【悲報】召喚された勇者が面倒くさがり過ぎて、魔王討伐より先に全自動ニート生活を目指している件

Ruka

第1話


「――以上である! 頼む、勇者よ! この世界『エルドリア』を、我らを救ってくれ!」


玉座に座す国王陛下の悲痛な叫びが、厳かな召喚の間に響き渡った。


床に描かれた壮麗な魔法陣の中心。

異世界より召喚されし唯一の希望、勇者『シドウ・カズヤ』は、その言葉を一身に受けながら、


「はぁ…………」


世界が救われる瞬間を固唾をのんで見守っていた我々の前で、それはもう深々と、魂の底から絞り出すような、盛大なため息をついた。


え? 今、ため息をついただろうか。

幻聴……ではない。私の隣に立つ勇者様は、あくびまで噛み殺しながら、心底うんざりとした顔で国王陛下を見上げている。


「で、話はそれだけっすか?」


空気が、凍った。


「長々と危機的状況を語ってましたけど、要は『魔王を倒して』でOK?」


まるで「今日の夕飯は何?」とでも聞くような気軽さ。

不敬、という言葉すら生ぬるい。私は王国騎士団副団長、セレスティア・クォーツ。この国の、そして目の前の不届き者のお目付け役を拝命した者として、ギリ、と奥歯を噛みしめた。


「き、貴様っ……! 勇者シドウ! 国王陛下の御前であるぞ! その態度は何だ!」


思わず迸った叱責に、勇者シドウは面倒くさそうに耳をほじる。


「いや、だから確認してんじゃん。ゴールが魔王討伐なら、そこまでのプロセスは最短ルートで行きたいわけで。無駄なこと、したくないんですよね。俺、究極の面倒くさがりなんで」


悪びれる様子もなく、彼はポリポリと頭を掻いた。

国王陛下も、居並ぶ重臣たちも、開いた口が塞がらない。無理もない。

先ほど鑑定魔術師が震える声で読み上げた彼のステータスは、建国神話に語られる伝説の勇者すら遥かに凌駕する、まさに神がかったものだったのだから。


『名前:シドウ・カズヤ』

『レベル:1』

『HP:99999』

『MP:∞』

『スキル:【絶対言語理解】【森羅万象構築】【因果律操作(小)】その他多数』

『称号:【異世界人】【天運に愛されし者】【究極の面倒くさがり】』


MPが『∞(インフィニティ)』?

スキル名に至っては、もはや意味不明なレベルでチート級だ。

最後の称号だけが猛烈な異彩を放っているが、これほどの力があれば、魔王軍の四天王ですら赤子の手をひねるように倒せるだろう。誰もがそう信じて疑わなかった。この男が口を開くまでは。


国王陛下が唖然としたまま固まっていると、シドウは「あー」と気の抜けた声を出す。


「まあ、そういうことなら仕方ないっすね。やりますよ、魔王討伐」


おお、と周囲から安堵の声が漏れた。

やはり、彼も人の子。世界の命運を託されれば、奮い立たないわけが……。


「その代わり、俺のやることに一切口出ししないでください。あと、報酬は金銀財宝とか領地とか、そういう面倒なのはいりません」


「なんと欲のない……! では、勇者よ、そなたは何を望むのだ!」


感動に打ち震える陛下に、シドウはきっぱりと言い放った。


「『一生何もせずゴロ寝して暮らせる絶対的権利』でお願いします」


再び、召喚の間は静寂に包まれた。


「う、うむ……。わ、わかった……。約束、しよう……」


国王陛下がかろうじて頷くと、シドウは「んじゃ、早速」と呟き、何を思ったかその場で胡坐をかいて目を閉じてしまった。


「……おい、何をしている?」


私が尋ねると、彼は目を開けずに答える。


「んー? 準備運動?」


「どこをどう見れば準備運動に見えるのだ! 瞑想か!? それとも精神統一か!」


「いや、魔王を倒すための魔法を今から作るんで。ちょっと黙っててください」


作る? 魔法を、今から?

何を言っているんだ、この男は。魔法とは、古の魔道書を読み解き、血の滲むような修練の果てにようやく一つ習得できるかどうかという奇跡の術だ。それを、今から作る? 神でもない人間が?


しかし、私の常識は、次の瞬間、木っ端微塵に破壊されることになる。

シドウの周りに満ちる魔力の密度が、異常な速度で膨れ上がっていく。空気がビリビリと震え、城の基礎がミシミシと軋む音を立て始めた。


「こ、これは……! 城が、空間そのものが悲鳴を上げておるぞ!」


宮廷魔術師長が顔面蒼白で叫ぶ。

これほどの魔力、私は生まれてこの方、一度も感じたことがない。まるで、世界そのものを練り上げているかのような、途方もない力。


「……よし、できた」


十数秒後。

嵐のような魔力奔流が嘘のように霧散し、パチリと目を開けたシドウは、満足げに頷いた。

その額には、汗一つ浮かんでいない。


「お、おい……どんな魔法なのだ……? まさか、この場から一撃で魔王を滅ぼすほどの……?」


私の震える声に、シドウは首を横に振った。


「いや? 魔王の正確な位置、分かんないでしょ? 探すの面倒だし」


「では、一体……」


「だから、この世界に存在する魔王軍所属の魔物が持つ魔力因子にだけ反応して、対象が完全に消滅するまで永久に追いかけ回して攻撃し続ける超小型魔法弾を、とりあえず100万発ほど生成して、世界中にばら撒いておきました」


「…………は?」


私は自分の耳を疑った。

今、この男は何と言った? 自動追尾? 永久攻撃? 100万発?


「索敵から攻撃まで全自動。俺は何もしなくていい。完璧なシステムだ。あとは結果を待つだけ。あー疲れた。寝床どこです?」


そう言って、彼は今度こそ隠すことなく、ふぁ〜、と大きすぎるあくびをした。


伝説を超えるステータス。

神をも恐れぬ不敬な態度。

そして、常識を遥かに逸脱した、究極の面倒くさがり。


私の胃が、キリリと鋭い痛みを訴えた。

この世界は、本当にこの男に託してしまって大丈夫なのだろうか。



翌日。

城の一室で開かれた作戦会議は、開始早々、混沌の渦に叩き込まれていた。


「――というわけで、まずは小手調べとして、王都近郊の『嘆きの森』を根城とするオークの群れの討伐を提案したい。勇者殿の実力を見せていただく絶好の機会かと」


騎士団長が厳かにそう進言した、その時だった。


「パス」


会議の主役であるはずの勇者シドウが、テーブルに頬杖をつきながら、気のない返事をした。


「ぱ、ぱす……とは?」


「いやだから、行かないってこと。森とか歩くの疲れるし、虫とかいそうだし。面倒くさい」


「き、貴様ぁ!」


血気盛んな若い騎士が立ち上がろうとするのを、騎士団長が手で制す。


「勇者殿。これは任務だ。我々も全力で補佐する。どうか、ご再考を」


「えー……。じゃあさ、そのオーク? って何体くらいいるの?」


「報告ではおよそ50体。リーダー格のオークキングはBランク相当の魔物だ。油断はできん」


「ふーん。で、特徴は? 見た目とか、何か特殊能力とか」


珍しくシドウが食いついてきたことに、宮廷魔術師長が少し嬉しそうに資料を広げる。


「うむ。オークは豚に似た醜悪な容姿を持ち、特有の魔力波長を放っておる。この資料にある通りじゃ」


「なるほど、なるほど」


シドウは資料を一瞥すると、ふむ、と一つ頷き、再び目を閉じた。


「おい、また瞑想か?」


「ん。ちょっと待って」


まただ。昨日と同じ、空間が軋むほどの魔力の奔流。

だが昨日と違うのは、ほんの数秒でそれが収まったことだ。


目を開けたシドウが、にぱっと笑う。


「よし、終わった。討伐完了」


「……は?」


会議室にいる全員が、同じ顔で固まった。


「いや、だから、今、遠隔でやっといたから。もう森にオークは一体もいないよ」


「な……馬鹿な! この王城から嘆きの森までは、馬を飛ばしても半日はかかる距離だぞ! そこにいる魔物を、どうやって討伐したというのだ!」


騎士団長のもっともな疑問に、シドウは面倒くさそうに答える。


「昨日作った魔王軍自動殲滅魔法のプロトタイプがあったから、それをちょっと改良して。『面倒な敵はまとめて消し飛ばしちゃえMk-Ⅱ』ってやつ」


「まーくつー……?」


「そう。昨日のは燃費が悪かったからね。こっちは対象の種族情報さえインプットすれば、どこにいようが関係なく消せるエコ仕様。これで俺がわざわざ出向かなくても、話を聞くだけで敵をデリートできる。最高だろ?」


最高だろ? ではない!

会議室は静まり返っている。誰もが、目の前で起きている超常現象を理解できずにいた。


そんな中、最初に我に返ったのは国王陛下だった。


「……セレスティア」


「はっ」


「確認してまいれ。其方の目で、嘆きの森がどうなっているのかを。……勇者殿も、お主も共に行くのだ」


「えー、俺も行くの? 面倒くさい」


「これは王命である!」


陛下の、悲鳴のような怒声。

それに、シドウは心底嫌そうな顔で「ちぇっ」と舌打ちをした。

不敬罪で即刻投獄すべきだが、彼がいなければこの国は終わる。なんというジレンマ。


こうして、私とシドウは、彼の「戦果」を確認するため、嘆きの森へと向かうことになったのだった。



王都から森までは、駿馬を駆って半日の道のり。

道中、私は何度目か分からないため息をこらえながら、隣を馬でのろのろと進む男に話しかけた。


「おい、シドウ。貴様、元の世界では何をしていたのだ?」


「んー? ……ニート?」


「にーと?」


「まあ、働いたら負けかなって思ってる系の人種」


全くもって意味が分からない。

だが、彼がろくでもない人間だったことだけは、ひしひしと伝わってきた。


「貴様ほどの力があれば、元の世界でも王にでもなれたのではないか?」


「なんで王様なんかに。面倒くさい仕事の塊じゃん。書類仕事とか会議とか、考えただけで吐き気がする」


「……そうか」


会話が、続かない。

彼の価値観は、あまりにも我々の常識からかけ離れている。

努力、義務、責任。そういったものを、彼は人生の無駄だと切り捨てて憚らないのだ。


「なあ、セレスさん」


「……なんだ」


「この世界ってさ、もっとこう、便利なものないの? 自動で動く馬車とか、一瞬で目的地に着く魔法とか」


「そんなものがあるわけないだろう! 移動は己の足か馬を使うのが当然だ!」


「うわー、マジか。文明レベル低いな……。これは早急にインフラ整備から始めないと、俺の快適なニート生活が遠のく……」


ぶつぶつと何かを呟いているが、聞いているだけで頭が痛くなってくる。


やがて、嘆きの森の入り口が見えてきた。

かつては不気味な気配に満ちていた森は、なぜか、しんと静まり返っている。


「……妙だな。魔物の気配が全くしない」


馬を降り、警戒しながら森へ一歩足を踏み入れる。

すると、シドウが私の肩を叩いた。


「だから、言ったじゃん。もう終わったって」


「馬鹿を言え! 実際にこの目で見るまでは……」


私の言葉は、途中で途切れた。

森の奥へ進むにつれて、異様な光景が広がっていたからだ。

木々は一本たりとも傷ついていない。地面が抉れているわけでもない。

ただ、そこにいるはずのオークたちの姿だけが、綺麗さっぱり、どこにもなかった。


オークの集落があったはずの場所は、ただの広場になっていた。

武器や食べかす、生活の痕跡だけが生々しく残っているのに、当のオークたちは一体残らず、まるで最初から存在しなかったかのように消滅していた。


「これは……一体……」


呆然と立ち尽くす私に、シドウが追い打ちをかける。


「ああ、念のために言っとくけど、オークの死体とかも残らないように、原子レベルで分解して魔力に還元する設定にしといたから。後片付けとか、最高に面倒くさいし」


「……き、さま……」


私は、わなわなと震える拳を握りしめた。

目の前の男は、紛れもなくこの世界を救う力を持っている。

だが、その力の行使の仕方が、彼の行動原理が、あまりにも、あまりにも――。


「じゃ、確認終わったし、帰ろ。腹減った」


くるりと背を向けて、あっけらかんと言う勇者。

その背中を見つめながら、私は固く、固く決意した。


魔王が世界を滅ぼすのが先か。

この男が「面倒くさい」というたった一つの理由で、世界の理(ことわり)を根底から破壊し尽くすのが先か。


どちらにせよ、私の胃の平穏は、もう二度と戻ってこないだろう。

私の戦いは、魔王軍との戦いであると同時に、この史上最悪の面倒くさがり勇者との戦いでもあるのだと、この日、私ははっきりと理解したのだった。

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