Ver1.5 四足歩行の蛾

「あの、ちょっといいですか……?」


 そう訪ねてきたオートマトンに、私は愕然とした。


 見覚えがあったからだ。


 紫の髪――


 赤い目――


 そして、頭部の損傷を隠すような包帯――


 それは――


 尾行していたオートマトン、本人だ。


「チッ……」


 思わず舌打ちをしてしまった。


 不意な接触を想定できなかった自分にではない。


 間抜け面なこのオートマトンが。


 わたしはとてつもなく癇に障ったのだ。


「バカなのかお前」


 そう口がつくほど、私はこのオートマトンに苛ついていた。


「え……?」


 そのオートマトンは、私の言葉に動揺しているようだった。


 そりゃそうだ。


 見ず知らずの人間から突然罵倒されたのだから。


 だが、それだけムカついているのだ私は。


 こいつがあまりにも平和ボケしているから。


 裏で何が動いているのかも知らずに――


 自分がどんな運命を辿るのかも知らずに――


 能天気に自分のことを聞いている。

 

 哀れとも言える。


 だが、幸せとも言える。


 だから、ムカついている。


 なぜ無闇に『空白』を埋めようとするのだろうか、と。


 なぜ生きていることにフォーカスを当てないのか、と。


 なぜ満足しない。


 なぜ追い求める。


 幸せは既に掴んでいるというのに――


「何が不満なんだ?」


 たまらず、口が反射的に動いた。


 抑えようと思っても、抑えることができなかった。


「全然話が読めないんだけど……」


 困惑しているオートマトンに、私は言葉を浴びせ続ける。


 もう――止まらない。


「お前は今生きている。その事実だけで十分じゃねーか」

「……何の話をしているの?」

「お前は蛾か?」

「あの、ずっと話が分からないんだけど……」

「よく考えろ。何のための手足か、なんのための頭なのか」


 そして――


「もし、お前が二足歩行の蛾なら――」


 吐き捨てるように――


「最悪だな」


 私は言った。


 そして、その場から立ち去った。


 返答も待たず、表情も見ずに。


 正直、これはルール違反である。


 依頼主のターゲットに接触。


 そして、アドバイスとも取れる言葉を伝える。


 これにより、一番被害を被るのは誰か。


 依頼主である。


 私の行動によってターゲットの行動が変わったら、依頼主は怒り狂うだろう。


 さて、どうしたものか。


 後処理を考えながら歩いていると――


「止まれ」


 後ろから呼び止められた。


 男の声だ。


 と、同時に。


 後頭部に何かを突きつけられた。


 銃だ。

 

 ということは――


「依頼主のお出ましか」


 両手を上げながら、私は言った。



 

 

―――Ver1.5 四足歩行の蛾 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る