第5話 重い拳


 スーツの男。

 鍵村 跑斗(かぎむら あがと)改め、アルオスゴロノ帝国の戦士、エシュタガは、祭壇通路“入り口„の岩壁に背を預け何かを待っていた。



 コォぉ······という空気が吹き抜ける音がすると同時に、全力で岩壁に体を押し付ける。

「!」

 体は岩壁を通り抜け、元の洞窟内に戻った。エシュタガが顔を上げると、頭上のオレンジ色に光る小さな氷柱が丁度光を失う瞬間だった。

 そしてそこから少し奥に進んだであろう場所から会話が聞こえる。


 長居は無用か?

 エシュタガは洞窟を後にした。




 「どうされましたか?」

 氷柱見学会の運営メンバーの老紳士。護森 夏雪なつゆきが頼一郎と柚雲に優しく声を掛けた。

「あぁ!護森さん!ウルくんが、孫が急に居なくなってしまって!」

「岩の中に入ってしまったんです!」

「···ユックちゃん···それは···」

 二人は早口で相当慌てているが、護森は柚雲の発言に注目したようだ。

「須舞さん、この当たりには落ちたりするような横穴などは無いんです。事故の可能性は低いと考えます。所でお姉さん、岩の中に······という話をもう少し詳しくお願いできますか?もしそれが本当なら、私に心当たりがあるんです」

 背の高い護森は、膝を曲げて目線を柚雲の目線まで下ろし、ヘルメットのライトが眩しくないように手で押さえて上にずらしながら丁寧に聞いた。

 柚雲がその時の状況を護森に説明していた時······。

「見学は中止です!皆さん外にお集まり願います!」

 係員の叫びが聞こえてきた。何度も繰り返し叫び洞窟を巡回しているようだ。

「護森さん!これは?」

 係員の方を見る護森に頼一郎が尋ねる。

「大丈夫です。とはいきませんが、一旦とりあえず外へ···行きましょうか。」



 流珠倉洞の入り口の前では宇留以外の客全員が集められ、運営側と連絡しに来た地元の消防団から説明があった。


 軸泉市全域に避難勧告。このまま全車輌で隣村の避難場所または、希望の地域まで移動する事。


 客達は家族や車などの心配を口にしたり、動画実況を撮影する男はスクープを熱く語り、護森が後始末を他のスタッフに任せたりしている中、柚雲はついに心配がピークに達し泣き出してしまった。

「おじいちゃん!どうしようどうしよう!ウルも!おばあちゃんもー!もー!どうしよう!」

「ばあちゃんは大丈夫だ!いつも真剣に二人で避難訓練参加してッから!逃げてくれてるよ!あ···宇留くんは······」

 困った頼一郎と柚雲に護森が言う。

「お待たせしました。私の車で来て欲しい所があるんです。きっと弟くんもそこに···来てくれると····」

 その言い回しが少し気になったような頼一郎と柚雲だったが、避難客とは別に護森の車に乗り込み、駐車場の更に奥の未舗装の林道に三人は向かった。






 一方、軸泉湾。


 湾口には軍艦が二隻、空にはヘリが数機飛び回り、道路は軍用車だらけで物々しい雰囲気に包まれていた。

 更に軸泉市を中心に三角パタパタが三体、我が物顔でヘリをあしらい飛び回っていた。


 湾内の南側は漁港、東側は太平洋、西側の工業地帯と海浜公園を挟んで、北側の砂浜と海洋関連施設地帯にある水質試験場の仮設指揮所に向かって、海沿いの崖にへばりつくように作られた道路脇を二人の女性が歩いていた。

「クッそー、あれじゃまるでUFOだよ」

「いやUFOダヨ」

 防衛隊の礼服を着て、髪をアップにした三白眼美人。

 コードネーム:パン屋ヶ丘 わんちィが、

 困り顔に泣き黒子ボクロツインテール童顔。

 コードネーム:駅弁ヶ駅 パニぃ に指摘した。

「わんちィもUFO飛ばしてるじゃん」

「ドローンね?」

 わんちィは海面より少し上にドローンを飛ばしていた。ドローンには、なにやら怪しいカゴがぶら下がっている。

「わんちィさぁ?あのスイカ泥棒走って追いかけた時のスッゴい伸びる全然タイトじゃないゴムのタイトスカート、あれ今になってなんか面白くなってきたんだけど、どこで買ったの?」

「オシエナイ、ウルサイ、キガチル······っとぉ!ここら辺かな?」

 ドローンは海の上のある一点で静止している。

「デジタルっぽいの保護した?」

「デジタルっぽいの保護したよ!クッキー缶の中とか」

「本当にいいの~そんなんでェ?知らないよ?ピ!」

 わんちィがコントローラーのスイッチを入れると、カゴが開き手榴弾のような物が海中に投棄される。すぐにボンッと海中で短い音と閃光が閃くと共に、ドローンが海に墜落した。


 軸泉市に展開中の防衛隊は“予定通り„一時的な電波障害を確認したが、すぐにそれは収まった。そして彼らは数分後に、潜水艇解放の知らせを聞くことになる。


「あ~あ、勿体ねェ!UFO」

 パニぃが嘆いた

「UFOとドローン、どっちもね?」

 わんちィがニヤリと笑顔になる。わんちィは笑ったまま、茂坂と三竹に連絡をとろうとする。

[ガーーピーーートゥルルル、コチラはデス、花火遊びの季節ですが、カエリましょう、ホイぃーーーン]

 その時、近くの防災サイレンがバグった。

「ありゃあ、やっちまったな?」

「だははは!季節じゃないよね?今!いや!いいかも冬花火、今度やってみっか!」

 他人事のように言うわんちィに、パニぃが続けた。

「でさぁ!わんちィあのさ、前に私がさ、車の後ろに居るのわんちィ知らないで運転しながら変な歌歌ったり、一人でウケたりしてたケド、あれ今になって面白くなってきたから歌のタイトルとか教えて?」

「オシエネェ!ウルセェ!キガチル!」

「今何にもしてないからイイじゃん!」

 そんなやり取りをしながら仮設指揮所の方に徒歩で戻る二人を、付き添いの隊員達がいぶかしげな表情でうかがっていた。


 「(本当にあの人達が噂のパン屋ベーカリー駅弁屋ランチャーなのか?)」


 「(火炎放射機とか鉛弾とか、ばらまくオッカナイ人って聞いてたけど······)」

 隊員達が気が付くと、わんちィが振り返りニヤリとしているの見てビクッと驚いた。

 口元は笑っているが、目は怪獣のようにジロリとしていて、パニぃがそれを見て、口に手を当てプククとほくそ笑む。しかしすぐに向き直り再び歩き始めた。

 「(母ちゃん、俺、家に帰りてぇよ···)」

 隊員達は何故か、今の作戦以上の戦慄と郷愁の念を覚える他無かったという······。




          ·




「······ああ、そうだな、まだ始めたばっかりなんだからコツを掴むまで焦んなよ?·····ん?こっち?今から仕事みてーなもんだ······あとあれだ、アイス二つ入ってっけど全部食っちまっていいぞ·····じゃ今から出っから···おう!······お前もな?、じゃなーー···」



 藍罠が重拳制御車の後部座席、腕操部アームレスラー内部で、スマホの電源を切りポケットにしまった。

 右腕に白い腕の着ぐるみのような追従感知器トレーサーを装着し、様々な装備品が取り付けられたヘルメットのバイザーを左腕で下ろす。


「妹ちゃんか?」

 防衛隊では、作戦前に家族との会話が許可されている。

 それを終え準備が整ったであろう藍罠に、運転中の椎山が尋ねた。


「······参っちゃいますよね?」

「どうした?藍罠」

「まぁいじめって程でも無いんスけど、ちょっとアイツ、トラブっちゃってて。悪い事重なって同級生は学校来なくなるわ、トラブルメーカーの毒親モンペに狙われるわで、もう······で、事情相談、上に話して都内から岩掌県こっちに来てるんスよ」

「世帯宿舎に入ったのはそういう事か。大変だったな?」

「でもって、強くなりたいとかで師匠せんせいの所で空手始めちゃうし」

「マジか?よりにもよって······」


[二人共、今いいか?]


「「はい!」

 茂坂が静かに会話を遮る。

[潜水艇ひとじちは解放された。とりあえず警戒おとなしくしている理由が一つ減った。何があったかは後からだが、市内に入ってからは緊急展開もあると念頭に入れておいてくれ]

「「了解です!」」


 重拳隊は防衛ライン上の路側帯に停車中の通信隊の脇を抜け、軸泉市に向かうトンネルに入った。

 それを見た通信隊のメンバーは、二車線を全て使った上にトンネルスレスレに侵入する重拳の大きさにヒヤヒヤしていた。










 軸泉市、高空。


 アンバーニオン内部でディスプレイから地上を眺めた宇留は、ここが日本列島北部の上空である事を確認した。

 同時にこのような状況にあっても、何故か冷静な自分を少し疑問に思っていた。


 旅の前日、スマホのマップで軸泉市を調べた時をなぞる要領で地上に視線を向けると、ディスプレイは勝手に軸泉市をズームアップする。


 幾つかの川が河口で一つに合流する特徴的な地形。まるで海から巨大な龍が手を伸ばし、三本の爪痕を大地に残したかのような、幅の狭い扇状地に開析かいせきされた川沿いの街。間違い無く軸泉市だった。


 すると自分は流珠倉洞から、この空の上のアンバーニオンの中まで、瞬間移動でもした事になる。

 仕組みを考える前に、宇留には軸泉市が異様な雰囲気に包まれているのが分かった。

 市内の道路は閑散としており、海には軍艦が集まり、ヘリが多数飛び交っている。

 そして空をあり得ない軌道で飛び回る何か。それを視線に捉えた時だった。

 ディスプレイの周囲、操玉内と画面を隔てるもやの様にマーブル状に歪む質感テクスチャーの部分、それが赤く変わる。それは警報であると宇留は理解した。


 その内…、ヘリが一機撃墜されたのか、突然爆発した。


 「戦···争?!」

 宇留が呟く。


 (アルオスゴロノ帝国······)


 琥珀の少女が再び、その国の名をささやく。


 (彼らは土地を持たず、その魂の中にのみ国を持つ、それを許しと身勝手に捉え、人の心を汚し貪る…)


 琥珀の少女が異端と呼び、防衛隊が食い止めている何か良くないもの。

 そしてアンバーニオンから感じる、猛りのような感情。

 そして何より、宇留はあの街に居る柚雲と祖父母が心配だった。


「ねぇ!教えて!」


 (?、?)


「どうすればこの·····アンバーニオンを、アンバーニオンをちゃんと動かせるのか?」


 (あの場に居た君は、琥珀の戦士なかまじゃないの?)


 

「よくわかんない、違うと思うけど、何とかしなきゃ!もう思い出が汚れるのは許せない!」


 琥珀の少女は、少し考えて答えた。

 

 (······もうアンバーニオンは君の全てと共に有る。単純に全てが君の自由だよ···)


「······ありがとう!」

 小さい声だったが、宇留は琥珀の少女に礼を言うと、託された“力„を心の奥で噛み締める。





「フゥッ!」

 宇留が強く念じると、アンバーニオンは体全体から衝撃波を発し、超高速で軸泉市に向かって飛び下って行った。









 その頃、軸泉市ではヘリ部隊が重拳隊の到着を上空から確認していた。

 茂坂が指揮所とのやり取りをしている間、制御車とヘリ部隊が挨拶を交わす。

「こちらカゼ 1《ワン》、J4《ジェイフォー》聞こえるか?」

「こちらJ4、通信感度ヨシ。戦車より早く着いてすまない」

 椎山が答える。

「貴隊の加勢に感謝する。こちらのカゼ2、4で敵をそちらに誘導する。早速一発かましてカゼ3の仇を打ってくれ」


[まだくたばってネぇ]


 市内の商業施設の駐車場に、撃墜され不時着したカゼ3ヘリのパイロットがまだ生きていた無線で割り込む。

「了解した。だが、こっちは峠でクマに見つめられながらパンクしたタイヤを交換した時以来の実戦だからお手柔らかに頼む」

「·····カゼ1了解。今夜はUFO鍋といこう、健闘を祈る」


 特別移送形態と化した、がらんどうの軸泉市中央の三車線の大通りを進行していた重拳隊が動く。

 先頭の茂坂の指揮車と、椎山、藍罠の制御車が、十字路交差点の右左折両脇に寄せて停車し重拳を先行させ、制御車がすぐに追随する。三台のバックアップ車は指揮車が陣取った交差点の手前でハザードを焚き、綺麗に車間を開けて停車した。


 「総員行くぞ。戦闘開始!」


 茂坂の号令で重拳の牽引車が重拳を切り離し、加速して次の交差点に右折で頭から突っ込み停車した。

 椎山は制御車を停車させ通信アンテナを立ち上げると、車体コントロールを切り替える。すると重拳は巨体に似つかわしくないスピードで市街中心部に向かって真っ直ぐに加速した。

 予定通りヘリ二機が三角パタパタの一体を、上空から挟み込むように追い込んで降下し、煽り飛行で大通り方向に誘導する。

 三角パタパタは重拳に気付き高度を下げ、確認するかのように近付いてきた。

 そして重拳と三角パタパタの進行方向が一直線に重なり、ヘリ二機の退避を確認した茂坂が叫ぶ。

 「今だ!」

 重拳のアームが展開し、巨大な機械の【手】が現れ、天を掴むように広げられた指先は直ぐに握り固められ拳が突き上がる。

 相手の意図に気付いた三角パタパタは、前のめりになってまで減速したがもう遅かった。

「椎さん!」

「おーよォ!」

 藍罠は右腕を構えた。重拳のアームもその動きに連動して肘関節を引き絞る。

 藍罠のリクエストを汲み、椎山が急ブレーキをかけると同時に車体後部底面のジャッキのようなものが路面を瞬間的に叩いて跳ね、先頭車ヘッドを軸にして後部の腕部積載車アームキャリアが浮かび上がり、拳は更に高い位置まで上昇する。

 まるでサソリが振り上げた毒針の尾が如く、振りかぶられたパンチが大地を滑るように見えたかと思うと、拳先は的と化すまで前のめりになった三角パタパタのど真ん中を捉えた。


 ゴパァアアアン!


 轟音を響かせ三角パタパタは白い火花を残して爆砕し、残骸は虚空にボヤけるように溶け散った。


 重拳は器用に車体とアームをくねらせて畳み、先頭車のジョイントが渋みを効かせながらゆっくりと腕部積載車のタイヤを道路と平行に着地させると、何事も無かったように再び走り始めた。


 AIセンサーの自動連動によって障害物や地形などを瞬時に識別し、最小限の軌道で最大限の姿勢荷重制御を可能にした瞬間舷外浮材モーメントアウトリガーと、小型ロケットブースターが多数、車体各部に装備される事で、車輌ではあり得ない程の機動性を確保しているのである。


「バックアップ車は予定通り補給地点ピットイン配置に着け。J4、この調子で行くぞ」

 茂坂が指示を出す。


 離脱したカゼヘリ2、4に向かって、残った三角パタパタ二体が方向転換する。

 椎山はレーダーに映る状況を見逃さなかった。


「こちらJ4!カゼ2、4!そっち行くぞ!チャフ撒いてズラかってくれ!」


 重拳の車体後部、カウンターウェイトラックの一角からスライドして現れたミサイルランチャー、そこから精密識別小型誘導弾が二発、その二体に向かって放たれる。

 弧を描いて打ち上げられた誘導弾は少々自由落下したのち、水を得た魚のように推進を取り戻した。

 カゼ2、4が放ったチャフのカーテンと誘導弾の目ロックオンに挟まれ、慌てた素振りを見せる三角パタパタ達。彼らに向かって飛ぶ誘導弾。

 命中の瞬間、先行の一体が後行の一体を盾にするように動いて誘導弾二発を防ぐ。

 しかし爆煙の中から、一体が急上昇して飛び出した。

 墜ちた後行の一体は先程機銃での攻撃を受け、一度墜落してダメージを受けていた個体だった。


「どこまで昇る?」

 急上昇を続ける残り一体を、指揮車から見つめる茂坂。

 重拳は再び、先頭車を軸に再びその場でゼロ度Uターンを敢行して向き直る。


 その時、仮設指揮所からアラートが入る。


 目標、三角パタパタ二十五体が海中より上陸。一体ごとに側面から三本の足を生やして川を遡上している。全個体が大小様々な大きさの岩を運搬中。


「総攻撃のつもりか?」

「まぁアレだけってぇ事ァ無いよな?」

 椎山と藍罠だけで無く、防衛隊全員が敵の群れに身構えていた時だった。



 キュバ───────ン!!



 軸泉市上空で破裂音が響いた。


 何かが高速移動から急停止を行った事で大気が弾けた音だった。

 その衝撃波に巻き込まれたのか、先程空に逃げた三角パタパタの一体が、白い火花を散らしながら錐揉きりもみ状態で落下して例に漏れず爆発して消滅した。

「何だ?」「隕石?!」

 藍罠が重拳のカメラを通して、空を仰ぎ見る。

 


 昼の日差しがオレンジ色に変わりつつある、晴れた夕方前の街の上空。

 衝撃波で吹き飛び、散った雲で形作られたまるい天の門。


 その中心から巨大な何者かが、ゆっくりと降りて来た。

 

 「太陽由来1(サニアン ワン)······!!」



 茂坂は上空のアンバーニオンを見上げ、その仮称を呟いた。



















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