第10話 呪喰
「よし、これで全員だな。ついでに向こうの船も沈めておくか」
商船に乗り込んでいた海賊を皆殺しにして、ソレイユが今度は海賊船に目を向ける。
「【疾風】」
振るった刀から放たれる魔力の刃。
かつて海竜グレナタティアを
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「うわああああああああああああああっ!」
縦に切断された海賊船が沈んでいく。
どうやら、向こうの船にも何人か海賊が残っていたらしい……船の巻き添えになり、一緒に海底に沈んでいった。
「よしよし……『害虫を駆除する時には一匹残らず』。先生の教えをちゃんと実戦できたな!」
ソレイユが満足そうに海賊の末路を見届けて、踵を返した。
「今度はこっちの問題だ……こういう時、どうしたら良いんだろうな?」
向かう先で、女性が気を失って倒れている。
服を破られて半裸になっており、海賊の血で全身を赤く染めていた。
前者はともかくとして、後者はソレイユの責任である。
「とりあえず、水で洗ってあげようかな」
ソレイユがマジックバッグから皮袋を取り出した。
それもカグヤが遺してくれたマジックアイテム。魔力を注ぎ込むことで水を生み出すことができる便利な道具だ。
「よっと」
「あ……」
皮袋から溢れ出た水を、彼女の身体にたっぷりとかける。
女性の口からむずかるような声が漏れたが……まぶたは硬く閉じられたまま、目を覚ます様子はない。
「よし、これで身体は綺麗になったな…………おお?」
ソレイユが両目を瞬かせた。
血を洗い流して改めて思うが……美しい女性である。
『水も滴る美女』というのは彼女のためにある言葉なのだろう。
濡れた髪と肌が驚くほど色っぽく、小さく呼吸を繰り返す口元は薔薇の蕾のようである。
そして……何よりも太陽の下で惜しげもなく剥き出しになった胸。
形の良い乳房は至高の宝玉のよう。男であれば誰しもしゃぶりつきたくなるような魅力があった。
「何だ……この感じ。すごいザワッとするな……?」
正体不明の感覚にソレイユが首を傾げる。
それは師と二人きりで生活してきた青年にとって、『性』の発芽とも呼べる事象だった。
初めて出会った家族以外の異性。それもとびきりの美女に対して、彼の中で『男』が目覚めようとしていたのである。
「変な感じだけど妙に嫌じゃないような……この胸とか、特に………………ん?」
しかし……そこで先ほどまでとは別の理由でゾワリとした悪寒が走る。
「これは……!」
服を裂かれ、暴かれた女性の胸元。
柔らかそうな二つの膨らみの間に蚯蚓腫れのような赤い線が走っていた。
のたうつ蛇のような刻印。見た目もおぞましいが、そこから発せられる気配は鳥肌が立つほど毒々しい。
「呪いか……」
ソレイユだからこそ理解できる……それは呪いの刻印だった。
どんな効力があるのかはわからない。
しかし、かなり強力な呪いであることは明白。
何者かが悪意によって、彼女に忌々しい運命を背負わせたのは確実だった。
「…………ジュルリ」
だが……そんな邪悪な刻印を目にしたソレイユの反応は意外なものである。
口からヨダレを流したのだ。ごちそうを前にした子供のように。
女性の乳房に興奮しているわけではない。先ほどまではそれもあったのだが、今は呪いの刻印に目を奪われている。
(何故だ、どうしてこんなに美味しそうなんだ? 赤くて不気味で見るからに邪悪なものだっていうのに……!)
「いただきます……!」
ソレイユの口から自然とそんな言葉が漏れる。
眠ったままの女性の胸を鷲づかみにして左右に分けて、その中心に唇を落とした。
「アアッ……!」
柔肌に吸いつかれて、女性の口から悩ましい声が漏れた。
蜂蜜のように甘く、蕩けるように淫靡な音色。
耳から入ってくる女性の喘ぎを聞きながら、ソレイユが舌と唇を動かした。
「チュ……ンクッ、ゴクゴク……!」
そして……吸い出していく。
女性の胸に刻まれた呪いの刻印を。その奥に秘められた邪悪を飲み込んでいく。
本来であれば触れることもできないはずの呪いが強引に引きずり出され、ソレイユの体内に取り込まれる。
ソレイユが呪いを吸い出すたび、彼女の胸に刻まれた刻印が薄くなっていった。
「ンアアッ! アハアアアアアアアアアアアッ!」
そして……女性の口から一際大きな叫びが上がった。
苦痛の悲鳴ではない。解放と官能の喘ぎである。
彼女の胸からスルリと黒いムカデのような何かが引き出されてた。
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!』
呪いのムカデが絶叫する。
そして……何を思ったのだろう。自らの体節を切断して、身体を真っ二つにさせた。
「あ、逃げた」
『ギィ……』
ムカデが女性の胸の内側に逃げていく。
深く深く、ソレイユでも吸い出せないところまで潜ってしまった。
「あーあ……仕方がないな。ごちそうさま」
ソレイユが口元を腕で拭う。
根元まで喰らうことはできなかったが、呪いの大部分はソレイユの口の中に消えていった。
彼女の身体を蝕んでいる呪いはかなり軽減されたことだろう。
「……って、俺はいったい何をやってるんだ?」
ソレイユが怪訝そうに首を傾げる。
何故だかわからないが、女性の胸の刻印を見た途端に飢餓感に襲われたのだ。
口をつけ、吸い、啜ってみると、途端に飢餓が満たされて悦びに変わった。
呪いを食べるだなんて、どうかしている。
そもそも、そんなことができる意味がわからない。
「呪いを食べちゃったけど、ちっとも不快じゃないな。気のせいか力が増したような……?」
気のせいではない。
呪いを取り込んだことによって、ソレイユの魔力はいくらか上昇していた。
「よくわからないが、俺はまた強くなれたみたいだな……とりあえず先生に感謝しておこう」
「ンッ……私はいったい……」
「お? 目を覚ましたのか?」
考え込んでいるうちに女性が目を覚ました。
長い睫毛を生やした瞼がゆっくりと開いていき、青い瞳にソレイユの姿が映る。
「あなたは……?」
「大事が無くて良かったじゃないか。俺の名前は……」
「ヒッ……!」
名乗ろうとするソレイユであったが……女性の顔が恐怖によって引きつる。
ソレイユは意識していなかったが、彼の両手はいまだに女性の乳房を掴んだままである。
客観的に見て、二人の構図はソレイユが彼女を襲っているようにしか見えない。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ぬあっ!?」
甲高い悲鳴と共に女性の右手が唸る。
振り抜かれた掌がソレイユの頬を撃ち抜き、「スパアンッ!」と小気味良い音が青空に上がった。
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