第6話 初めて
「おはようございます!くれぐ、も…くん…」
「おはよう。って、どうした?調子悪いならやめとくか?」
「お…おしゃれだ…。陽キャだ…。ダサいジャージとか期待してたのに…」
「そこはかとなく失礼だな。見た目にくらい気を遣うだろ。それに、神代さんだっておしゃれじゃん」
ネガティブにうずくまる
お世辞抜きでかっこよくも可愛さをも兼ね備え、結縁に似合ったコーデだが当の本人はうじうじしている。
「私はダサすぎて、お母さんに服買うの禁止されてるので…。アレンジも禁止で決められた組み合わせを着るしかないんです…」
「今着てる服がおしゃれなんだから問題ないだろ。変にへこんでないで早くいくぞ!」
出鼻をくじかれた気分で鬱ムードを漂わせる結縁を引っ張って歩く。
探し物は正直、結縁任せなのでどうにか復活させなくてはいけないが保護者のタマはどういうわけか姿を現さない。
どうしたものかと困り果てる。
「とりあえず、歩くか…」
集合は分かりやすいという理由で高校近くにされたため、
向かう先も定まらないままあてもなく歩き始める。結縁もとぼとぼと後をついてくる。
おしゃれだというだけでここまでへこむのか。
むしろ、ダサいと思われていたのも心外で少々腹が立つ。
「…まずは腹ごしらえか」
未だに仲直りはできず、愛沙が起きる前に家を抜け出してきたため本日も朝食は抜きである。
とはいえ、学園近くには多くの飲食店が軒を連ねており、朝早くからやってるところも多いので食べるところには困らなそうだ。
ふと、一軒の店が正愛の目に留まった。昨日食べたばかり。しかし、無限ともいえる可能性が秘められている。それは、サンドウィッチ。
「フルーツサンドのキッチンカーか。珍しいしこれにするか」
メニューは豊富で王道のフルーツサンドから変わり種、果ては特産品を使った高級フルーツサンドなんてものまであった。
メニューの豊富さに正愛はかなり迷ったが熟考の末、イチゴサンドとシャインマスカットサンドに決めた。
「あいよ!そっちの嬢ちゃんはなんにする?」
人見知りを発揮した結縁は無言でメニューを一つ指さす。
「おまたせ!こっちが兄ちゃんの分でこっちが嬢ちゃんのスペシャル生クリームもりもりフルーツミックスサンドね!」
結縁が受け取ったフルーツサンドは正愛が注文したものの5倍ほどのサイズでこれでもかと生クリームが上に盛られており、もはやパフェのようになっている。
見ているだけで胸やけしそうなこのスイーツを先ほどまでとは一転してきらきらと目を輝かせ、口いっぱいに頬張っている。
「おいしいです!フルーツの甘さと酸味が生クリームとマッチしてておいしいです!ゆえれぽ☆5つです!」
「ご機嫌が直って何よりだよ」
二つ目のマスカットサンドを食べながらぽろっと嫌味をこぼすが結縁は一切気にした様子はない。図太いのか繊細なのかわからないやつだ。
「で、昨日言ってた探す方法は?」
「もう少し待ちましょう。タマちゃんが今見回りに行ってくれてるので」
『終わったぞ。昨日の夕方からいなくなってた土地神はいない。情報もなかったがな』
今まで誰もいなかったはずの結縁の隣にはいつの間にかタマがちょこんと座っている。
「神域には入れないんじゃなかったのか?」
『神域なんてコスパの悪い領域作ってるのは珀くらいだ。神域なんて本来、大事なものを隠したり外敵から身を守るためのものだ。大事なものもなければ外敵すら人間が退治してくれるこの時代にほとんど必要ねえ』
とげのある言い方にイラっと来た正愛は結縁からタマを受け取ると手荒くおなかを撫でる。
『にゃあ!!』
「いって!噛みやがった、この駄猫!」
『このぼんくらが!俺を誰だと思っていやがる!人間よりはるかに崇高で存在価値のある猫の神だぞ!不用意に障ることすら許されないってのに乱暴に俺の毛並みを乱しやがって!』
結縁を挟んでにらみ合い、いがみ合う。
しかし、フルーツサンドを食べ終わった結縁にだっこされタマは喉を鳴らす。
「そろそろ行きましょうか。タマちゃんも帰ってきたのでご説明しますね」
結縁に促され、立ち上がる。
向かうのは駅前の逆方向。河原の方だ。
「私の
「ああ。神様の力を借りてってやつだろ?」
「実は私の神秘はそれだけじゃなくてほかにもいろんなことができるんですけど、その一つが奇跡の行使です」
百聞は一見に如かずと結縁は実例を見せる。
「帽子が戻ってくる」
近くの帽子を風に飛ばされ、困っていた女性へと奇跡を行使する。
その瞬間、帽子はもう一度風に吹かれ不自然なくらいぴったりと手元へ戻ってきた。
「これが奇跡の行使です。と言っても可能性を広げて引き寄せるだけで確率が0なものを1にできるわけじゃないんですけどね」
「つまり、街中を奇跡を使いながら歩こうってわけね」
「はい!それに加えてタマちゃんが珀さんのにおいと神力の癖を覚えてるらしいのでそれでも探してもらいます」
「なるほどね…俺いらなくない?」
「さあ!行きますよ!」
「ちょっと待て。本当に俺いらなくないか!?」
元気よく出発した一行。しかし、今日のうちにこの試練が地獄だということを思い知ることになった。
「見つからーーーーーーん!!!」
捜索を始めてはや5時間。探し物どころか手がかりすら見つからない。
できるだけ広い範囲を捜索するということで歩きっぱなしのうえ、結縁は奇跡の行使で神力の限界も見え始めた。
「はぁ…はぁ…。さすがに疲れました…」
「お疲れ。水飲んどけ」
近くの自販機で買った水を手渡せば、相当のど乾いていたのか一気に飲み干してしまう。
時刻は2時を過ぎたところだった。
「ちょっと遅くなったけど昼飯にするか。駅前の所ショッピングモールが近くだし、そこでいいか?」
もう話すのもつらいのかこくこくと無言で肯定の意を示す。
『少し長めに休憩をとれ。どうせ神力も回復しきれねえよ。俺は中には入れねえしいろいろしてくる』
そう言って、ひょいっとひとっ跳びでどこかへと消えていった。
*
「フードコート…!こ、これ!ど、どうやって買うんですか?」
「もしかして、初めてか?」
「はい!恥ずかしながら外食はほとんどしたことがなくて…!わくわくしますね!」
ハンバーガーチェーンに牛丼屋、アイスにラーメン屋。多種多様な飲食店は結縁の心を躍らせた。
「悩みます。非常に悩みます…!こんなに店を構えられると目移りしてしまいますね!」
「バカだな…神代さん、こういう時はな。ファーストインプレッションに従うんだ!」
久しぶりに来た正愛もテンションが上がっていた。
テンションが上がった二人組はフードコートの隅々まで確認し、正愛はラーメン、結縁はハンバーガーに決めた。
「ん~!ジャンキーな味がします。たまに食べたくなりますよね」
「妹が作る飯の方がうまいんだけどな。濃くて不健康な味がする。魂が喜んでるわ」
閑散とし始めたフードコートの隅っこでのんびりと食事を食べ進める。
「さて、どうするか」
先んじて食べ終わった正愛は入り口で取ったパンフレットに目を向ける。
ゲームセンターにアパレル、アニメショップに雑貨屋。一日いても楽しめそうな店舗数だ。
「今日は正直、神力が厳しいので…。あ、ポテトどうぞ」
「安心しろ。俺も疲れたから今日は探しに行く気はない。ゆっくりしようぜ。あ、いただきます」
もらったポテトをもぐもぐしながら結縁と二人、モール内のマップを見る。
どこへ行こうか、話し合ってる二人を遠くから4つの瞳が見つめていた。
「…あれってちか君だよね?一緒にいる女の子って…」
「神代結縁先輩ですよね?高等部1年で学年一位取り続けってるっていう超有名人ですよね?なんでそんな人が先輩と?」
真白と
真白のプレゼント選びが難航したため、正愛たちと同じく遅めの昼食をとっていたところ現場を発見した。
「さて、どうしますか純恋警部」
「うーん。捕まえて事情聴取ですかね。最近、都合悪いときは神代先輩と一緒にいたってことですもんね。仮に…仮にですがお付き合いされてるのでしたら先輩にふさわしいか見極めないとですから」
「純恋ちゃん?目が笑ってないよ?」
目の据わった純恋にビビりながら最後のポテトをひょいっと口に入れた。
「…っ!なんだ?寒気が…」
背筋に寒気が走ったがきっと気のせいだろう。
「暮雲くん!ゲームセンターに行きましょう!私、格ゲーしてみたいです!」
「格ゲーか…。よし、行くぞ!」
実のところを言うと格ゲーは未経験だがゲームすら未経験の結縁には負けないだろう。
3枚目のコインを投入するまではそう思っていた。
喧噪をBGMに二人、筐体に向かう。すでに勝負は7戦目に突入していた。
「投げ、強攻撃、ジャンプ…」
「ちょ、待って!まったく攻撃当たらないんだけど!」
正愛の上げた制止の声に耳も貸さず集中した結縁はもくもくと正愛に攻撃を当て続け、体力を削り切った。
確かに、一戦目の結縁は初心者だった。
しかし、2戦目にはコツをつかみ、3戦目にはもう相手にならなった。
「楽しいですね!って、暮雲くん?どうしたんですか?」
「プライドが折れる音ってどんなんだと思う?バキバキバキっ!だよ」
「…?知ってますよ?」
「その一言で神代さんの闇深さがうかがい知れるな」
勝つことを諦めた正愛は席を立ち、結縁もその後に続く。
カルガモみたいだな、なんてことを考えながら次の目的地も決めずふらつく。
「なんかしてみたいのある?」
「い、いえ!私のわがままに付き合ってもらいましたし、次は暮雲くんがしたいことに付き合います」
遠慮しているのか冷静になったのか先ほどまでの浮かれ具合はどこかに、今は正愛の提案に首を振る。
「…そ」
正愛はそうつぶやくと近くのUFOキャッチャーの筐体に100円を投入する。
ボタンを何度か押して、景品を持ち上げるがあっけなく落下していく。
「じゃ、次、神代さんね。どっちがとれるか勝負」
「で、でも…」
「二人で遊んでるんだから遠慮はいらないよ。てか、今更だし。いつもの図々しい神代さんの方が気楽だからそうしてくれ」
そう言って筐体の前から一歩横にずれる。おずおずと結縁が筐体の前に立つとコインを投入する。先ほどの正愛のプレイを参考に少しだけ掴む位置を変える。
「お、いけるんじゃね?」
正愛の声の通り、景品はどさっと取り出し口へと落ちてくる。
「ほい、神代さんの勝ちだね。景品をどーぞ」
受け取ったぬいぐるみを大事そうに抱きしめると花のような笑顔でお礼を言う。
「ありがとうございます!宝物にします!」
「…なんかいちゃいちゃしてるぅ」
「イチャイチャしてますね…」
遠くから二人をこそこそと眺める二つの影。どこで買ったか似合わないサングラスをつけて更に真白はアンパンに牛乳を持っている。
「…なんの警察ドラマの影響ですか?」
「わかんないけど尾行するときはこれがマナーらしいよ!」
ネットで得た聞きかじりの知識でずれた常識を披露する真白にこれ以上は自分ではつっこめないとスルーすることを心に決める。
それよりも問題なのは正愛だ。純恋も正愛との付き合いは1年半ほどで長いとは言えないが正愛は基本的には他を寄せ付けず、仲良くなろうとしない。
その正愛がどうしてか結縁を懐に入れ始めている。
「まあ、なんだかんだ放っておけなかったんでしょうけど」
「ん?なんか言った?」
「いえ、なにも。口元にパンくずがついてますよ」
ポケットから取り出したハンカチで真白の口元をぬぐう。
はたから見れば真白の方が妹に見える。
「やっぱり付き合ってんじゃないかなぁ。どう見てもカップルだよ?」
「いえ、それはありませんね。先ほど歩く際、先輩は神代先輩の歩幅を考えることなく歩いてました」
「え、普通じゃん。あの子そーゆうこと考えるの?」
「…?歩幅合わせて歩いてくれますよ?」
「あー…はいはい」
これ以上、聞くのは野暮だとパンでパサついた口に牛乳を流し込む。
純恋は滔々と正愛と結縁が付き合っていない理由を話し続けている。
これで付き合っていないのだから驚きだ。
「純恋ちゃんは彼氏とか作らないの?モテてるんでしょ?」
「今はまだ…。受験とかで忙しいですしね」
「嘘じゃん。エスカレーターで余裕だから今日も遊んでんじゃん」
中3の12月なんて本来、必死に勉強しているころだろう。
しかし、私立の中高一貫校であり常に優秀な成績を収めている純恋は特に焦ることはなかった。
「…先輩以上に素敵な人が見つかったら考えるかもです」
「男の趣味悪~。悪い男に惹かれる年頃だ?」
「真白先輩こそ、彼氏作らないのは先輩がいるからじゃないんですか?」
「………普通に彼氏候補がいないからだよ」
「…あ!二人がプリクラに!」
「なに!?私とは撮ってくれたことないくせに!こうなったら、純恋ちゃん!直接邪魔しに行くよ!」
「え、ちょっと!」
一通りUFOキャッチャーを見て回り、持ち前のセンスで結縁は景品を次々と獲得していった。
その数はすでに2つの袋では入りきらないほどだ。
改めて結縁の才能を目の当たりにして、正愛は感嘆する。
「楽しいですね!ゲームセンター!」
思う存分満喫している結縁は自分の取った景品をほくほく顔だ。
「楽しかったらよかったよ」
特にほしいものもなかった正愛は景品を乱獲する結縁を見ていただけだが満足している。
サーカスで動物が凄技を披露するシーンを見た感覚に近いかもしれない。
失礼なことを考える正愛の前で結縁は次の獲物へと狙いを定めるためきょろきょろと周囲を見回している。
「ん?あれって…」
視界の端に見覚えのある二人組が見えた気がするが一瞬だったので判別はつかなかった。
気のせいだと思い、再び歩き始める正愛の袖を控えめにくいっと引いた。
「神代さん?どうした?」
「えっと…あれ…したい、かも…です」
伏し目がちで少し照れ臭そうに結縁が指をさす。
「プリクラ?」
可愛らしい少女たちがプリンタされた布に隠された撮影コーナーにその反対側に位置する落書きコーナー。まごうことなくプリクラだ。
「プリクラか…」
正直、恥ずかしい。今もプリクラコーナーの近くにいるのは女子グループかカップルだ。
客観的に見て正愛と結縁がどう見えているかは置いておいて、あそこに行くのは思春期特有の恥ずかしさがある。
断ろうと結縁に向き直る。
「ダメ…ですか?」
気が付けばお金を投入していた。
初めてだろう結縁は興味深そうに少し恥ずかしげに画面をタップしている。
音声案内に驚く結縁を眺めながら楽しそうならいいかと恥じらいを捨てる。
「暮雲くん、撮りますよ!」
結縁は遠慮気味に本一冊分の距離を開け、隣に並ぶ。
どことなく落ち着かずそわそわしてるのは緊張ゆえだろう。
『じゅあ、一枚目をとるよ?大きなハートを作ってみよう!』
「は?」
プリクラってポーズまで指定されんの?と正愛が思う隣、結縁は頭上にクエスチョンマークを浮かべ一人、頭上でハートを作っている。違う、そうじゃない。
ツッコミを入れる間もなくいパシャっとシャッター音とともに次の音声案内が流れる。
『次は彼氏さんが後ろから彼女さんをハグしよう!』
「彼氏じゃありません」
思わずつっこむ。
「は、はぐしましゅか!?」
「しません。恥ずかしいのに無理すんな」
恥ずかしさが限界を超えた結縁は思い切り嚙んだ。
その後の2枚も恋人つなぎをしてみようだのお姫様抱っこをしてみようだの恋人がいちゃいちゃするための免罪符を垂れ流す音声案内にツッコミを入れながらいよいよ最後の一枚になった。
『最後は情熱的なキスをしてみよう!』
「だと思ったよ!チクショウ!」
最後のポーズ指定はすがすがしいほどに予想通りだった。
チラリと結縁の方を見れば顔を真っ赤にし、あわあわしている。
そして、正愛の視線に気づくとためらいながらもこちらに向き直り、静かに目をつむった。
「初めてなので…優しく…」
(受け入れんなやぁぁぁぁぁ!)
心の中で絶叫する正愛。数の減っていくカウントダウン。目をつむったままの結縁。
静かに、大切なものを扱うように正愛はそっと結縁の両肩に手を置いた。そして
「キスしちゃだめぇぇぇぇ!」
「雰囲気に流されてんじゃねえええええ!このボケ!」
「……へ?」
「真白先輩?」
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