第8話 光の記憶

「実はこの小説には、暴力じゃなくて凡力ぼんりょくシーンや、イメージ画像に至ってはヘタ絵スクな表現が含まれています」


 三角パタパタの消滅をもって、防衛隊の軸泉市での戦闘状況は終了が発せられた。

 小隊長クラスが集った仮設指揮所では、わんちィが事後処理検討会議において、ひとつの報告をしていた。

「?、唐突に何だね?」

 三竹が聞いた。

「いやぁ、会議シーンとか苦手って人多いじゃないですか?ちょっと掴んでおこうと思って、ジューケン!」

「ジューケン!」

 わんちィの後にパニぃが続けて、二人は手で何かを掴む動作をした。

「合いの手は要らないかな?駅弁ケ駅くん。で、本題は何かな?」

「あ、記録ログに残しますのでカイツマミでオネ(がいしま)ス······」

 三竹に続いて、ノートパソコンを操作する隊員が釘を刺した。


「では···」

 わんちィはタブレット端末で、とある動画を全員に紹介した。同期している指揮所の映像スクリーンにも、同じ画面が映る。

「この動画はァ···本日、ウチの護森ボスが関わったァ···洞窟見学会のォ···模様である···」

「ぃや!声怖い(で)ス!」

 隊員オネスが再び釘を刺す。彼はどうやらオカルトが苦手のようなので、わんちィは気を使って言葉遣いを普通に戻した。


「…これを見る限り、この見学会に参加していた投稿者が、避難後に本日アップしたものと思われます」

 動画はわんちィの手によって、スキップ気味のダイジェストでスクリーンに表示される。

 内容は、【見学会に来てみたら避難指示?国防隊が軸泉に展開?避難所からアップするのだ。】というドキュメント形式だった。その間パニぃは、片手間にスマホで何か仕事をしている。

 ある隊員が個人で検索すると、軸泉関連の動画は多数乱立していて、すぐにはこの動画にたどり着けなかった。意外にも、アンバーニオンを撮影した動画は少なかった。

「ここ···ぉを、見て頂たいのですが」

 わんちィの口振りに精緻が宿る。それは動画の中盤、自撮りの男性が洞窟の入口付近において、「電波圏外なので、消防団が避難指示をしに来てくれました」と喋るシーン。

 男性の後ろで、洞窟からそそくさとスーツを着た男が洞窟を出ていく。わんちィは動画を少し戻し一時停止して、スーツの男を拡大する。


「この男は私達が調査中の、帝国の戦士ともくされる人物、都内在住、鍵村 跑斗と思われます」

 指揮所がどよめく。

「同じ地域でもうひとつのアノ帝国案件だと!?この洞窟で何をしていたんだ?」

「アウトドアとは程遠い格好の上に、都内から岩掌くんだりまで···」

 わんちィは続ける。

「彼は若年時におけるネットへの書き込みや、我々民間組織では証拠を集める事が困難な事等以外、今まで目立った行動を示してきませんでした。そして例の三角パタパタですが···」

 今度はパニぃが端末越しに映像を切り替え、三角パタパタの画像アーカイブを出す。海中で真上から撮影し、高画質化しようと試みた活動再開前の写真だった。

「停止状態の連結三角柱形態を一節ひとふしづつ数えると、全部で三十節。偵察の三体、潜水艇襲撃の一体、総攻撃の二十五体、一体足りません」

「残り一体が、戦士の乗機。かつコントロールマスターの可能性か」

 いつの間にか指揮所の入口に立って話を聞いていた茂坂が一拍置き、軽く敬礼をしながら入室してきた。

「お疲れ様です」

 わんちィとパニぃ含め数名が挨拶し合う。茂坂は歩いたまま、三竹の近くまで歩み寄った。

「J4間はもなく、土手の仮復旧、及びカゼ3の回収を完了します」

「さすがに早いな」

「言葉は悪いですが砂遊びに掴み取りゲームのようなものですからね。ところで······」

「そのくだんの洞窟、太陽由来物体サニアンワンがロストした付近では?」

 茂坂の言葉に指揮所ですぐに検証が始まる。

「本当だ」

 全員が固唾を飲む中、パニぃは電話に出ながら指揮所を出る。

「やはり市街での目標の活動は陽動目くらまし、この洞窟に戦士の主目的があったと見るべきか?」

「あれが陽動······?」

 茂坂と三竹の眉間に力が入った。


 そうしている間にパニぃが指揮所に戻り報告する。

護森ボスから連絡がありました。ついでに聞きましたら見学会の避難民に鍵村らしき男は居なかったと思われる…との事でした」

 パニぃはそのまま茂坂と三竹の所まで近寄り語った。

「多々気になる所でしょうが、太陽由来物体サニアン ワンについて明朝にでも上の方、師団長も含め重大な報告があるそうですのでよろしくお願い致します」

「·····ふぅ···多少モヤるが、敵の動きがあの琥珀の巨人と関連している事は確かか······」


 話題は一時保留の雰囲気が流れ、地域別の簡易汚染検査の結果や、何度目かの損害状態確認、撤収状況など次々と報告が上がった。

「放射能汚染は兆候すら無い平常値か······逆に不安だな···潜水艇襲撃の一体の方は?」

 三竹が隊員に確認する。

重深じゅうしん隊の報告によりますと汚染はありません。しかし活動を停止し海底に着底した状態で以前同様表面に未知のゼロ摩擦力が発生し接触、回収不能との事です。ただ以前と違う点は半透明化と縮小がみられる······と」

「だいぶダメージを食らったようだな、事故船の計器も含めてねぇ」

 三竹がわんちィとパニぃを見る。

「エヘヘヘ······」

 わんちィが照れている中、パニぃがふと気付き再びスマホを持って指揮所から廊下に出る。そしてどこかに電話をかける。


「··················あ!南途下みなみみちもと教授のお電話でよろしかったですか?お時間よろしければ教授の論文にあった恒星に育つ植物について伺いたく思いましてぇ?」


[は!はぁ?···ろ、論文ってキミねぇ!あれは某サイエンスブログに書き込んだコメントだよっ···て、何で私の文だって知ってるンだァ!]


「エヘヘヘ···」


 その通話は一方的に切られてしまった。




 その頃。

 軸泉市、商業施設の大駐車場。


 不時着したカゼ3の残骸は重拳のアームで掴まれ、輸送車に乗せられ帰還の途についた。

 いつの間にか防衛隊の待機所のようになった駐車場で、複数の作業用ぼんぼりがカラガラとエンジン音を立て周囲を照らす。その向こうに輸送車のテールランプを見送った椎山と藍罠は、制御車を降りてバックアップ車から夕食を受け取った。

 バックアップ車のカーサイドタープの下には長机とパイプ椅子が用意され、ぼんぼりの発電機からコードリールで引き伸ばした電源から繋げた申し訳程度の電気アンカが一台、長机の下にあった。

「風があるな?」

「さーみぃ!」

 まずは手を拭き、おにぎりとぬるいコロッケを差し置いて激熱豚汁(?》に二人はスズズと口を付けた。

「重拳、手ェ洗ってやんないとですねぇ」

「今洗ったら凍るな多分、内陸のシバレとはまた違う、海風の冷たさっていうか……」

 現地整備のエアツールの音とエンジン音が響く駐車場で、ぼんぼりに照らされた重拳を見ながら二人は呟いた。

「まさか重拳こいつでショッピングモールに乗り付ける日が来るとは···」

「忙しかったから、なんか久しぶりに頭痛いな」

 そこに調理担当の隊員が豚汁(?)のおかわりを持って来て話しかけた。

「どうですか?熊汁?」

「ブフっ!早く言ってよソレを!」

「ヘリ部隊リーダーの伏浜ぶしはまさんから熊肉(五千円)の差し入れです。隣村の道の駅から奥様経由の個人直送なんですよ」

「カゼ1の人か!絶対経費返しな!」

「土鍋がUFOじゃないか?」

 コンロを見るとUFOの形をした大きめの土鍋で熊鍋がフツフツと煮たっている。これはこの土鍋に熊肉を入れて来てくれたので、そのまま借りたとの事だった。

「スゲーなあの人、仕事が早い上に有言実行だぞ?まぁ確かに旨いけどちょっとでもこぼしたら多分二~三日、獣臭ケモノくせェぞ?」

「道理でワイルド旨しな訳だ」


「······前も言いましたけど、椎さんってちょいちょいスベりますよね?」

「うん、ドリフト大好き」

「そーゆー所っすよ?」


「つまんないでしょ?これこの人達の持ちネタなんですよ」


 調理担当の隊員は、どこかの誰かに話しかけた。





 ……

 …………

 自分の痛みや苦しみよりも、

 今度は、

 今度こそは、


 君が心配だった。




 目映まばゆい光の中で影が剣を振り下ろす。影は一瞬しか姿を現さないので、剣で受ける自分もギリギリ防戦一方だ。

 まるで目を閉じて自転車に乗っているような不合理感。

 悔しかった。自分は真剣に向き合っているはずだ。

 だが、その隙を突かれて斬られて負けた。

 しかし横たわっていたのは影の方だった。

 剣を握る自分の手は琥珀の籠手を身に付けている。


 籠手だと思っていた腕の正体、それは、アンバーニオンの腕だった。


 自分の手、自分の武器、自分の技、自分の力での勝利では無かった。

 悔しかった。自分は真剣に向き合っているはずだ。


 目が慣れる。

 光と炎の平原、自分と影、そして漆黒の巨大な木。

 その前に誰か背を向けて立っている。


 振り返った美しい青年は、こちらに向かって微笑んでいた。





 宇留は起きた、非常に眠い。

 翌日の朝五時四分。ベッド脇の棚に置いたスマホの機能で、充電ランプがすぐそばの壁に時間を投影している。

 玄関の方からは頼一郎と護森のくぐもった小声の会話が聞こえる。

 あの後、護森の会社のログハウスに案内された事を思い出す。

 祖母も無事で、避難所からログハウスに連れて来てもらい四人で宿泊した事も思い出す。

 ヒメナのペンダントが無い。柚雲が男子と添い寝はさせんと“連れて„いってくれた事も思い出す。


 アンバーニオンの事も思い出す。


 久しぶりに朝から空腹だったが、宇留は結局二度寝した。





 朝七時三十八分。カーテンの隙間から射し込む朝日でヒメナは目を覚ました。

 かたわらには柚雲がうつぶせで顔を半分枕にうずめ、ヒメナの琥珀に手を添えて眠っていた。


 (······あったかい)


 柚雲の瞳がゆっくりと開く。寝ぼけた柚雲とヒメナは表情をしばらく観察し合ってていたようだった。

「···おはようございましゅ···お姫シャマ···ご機嫌うるわしゅぅ···」

 柚雲も二度寝し···

「うおーーー!声が聞こえたーー!」


 興奮した柚雲は、ドタドタとダイニングまで進撃した。

「あら?おはよう」

 ダイニングでは祖母と頼一郎がテレビを見ながらお茶を飲み、宇留は祖母が作ったのであろう、朝食のちょい野菜肉多め炒めをアテに、白飯をファボフスファボフスとこれでもか!と口に放り込んでいた。

「はョう!育ち盛り!」

 柚雲は一応大切に運んで来たヒメナのペンダントを宇留の首にかける。フックは不思議な感覚でカチャンと噛み合った。


(······ゥリュ··ぉはよう···)


「ぉ···ほはようほはいはすっふ」

 音声ボリュームが上がるようにヒメナの声が聞こえ始める。宇留はペンダントに触れている間、ヒメナの声が聞こえると理解した。

「イイ子達でしょ~?私達もこの子達の影響でアニメ好きになっちゃってェ、あなたみたいなフシギなに結構キャパ見いだせるのヨぉ?オホホ···」

 祖母がヒメナに話しかけた。

「ナニシテルンダベばーちゃん!この子はこういう生き方の子なんだからフシギなんて言ったらいかんじぇ~」

「ハイハイあなた。ユックちゃんは?もうご飯食べる?」

「はーい!」

 柚雲はニコニコしながら一度、身支度をする為部屋に戻った。

「ほぃ!ウルくん、あのねぇ」

 頼一郎が思い出した様に言う。

「護森さんがね?昼前くらいには戻るんだけどもね?他にもお客さんとか来て話とかあるって言ってるんだ」

「!」

 宇留はもうひとつ、考え無しに色々やらかしてしまったかも知れない事を思い出した。

 一瞬気が滅入りかけたが即持ち直す。お礼もしたい、そして聞きたい事はこっちも沢山あった。



「で、ヒメちゃんはご飯とかどうしてるの?」

 宇留と入れ替わりに食卓に着いた柚雲から、ヒメナに質問があった。

 ヒメナは食器を洗う宇留の手元を珍しげに見つめながら口を動かす。

 ·········

「へぇ!太陽とかの光に当たってれば大丈夫なんだ!」

 宇留は通訳も兼ねて感心した。

「ほぉぉ!···じゃあ、天気も良いし二人でその辺散歩でもしてきたら?あ!怖いイケメンには気を付けルンですよ~?」

「ムッ···!姉ちゃんのトコには優しいイケメンが来ればイイんですよ~?」

「ふお~···」

 柚雲がうつ向いて両手の指をワキワキワキワキ動かし、怪人くすぐり娘に変貌しようとしたので、宇留達はわざと「ひえ~」と棒読みしながらダイニングから退散した。


 玄関でオリーブ色のハーフコートを羽織り、靴を履く。重めの金属の開き戸には菱形のステンドグラスが備えられ、それは黄、橙、茶色が散りばめられた琥珀をイメージしたようなデザインだった。

 外の空気は冷たかったが日差しは心地よく、すぐに気にならなくなった。

 歩く方向はヒメナに太陽が当たる方向に定め、遊歩道のような道を進む。

 昨夜は暗く分からなかったが、綺麗に管理された公園のような敷地に同じ造りのログハウスが数件ある。全て護森の会社の保養施設か何かだろうか?



 ···…俺、この後どうしたらいいんだろう?


 宇留はどこか落ち着く場所を探して、ゆっくりヒメナに聞こうと思っていた時だった。

 道の正面から動物が駆け寄って来る。大型犬?と思ったが違った。セントバーナード程もある、赤い首輪を付けた巨大な茶トラ猫だった。いや、もっと大きい……。


「ブニャ!」

「うわー!」

 可愛げがあり優しくも、中年男性のような声で挨拶しながら上半身を起こし宇留にしがみついて来ようとする巨大猫。

 宇留は驚くも、浮かび上がった巨大猫の両前足を咄嗟にキャッチした。爪は立てておらず、ボリューミーな肉球を宇留の腕にグイグイ押し付けながら、ヒメナの琥珀の匂いを嗅いでいる。


「アッカ!」

(アッカ!)


 ヒメナともう一人、女性の声が聞こえた。巨大猫はゴロボロと喉を鳴らしている。よく見ると首輪に一つ琥珀があしらわれていた。すると巨大猫の向こうに長髪の女性が見える。怖いイケメンは来なかったが、怖い猫を連れた美人さんは来たようだ。


 (►§ºµ¶!)


 女性を見たヒメナは名前を呼んだ様子だったが、ノイズのような感覚があり、よく聞こえなかった。

「ごめんなさい、うちのコがホラホラ···」

「ウヌ」

 巨大猫は、宇留から離れてお座りした。女性は巨大猫が引きずっていた首輪から伸びた赤いリードを上品な仕草で拾う。巨大猫は目を細めて宇留とヒメナを見つめ直した。


「おはようございます。私、“ここ„を管理しています。丘越 と申します」

 女性の挨拶にヒメナは目を閉じ、何かを悟った表情を浮かべたが宇留は気が付かなかった。

「あ、はい。お世話になってます、須舞です······アッカちゃんって言うんですか?大きいですね?」

「ウフフ、こればっかりが取り柄で」

「ウィにゅ!」


「じゃあ須舞さん、何かありましたら、私を呼んで下さい。はい!アッカ」


「?」


 アッカは立ち上がり宇留の腕に首筋を擦り付け、女性と共に宇留達とは反対方向に向かう。

「ヌゴロ!」

 アッカは妙な挨拶で鳴き、女性と共に立ち去った。その後すぐにプシッとくしゃみをしながら······。


 女性達と距離が取れた所で、宇留はヒメナに聞いた。

「······あの人達も知り合いなの?」


 (うん、元気そうで良かった。あと“困ったら来てくれる„って)


 宇留は、護森とヒメナの“昔„や仲間、というキーワードを思い出していた。

 疑問ばかり増えて取り残されてしまいそうだった。


 (大丈夫だよ?)


「?」

 ヒメナに心配された?表情に不安が出ていたのかもしれない。


 (守ろうとする人同士が護り合えば、いらない気がかりを抱えなくてもいい)


 しまったと思った。また心が下や後ろを向いていた。どうしようも無く、次々になだれ込んで来る責任の取りようも無い未知。

 けれど結果的にでもアンバーニオンで、家族の住むこの街の何かを守れていたらいいな、と思うことにした。


 上を向くとまぶしい太陽。冬のくすんだブルーの青空に雲は無く、そこに白樺しらかばの木が映えて、宇留の好きな切なイイ風景だった。


「うん!ありがとうね」

 微笑むヒメナに礼を言った宇留はとりあえずログハウスに戻り、護森の帰りを待つ事にした。









 



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