業績を伸ばしていくのは分かったんですけど、それなら三橋部長も久賀部長もそもそもの専門の部署に所属したままの方が上手くいくんじゃないですかねぇ。引き継ぎとか色々大変そうだし、そんなことに時間を使うのは……なんだったっけかな。そう、効率が悪いと思うんですよ。それに、こうして若い子が今後を考えて意見しているんだし、それをくみ取って応援してあげるのも成長に繋がるんじゃないかなと僕は思います」
そうだそうだと賛同する者が多く現れ、リモート参加者の画面にもチャットが飛び交う。
「なるほど。確かにそういう意見もある。しかし、我が社の伝統を再度皆一同に教育し、老舗企業としての在り方を認識する時間も必要だろう。我が社は未来永劫この伝統を守り、唯一無二の企業でなくてはならないのだよ。もしこの決定に異議を唱える者がいるならばこの際辞職を決意してもらっても構わん。日本全国で我が社に入りたい者は大勢いる」
納得出来なければ辞めろ。他に代わりはいる。そう言っていた。
「ふむ……分かりました。でも社長。伝統は確かに大事ですが、人や会社を未来に繋げていくためには取捨選択が必要です。それでも社として、社長として昔ながらの伝統と意思を貫き通しますか?」
高橋のその問いに対し、まるで鼻で笑うような仕草を見せて一蹴した古巣。
「そうですか。分かりました。でもそのご判断、いつか後悔するかもしれませんよ?」
「この私に後悔などない。他に意見が無ければ解散だが、どうかね?」
二人のそんなやり取りを見て他に何か言える人はいなかった。
当の久我部長は内心諦めた様子だった。
***
「俺だ。何かあったのか」
「まぁ、少しこっちでごたごたがあって。でも準備は整いつつあるから大丈夫よ」
夜、電話で話す男と女。女は暗い部屋の中でカチカチと何かをいじりながら会話を進める。
「ごたごたか。仕事に支障が出そうなのか?」
「大分ね。だから決行日を明日に早めようと思って。現場の判断として構わないわよね?」
「出来るのか? 強行突破で進むとしても失敗したら後々面倒だぞ?」
「大丈夫よ。今回ばかりは早めても順調に動けそう。そんな気がするの。それに、明日動かないと状況が悪化しそうな予感がしてるのよね」
「そうか。そこまで言うならいいだろう。ただ―」
「他の人に危害は加えるな。存在を掴ませるな。でしょ?」
「そうだ。それじゃ後のことはこっちでやる。健闘を祈る」
電話が切れると、月光が差した部屋の中で彼女は鞄に仕事道具を詰めて眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます