第13話 奇跡

5体のキュウビが断続的に襲い掛かる。

炎で、爪で、牙で。結縁を絶命させんと振るわれる。

状況はじり貧。次々と生み出される分身に本体への距離を詰め切れないでいる。


「神威!」


神の威光を纏いし一撃が分身の合間を縫ってようやく一撃。

しかし、追撃のチャンスはなくすぐに分身が背後から襲い掛かる。


『…結縁、悪い報告がある』

「聞きたくないかも」


息を切らせ、肩で息をする結縁にタマは非情な報告を告げる。


『あいつの硬さは能力じゃねえ。神を喰らい続けた結果の強度だ。対策はない』

「そっか」


端的に返事を返す。戦いの中でうすうす気づいていたのだろう。

口元に伝う汗を乱雑に拭うともう一度、飛び出した。


『結縁、右!』


タマの声に合わせ右に飛ぶ。数瞬前までいた場所は2体の分身によって空間ごと蹂躙される。

安堵する暇もなく本体から炎弾が飛ぶ。

瞬時に避けられるかどうか判断し、被弾覚悟で最短距離を行く。

すでに戦闘開始から30分は経っている。息つく暇はあれど人間は常に全力疾走を行うことはできない。常人離れ…神がかった結縁だからこそ戦闘を継続できている。


それでも限界は近い。

炎に肌を焦がし、全身裂傷でボロボロだ。

それでも、足を…戦う意思を止めないのはここで引いてしまえば大勢の人が死ぬ。顔も知らぬ誰かを助けるため。


『結縁!』


タマの叫ぶ声が響く。

着地と同時に両サイドから爪が振るわれる。

タイミング的に避けられない。両方とも防御は不可。

次の瞬間には結縁を衝撃が襲い、吹き飛ばされる。受け身も取れず雪の積もった地面を転がっていく。

追撃が来る。


体を投げ出すように横へ飛び込み、そのまま体勢を整える。

しかし、炎が灼熱を伴って爆ぜた。


「…傷が癒える」


焼け焦げた右腕を奇跡をもって治癒する。

鳳凰がいない今、完全な治療はできないが腕が動けば問題ない。

視線を腕からキュウビへと向け睥睨する。その視線を受け、キュウビは楽しそうに嗤う。


憎しみが心地よい。向けられる悪意が気持ちいい。

かなわぬ相手にほど強い悪感情をぶつける。だからこそ、キュウビは狩りをやめられない。


『結縁、いったん引くぞ。雑魚でも束になれば分身くらい引き受けられる。1対1なら、分があるのはお前だ』

「ダメだよ。キュウビは成長のフェーズが終わったから襲ってきたんだから。少しでも放っておけば被害が出る。ここで倒さないと」


タマの意見にも耳を貸さない強情っぷりに舌を打つ。

満身創痍だがしっかりとした足取りで再び、前へと進む。

付け入る隙がないわけではない。キュウビは自分の優位性に胡坐をかいている。そこをつければあるいは…。


瞬間、薄暗くなった世界を炎光が照らす。

キュウビが力を貯める。その炎は以前、戦った時とは比べ物にならない。避けてしまえばキュウビと結縁を隔離している結界すら破壊し、現実世界にも被害をもたらすだろう。

結縁はありったけの神力をかき集め、防御体勢をとる。


結縁すら死を覚悟するほどの炎が放たれる直前、正愛が結界内へと侵入した。


「神代さん!」


ぼろぼろの結縁。正愛は何も考えず駆け出す。

荒れ狂う炎の奔流。結縁に迫る死へと正愛は一切の躊躇なく結縁の前へ飛び出した。


「ここで出せなきゃ!何の意味もねえぞぉおぉぉぉぉ!」


トラウマは消えない。それでも、今ここだけは乗り越えて見せろ。

折れたのならばまた打ち直せばいい。弱気と臆病は見ないふり。

迸る光は数年ぶりに大切な人を守るために盾となり、奇跡を起こす。






―――世界を滅ぼす怪物相手に2秒、盾を持たせるという奇跡を。

しかし、その2秒で結縁にとっては十分だった。


「盾は壊れない!」


確かに正愛が稼いだ2秒。それは、結縁が奇跡を手繰り寄せるには十分な時間だった。

ひび割れた盾は瞬く間に修復され、より頑丈により強固になる。


「…耐え抜いた」


業火は止み、キュウビは前と違う正愛に警戒し、動かない。


(作戦伝えるなら今だな。待っててくれるといいけど)

「神代さん、状況を…」

「なんで来たんですか!?」


教えて、と言葉は続くことなく迫真の結縁に遮られる。


「いや、今いいからそれより…」

「危険です。これ以上、巻き込みたくないんです!だから、もう大丈夫ですから、逃げて下さ…」

「いいから一回聞け!」


止まらない結縁の頭にチョップを入れ、一度強制的に話を止める。

急に攻撃された結縁は目に涙をため、恨みがましく正愛を睥睨するが知ったこっちゃないと無視する。


「状況だけ簡潔に教えてくれ」

『結縁はガス欠寸前。相手の気を付けるべき能力は炎と分身、透明化。こっちの手札は俺だけ。正直言ってじり貧だ』


正愛の想像より状況は悪かった。が、それでも詰みではない。勝ち筋はある。


「舐めててくれればやりやすいのに。知恵ある獣の警戒ほどやりにくいものはないな」


キュウビは様子見と決めたのか動くことなく距離をとって、こちらから目を離さない。

ともかく息を整える時間はありそうだと、有効活用することに決める。


「なんで来たんですか?」


先ほどよりもか細く、絞り出した声で結縁はそう問う。

誰よりも臆病で、クラスメイトに話しかける勇気すらない。

それなのに、人のために命を投げ出すことに一切の躊躇がない危うい少女。

きっとずっと怖かったのだろう。重圧を、責任をその双肩に一身に背負いこみ一人、ゴールの見えぬ旅路を進み続ける。10代の少女に課していいものじゃない。


「だから、来た。背負ってやると、隣で歩いてやると言いに来た」

「…もっと素直に言ってくださいよ」


拗ねたように呟く。正愛は困ったように頬をかくと諦めたように嘆息する。


「友達を助けに来たんだよ。対等でいるためにな」


正愛の精いっぱいの言葉。差し出した手を結縁はとる。


「助けてください。正愛くん」

「任せろ、結縁」

『いいところで申し訳ねえがお相手さんも我慢の限界みたいだぞ。策はあるのか?』


キュウビはしびれを切らしたのか口元に炎をこぼし、身を低く屈めている。

今にも始まりそうな戦闘の気配に正愛は手早く指示を飛ばしていく。


「合図が来たら分身を殲滅したらいいんですね?」

「ああ。俺に見分けはつかないから頼む。それと、さっきの奇跡を頼む。長めで」


準備はできた。後は実行するだけ。

久しぶりの戦闘に正愛の心中は穏やかではなかった。

恐怖と昂揚。それでも、ここに立てているのは結縁のおかげだ。


「さて、世界でも救ってみるか」



吐き出されるキュウビの炎弾を盾でことごとく防いでいく。

強化された盾はひび一つはいることはない。


「最高だな、これ。負ける気がしねえ」


余りの順調さに正愛はほくそ笑む。単調な炎での攻撃ばかりでうまくさばけている。

分身は多くはなく、都度結縁が対処し、正愛は本体のヘイトを買い攻撃を防いでいく。

しかし、そう簡単にいくのならとっくに結縁が倒していただろう。


『来るぞ、小僧!』


炎の煙に紛れ、キュウビの姿が見えなくなる。

透明化と聞いてからいくつか対策は考えた。一番はタマによる索敵だが炎で焼け焦げた臭いなどで鼻は機能しない。足跡なども確認はできない。


「使うしかねえか。起動しろ、復讐者の腕」


身に着けていた指輪はキーワードの反応し、右腕を覆うガントレットに。

久しぶりの感触を懐かしむ余裕もなく、地面へ向けて殴打した。

高威力の拳は土煙を巻き上げ、空気のよどみを視認させる。


「見えてんだよ!」


死角からの一撃を狙ったキュウビの思惑をあっさりと看破し、盾で防ぐ。


「一度戻ってください!奇跡をかけなおします!」


結縁の言葉に一度引き、キュウビとの距離をとる。


「今の何ですか!?人間の力じゃないですよね!?」

「神代さんに言われたくないけどなぁ…。まあ、奥の手ってやつだよ」


復讐者の怨恨ヴィンデクスオーディウム。正愛が師匠から譲り受けた奥の手であり、いわゆるアーティファクト。

受けたダメージを何倍にも増幅させ、放つことができる。シンプルながら強力な装備だ。


「さて、ここからはお互い手札をさらけ出した状態での勝負だ。ここからだぞ。気を抜くな」


正愛の言葉にこくりとうなずくのを確認すると満足気な笑顔を残し、再びキュウビへと迫る。

復讐者の怨恨ヴィンデクスオーディウムはすでに見せた。だから、今度はそれを警戒させるため先ほどより数メートル近づいた。

振るった炎爪が当たれば容易く正愛は天国に送られることだろう。

しかし、そうならないのは神の加護が与えられた盾が守ってくれているから。


「おいおい、こっちばっかに気を取られてると痛い目見るぞ?」


盾を砕き、正愛を葬ろうと凶爪を掲げた瞬間、背後からの衝撃にたたらを踏む。

気づけば、分身と戦っていたはずの結縁が一瞬にして距離を詰め、神威を撃ち込んだ。


「今度はこっちだよ!」


キュウビは気づいた。勢いあまって正愛との距離を詰めてしまったことを。

そこが正愛の間合いだということを。


「50%解放。喰らいやがれ!」


復讐者の一撃が脳を揺らし、視界を揺らす。

ぼやける視界と頭のまま、一度距離を取ろうと四肢に力を籠めるが、それすらも多い。


「もう一発喰らってけよ!」


二度目の一撃をより無防備な状態でもらい、今度こそ地に伏せる。

ここに至ってようやくキュウビは認識を改める。

あの男は片手間に間引ける相手ではない。全力をもって狩るべき敵だと。


キュウビが初めて見せる敵意に思わず鳥肌が立つ。

それほどまでにまざまざと生物としての格の違いを見せつけられた。

飲まれぬよう、一度深く呼吸し、吐き出すのと一緒に恐怖心も捨て去った。


「神代さん…準備は良いか?次が最後の一撃だ」

「任せてください。フォローします!」


結縁になら安心して背中を任せられる。

もう後ろは振り返らない。


「お前を倒してハッピーエンドだ」


瞬間駆けだす。分身は残り3体。迫りくる分身の凶爪は結縁に任せる。

背後に聞こえる戦闘音をBGMにキュウビへと肉薄する。

先ほどまでと違いキュウビも出し惜しみはしない。炎が、牙が、爪が、正愛の命を奪おうと猛威を振るう。それを辛うじて躱し、盾で防ぐ。


紙一重の攻防に精神がゴリゴリと削られていく。

それでも、最後の一撃のためダメージを貯め続ける。

先にしびれを切らしたのはキュウビだった。攻撃をやめ、一度距離をとる。


「神代さん!集まれ!」


正愛の声に分身を弾き飛ばし、すぐに近くへと来る。

キュウビの口の端には炎が漏れ出し、周囲の気温が数度上がる。これから来るのは正真正銘、正愛を焼き尽くすために放たれる灼熱。

覚悟を決め、右手を構える。結縁は正愛の背中に手を添え、奇跡による援護を行う。ここが正念場だ。


「グオォォォォォ!!」


咆哮。そして、放たれた業火。

空を焼き、地を焦がし、世界を焼き尽くさんとうなりをあげて業火が迫る。

青き盾が一瞬の拮抗の後、徐々に押され始める。亀裂が走り、気を抜けば一瞬で骨まで焼かれ、あとにはなにも残らないだろう。

今、この身があるのは結縁の奇跡のおかげだ。

数秒か、数分か…。永遠にも感じる一瞬が幾度も繰り返される。


「盾は砕けない…!砕けない砕けない砕けない!」

「防ぎきれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


正愛が吼える。結縁は余力を考えることなく奇跡を行使しし続ける。この瞬間生き残るために。

そして、炎が爆ぜた。

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