第2話 タメック草でつくる干し肉とチーズ入り極上パン(2)

「そちらのイケメンさんは……?」


 スカーレットがフェリオスに軽く会釈をした。


「旅の道連れだよ」

「もしかして魔王討伐の仲間ですか!?」

「あ、いや……まあそんなところだ」


 めっちゃフェリオスに睨まれてる!

 そらまあ「自分を倒した勇者の仲間です」なんて意味がわからんからな。

 かと言って、これ以上に良い言い訳も思いつかなかった。

 魔王をこの世から無くしたという意味では、討伐の仲間と言えなくもないようなそうでもないような?

 ギリギリ嘘は言ってないと思いたい。


「おやまあ、エルフかい?」


 外での騒ぎを聞きつけて宿から出てきたのは、スカーレットの祖母だ。

 魔法で角を隠したフェリオスはその美貌も相まって、エルフと見間違えるのも無理はない。


「いや我はま――」

「そうなんだよ、おばあちゃん」


 オレはフェリオスの口を慌てて塞ぐ。

 こいつ、「魔王」と言いかけやがった。

 なんのために角を隠させてると思ってるんだ。


「ロドリックさんじゃないか。もしかして……魔王を……?」


 おばあちゃんの目から溢れた涙が、シワシワの頬を伝う。


「ああ、倒したよ」

「そうかい……そうかい……ふふ……いやだねえ、こんな歳になって涙だなんて……」

「お子さん達も安らかに眠れるかと」


 おばあさんの息子夫婦、つまりスカーレットの両親は揃って騎士をしていたが、魔王軍との戦いで死んだという。


「そうだねぇ……」


 おばあさんは袖で涙を拭きながら、そっと目を伏せた。


 フェリオスが「あてつけか?」とでも言いたげば視線を送ってくる。

 そんなつもりはなかったんだ……と言っても信じてくれるかねえ。

 ただ、魔王軍侵攻のせいでこうした想いをした人達がいるということは知ってほしかった。

 オレもたくさんの魔族を殺してきたので、お互い様と言われればそうかもしれない。


 この光景を見た彼がいったい何を感じたのか、それ以上のことはわからない。


「昼食はまだだろう? あいにくタメックパンはないが、今日はラム肉が手に入ったんだ。食べていっておくれよ」

「そいつはありがたい。なあ、フェリオス」

「タメックパンとやらがないなら我は興味など――おい、ひっぱるな! バカ力め!」


 断りそうなフェリオスの手首を掴んで、昼は食堂を営んでいる宿屋へと入った。


◆ ◆ ◆


 宿屋に入ったフェリオスは最初、厨房の方を見て訝しげな顔をしていた。

 人類のキッチンが珍しいのだろうか?

 だが、料理を出されるとすぐそちらに夢中になった。


「こ、これが美味いという感覚か……」


 ラム肉のシチューを食べたフェリオスは、目を丸くしてしばらく硬直した後、必死で残りを口へと運んだ。


 赤ワインでよく煮込まれた肉は臭みがなくとろとろの柔らかさだ。

 揚げ焼きにされた人参が、見た目にも良いアクセントである。


 当然ながら、小さな町の大衆食堂で普通はここまで手のこんだことはしない。


「老い先短いババアのつまらんこだわりだよ。死んだ息子が好きな料理でね」とは、宿屋の女将も務めるおばあちゃんの言だ。


「あはは、なんですかそれ。まるでごはんを美味いと感じたことがないみたい」


 まだ客のまばらな食堂で、フェリオスを見たスカーレットがコロコロと笑っている。


「ふんっ……」


 仏頂面で彼女から目をそらすフェリオスの口元には、ちょっぴりシチューがついている。

 それでも人目を引く美しさなのだから、イケメンはずるい。


「このシチュー、貴族にでも出しているのか?」

「あっはっは、いやだよ。お貴族様が私の料理なんて食べるわけがないだろう?」


 おばあちゃんが嬉しそうに笑う。

 フェリオスのやつ、随分とシチューが気に入ったようだ。

 なぜか眉をひそめているが、初めての出来事に戸惑っているのだろう。


「タメックパンとはこのシチューよりも美味いのか」

「お? 興味がわいたか?」

「貴様がどうしても食わせたいというなら、食ってやらんこともない」


 口調はこんなだが、いかにも興味津々だとその瞳が語っている。


 ちょ、ちょろい……。

 魔王のくせにちょろすぎない?


「タメックパンがないのは、土砂崩れのせいか?」

「はい、山に作られていた畑が全部ダメになってしまったんです。あの山の土で育ったタメック草でないと、あのパンの味は出ないんですが……」


 スカーレットがしょんぼりとうなだれている。


「それじゃあ、タメック草を探しにいくか」

「うむ」


 オレとフェリオスは立ち上がった。


「探すって……全部土砂に埋まってしまいましたよ」


 スカーレッが困った顔をする。


「流れていっちまったのはだめだろうが、山中の土砂にはまだ埋まってるだろ? 腐ってないやつもあるはずだ」

「それだけじゃないんです。山の餌がなくなったのか、ヘルベアーが群れで出るんです」


 人間を簡単に食い殺す、クマ型のモンスターだ。


「オレなら大丈夫だってわかるだろ?」

「ですがリラ様……領主の娘がクマを殺すのはかわいそうだと言って、ヘルベアー殺しは死罪なんです」


 相変わらずここの領主は娘に甘い。


 魔王討伐前に立ち寄ったときも、リラが原因でおきたトラブルを解決したのだった。

 その時に助けたのがスカーレットである。


「たかが地方領主の言うことなど無視すればよかろう。貴様を捕まえられるヤツなどおるまい」


 フェリオスがこともなげに言う。


「き、きれいな顔してすごいこと言うのね……」


 そらスカーレットも呆れるわ。


「追われるってだけでもめんどうなんだよ。人間は文明に生きてるんだ」

「魔王から世界を救ったのだ。その程度でお尋ね者ではつりあわんだろう」

「良いことをしたら悪いことしてもいいってことにはならないんだよ」

「良いことか……ふんっ……」


 フェリオスが不機嫌そうにそっぽを向いた。

 おっと、これは口が滑ったか。

 自分を倒したことを「良いこと」と言われては、へそを曲げたくもなる。


「ならばその領主の娘が心変わりすればよいのだな」

「それはそうですけど……すんごいわがままな方ですよ?」


 今の発言だけでも十分に不敬罪だとは思うが、スカーレットもたいがいである。


「我がなんとでもしよう」

「なんとかって……」

「よしわかった。フェリオスに任せよう」

「ロドリック様がそう言うなら……。信頼のある仲間なのですね」

「「そんなものはない」」

「えぇ……」


 思わずハモってしまったオレ達に困惑顔のスカーレットだった。

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