006 はじめての村歩き、肉球付き
◆
木の扉をくぐって外に出たとき、朝の風がふわっと毛並みを撫でた。
土と木々の混じった匂いが鼻腔をくすぐり、遠くから村のざわめきが微かに聞こえてくる。
見上げれば、雲ひとつない青空がどこまでも広がり、眩しい光が森の梢をきらきらと輝かせている。
ミーナさんが干してくれた洗いたての布団の匂いが、ほのかに香っている。
「……うん、空気が澄んでて、気持ちのいい朝だ」
「ユウマよ、あまり無理せんようにな。まだ本調子ではなかろう」
背後から、落ち着いた声がする。
薬草と乾いた木の香りをまとったローブの袖が、風に揺れていた。
「わかってるよ。ありがとう、ガランさん」
ガランは相変わらず穏やかな口調で、しかし目だけはしっかりとこちらを観察している。
気配こそ柔らかいのに、どこか野生の動物のような警戒心と敏感さを感じる。
──いや、それよりも問題は
「……ふむ、この毛並み、今朝も天界の風に撫でられたような手触りじゃな……」
「どんだけ撫でるんですか!?」
ガランは手帳をどこからか取り出し、さらさらと筆を走らせている。視線は俺の尻尾に固定されている。
「記録せねばのう……尾の起毛、極めて良好。寝癖にあたる渦巻きが右寄り……これは幸運の兆しじゃな」
ニヤリと笑い、さらに図を付け足す。
(怪しい学者感、満点だな……)
ガランが満足げに頷いている。もう好きにして……。
「ふむ?」
その時、村の方から元気な声が飛び込んできた。
「──モフさまっ!!!!!」
(え、誰!?)
「うわ!!! にゃっ!?」
甲高い声と共に、突進してくる影がある。一瞬で距離を詰める素早さに、俺は反射的に身構えた。
「モフさま! 出てきたーっ! 元気になってるぅーっ!」
「ふわぁ~モフモフだぁ~」
ドスドスドス! と駆け寄ってきたのは、元気いっぱいの双子のきょうだい。
姉のほうは栗色のショートカットで、動き回るのが大好きな様子。
弟は丸っこい髪と大きな瞳で、甘えん坊な雰囲気が全開だ。
「えっ、えっ、何っ!?」
「わたし、ミミっ! あなた、モフさまでしょっ!? わたしが村をあんないしてあげる!」
「ボク、ロッコ……モフモフ~おんぶ~」
ぐいっとしっぽに抱きつかれ、ひざにへばりつかれる。ふわふわのパン生地のように柔らかい手が、俺の足に触れている。
「ちょ、ちょっと!? モフさまって何!? 俺は、ユウマだよ」
「ユウマでもモフさまでもどっちでもいいよ! わたしはミミってよんでね!」
「ミミ、モフさまって……かってにつけた……でもボクもすき……モフさま……」
(え……この二人、めっちゃパワフル……っていうか懐かれてる!?)
「でもよかったー! ほんとにげんきになってくれて。きのう、おくすり屋に運ばれてくの見たんだから!」
「ミミが、あれは『かみのモフモフだ』っていってた……」
「いやまあ、 モフモフなのは否定しないけどもっ!」
「うふふ、ふわふわしてるね~! おてても、しっぽも、やわらか~いっ!」
「さわっても、いい?」
(いや、君たちずっと触ってるよねっ!??)
「えっ、えっ……まあ、いいけど……」
「やったーっ!!」
「モフモフ~!」
許可を得たことで全力全開。ミミが耳の付け根を揉み、ロッコが膝に顔をうずめてくる。
(なにこの……フルコンボ的スキンシップ。子どもの力……侮れん……!)
すると、また脳内で通知音が鳴った。
経験値獲得!
・ミミとロッコとの出会い 30EXP
(おお! また経験値が入ったぞ! 経験値がまとめてなのは何で……? まあいいか)
◆
「ふむ。やはりこの毛並み、春の芽吹きの如き再生力を感じる……これもまた、神話の系譜の一部かもしれんな……」
「ちょっとガランさん!? 小難しいこと言ってないで──」
「しーっ! 静かに。記録中じゃ」
ガランはすでに別冊ノートを取り出して、毛並みと反応の相関性について研究を始めていた。
なんなのこの人。落ち着いてるのに一番暴走してる!?
すると、ふとミミが顔を上げて、にこっと笑った。
「ねえねえ、モフさまはパン好きなんだよねっ?」
(……っ!!)
その言葉は、まるで魔法のスイッチのように俺の脳内に響き渡った。パン、という単語が、それまでの思考の全てを塗りつぶしていく。
「もちろん好き! ていうか、パンこそ世界の理だよッ!! そう思わない!? ねえ!?」
「う、うん。じゃあパン屋さんにあんないするー! わたし、ティナのお店のおてつだいしたことあるんだっ」
俺の急にテンションが高い返答に、流石のミミも少したじろいでいる。
「ボクも、パン、たべたい……!」
「よし、行こうパン屋さん!! 今すぐ案内してくれっ!!」
「わーい! いっしょに行こっ」
「モフモフ~、パン~~」
二人のちっちゃな手に引かれながら、俺は勢いよく走り出した。肉球が地面をリズミカルに蹴り、体が羽のように軽い。風が耳を掠めていく。
後ろから、ガランの声が聞こえる。
「これこれ、あんまり無茶せんようにな。パン屋……無論、わしも同行するぞ。焼きたての香りは、気の流れを読み解く鍵にもなるからのう……」
振り返ると、ガランがスーッと歩いてついてきている。走ってないのに速い。
(エルフって身体能力高いのか……!? ガランさんが特殊なの?)
まあいいか……! 俺も急いで行かねば!
──パン屋……それはこの異世界における聖地。
村に神殿があろうが関係ない。俺の巡礼地は、あの焼きたての香りが漂う場所だ。
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