ガルバン荒野に架かる月~漫画家として全否定されちゃったんでバンド組んで青春学ぶわ!~

国府春学

第1話

「ミナギさんの漫画って、誰に向けて描いてるんですかね?」


 渾身のネームへの返信は、たったひとことだった。

 剣沢さんは完全に、私への興味を失っている。

 そう思った。


 二か月前に送ったネームへの意見、先週まで待ったのに音沙汰なくて、「どうでしたか」と急かしてみたら、この冷たい反応。


 もう、終わったな。

 と、そのとき思った。


 十四歳で少女漫画誌『めろうぃん』の新人賞を受賞してデビューし、四回読み切りを載せてもらって、一回だけ連載を獲得したものの、五週で打ち切られた私の漫画家人生は、十九歳で完全に終わった。もう、出せるネタもなかった。


「またできたら送ってください。ちゃんと、人間描けてるやつ(笑)」


 担当編集からの、最後のメールは二行だった。

 十四歳の頃には毎週電話をくれて励ましてくれていた彼の期待は、とっくに他の誰かに移っていたのだろう。



          ♢



「人間が描けていません、かぁ」

 ベッドに深く沈んで、私は過去に剣沢さんに言われたことを思い出していた。

 大学二年生になり、昨日ニ十歳の誕生日を迎えた。


 二十年も人間をやってきて「人間が描けていない」って、だいぶヤバイ、かもしれない。


「骨折絵ってことですか?」

 と尋ねた十八の頃の私に、剣沢さんは、笑って言った。


「違いますよ。ミナギさん、画力は高いです、そこは買ってます。でも、なんか人間の心理がヘタっていうか。高校行ってるのに、高校生の恋愛とか友情とか、ぎこちないんですよね。いっそ原作付きでって編集会議で言ってみたんですけど、僕も若いんで、そこまで強く推せなくて」

 自分のポジションのせいにしていたけれど、たぶん本当は違うと思う。

 私の絵はちょっとクセがあるし、原作ありの漫画を描くには、もっともっと画力が高くないといけない。


 つまり、中途半端だってことだ。


「もう無理だろうな……」

 今の私には、新しい作品を描く気力がなかった。


 十七歳の終わりに連載を打ち切られてからは、仕上がったネームを担当編集の剣沢さんに見せてはダメ出しされる、という無限ラリーが続いていた。

 十九のときに描いた渾身の力作を、「人間が描けていない」と一刀両断されてから、もう一ページも描いていなかった。


 どころか、今では、落書き程度の絵さえ描かなくなってしまっている。


「漫画家なんかいつまでも続けられるか。ダメになったときのために進学せぇ」

 と言った父に押されて、大学には進学したものの、卒業後に就きたい仕事もない。


 要は、夢も希望もないのである。


「ダメだ、気分落ちる……。フェスたんの配信聴こ……」

 一人暮らしの私は、こういうとき、推しの声を聴く。私に、漫画家になるきっかけをくれた人だ。

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