002 パンと癒やしを求めて、猫獣人に転生するらしい


「さて。話を本題に戻そうか。次は、転生先の世界について説明するね」


 神様が手をひらりと振ると、空中に光る地図が浮かび上がった。世界の形状は六角形で、放射状に広がっている。


「この世界は『パンタニア』。中世ヨーロッパくらいの文化レベルで、人間、獣人、エルフ、ドワーフが一緒に暮らしてる。魔物もいるから、それなりに危険だけどね」


「へー、よくあるファンタジー世界じゃん」


「そうそう。ステータスとかスキルとか、君が知ってるRPGと大体同じだよ」


「魔法は?」


「魔法系スキルがないと使えない。スキルがなければ発動できないんだ」


「なるほど」


 神様が指をパチンと鳴らすと、俺の目の前に光る画面が現れた。


「じゃあ、君のステータスを見てみよう」






名前:ユウマ

年齢:12歳

種族:猫獣人

特性:自律神経ケア個体

LV:1(0/100)

HP(体力):80

MP(魔力):35

STM (スタミナ):30

疲労度:0/10

STR(筋力):6

AGI(敏捷):15

SEN(感覚):14

DEX(器用):10

VIT(生命):8

MEM(精神):7

称号

・転生者

・働きすぎた者

スキル

・にゃんぱらりLV1

・やんのかステップLV1

・ロックオン(食)LV1

・ステルス歩行(低)LV1

・感覚強化(視・聴)LV1

・臨戦態勢(常時)LV3

???スキル:※詳細不明。何らかの条件で覚醒の可能性






「──ちょっと待て。俺、猫獣人になるの!?」


「うん。転生者は前世の経験からスキルや種族が決まるんだ。君の場合、猫っぽい性格だったから──」


「野良猫とガン飛ばし合いしたことあるけど! それが理由!?」


「そうだよ」


「マジか……」


「猫獣人は自由気ままでマイペース。君にピッタリでしょ?」


「まあ……飲み会に行くより、一人でのんびりする方が好きだったしな……」


 神様がスキル欄を指差して説明を続けた。


 《やんのかステップ》は威嚇によって相手の攻撃タイミングを乱す効果があって──

 《ステルス歩行(低)》は気配を薄くして接近戦を有利に進められて──

 《感覚強化(視・聴)》は視覚と聴覚が同時に底上げされ──

 

 ──そこで説明が、ぷつりと途切れた。


 神様はいつの間にか出現したクロワッサン型ソファに、「よっこいせ」と全体重を預けていた。その背後では天使たちがキャッキャウフフと何やらの札の準備をしていた。


「は? え? 説明は……?」


 俺は思わず眉をひそめた。


「なんだか飽きちゃって。それに説明は座ってでもできるでしょ?」


「いやまあ、そうなんだけど……威厳とか特別感とか演出しなくていいの?


「硬いこと言わずに、ね。大事なとこだけ掻い摘むよ」


 神様は片手をひらひらさせて、緩みきった表情で続ける。


「この『???スキル』──何らかの条件で覚醒するかもしれないよ」


「……気になる……」


「今後のお楽しみってことで」


 神様の適当さに不安を覚えながらも、説明に飽きていた俺は少しだけ緊張の糸がほどけたような気がした。








「それと──」


 神様が少しニヤリと笑う。


「レベルを上げて強い魔物を倒せば、君にとって良いことが起こるよ」


「なんだよそれ! 詳しく教えてくれよ!」


「ヒントを出すなら……美味しいものは、強くなった者に与えられるんだよ。君が好きなアレとかね?」


「な、なんですと……!?」


 神様はくすっと笑うと、少し表情を和らげた。


「君には、転生先でもっと気楽にのんびり過ごしてほしいんだ。同じパン好きとして、君が毎日心と体をすり減らして働いている姿を見てたから、心が痛んだよ」


「……まあ働きすぎて、精根尽き果ててたからなあ……」


「猫獣人なら、自由気ままでマイペースに生きられる。『自律神経ケア個体』にして回復しやすい体にしておいたし、年齢も12歳と若く設定したよ」


「色々配慮してくれるのは助かる……まあなんだ……ありがとな。パンを食べながら、日向ぼっこする理想的な生活を送れれば最高だな」


「んっ!! この転生者デレた  満を持してデレた!!」


「うるせぇ!! 台無しだよ!」


 後ろの3人の天使たちは、「10点」「10点」「9.5点」という札を上げている。


(何してるんだ、この人ら……)


 でも……こんなふうに感情をむき出しにして、誰かと言葉を交わしたのは、何年ぶりだっただろう。








「それじゃあ、もう時間だ。君を転生先に送るね」


「ああ、もう時間か。色々と話せて良かったよ」


「こちらこそ。次は気楽にのんびり、人生を過ごしてね。パンと日向ぼっこを楽しみながら」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 ──ちょっと思いついたことを、聞いてみた。


「…………また会えるかな?」


 神様は曖昧げに微笑んだ。その虹色の瞳が何かを語りかけるようにキラリと光る。


「──それは、君自身の選択と、この世界の巡り合わせ次第かな。パンの匂いと一緒に、僕のことも思い出してくれたら嬉しいな……それじゃあ、今度こそ、いってらっしゃい」


 後ろでは、天使たちがパンを片手に手を振ってくれている。


「ああ、ありがとな……」


 ──その瞬間、真っ白な空間がまるで泡が弾けるように急速に遠のいていく。


 温かい光が全身を包み込み、遠くから焼きたての甘く香ばしい匂いが少しずつ、しかし確実に意識に染み渡っていく……。


 ──ああ、この香りだ。きっとそれが待っている。


 まだ見ぬ異世界パンタニアで、俺はどんなパンと出会うのだろうか。

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