呪喰の魔剣士 国中の災いを背負わされて海まで流されたが復讐なんてしない。どうでもいいので最強を志す

レオナールD

エピローグ 呪喰の魔剣士

 皮肉なほど晴れ渡った空。

 蒼穹に照る天空の下、人々が争い殺し合う戦乱が巻き起ころうとしていた。


 平原を整然とした軍隊が行進している。

 万を超える兵士が統率のとれた動きで同じ方角に向かっていた。

 彼らの目指す先には小さな古城がある。

 いつ建造されたかもわからない古城は城壁はツタで覆われており、門扉はガタガタ、内側に土嚢を積んで補強していなければ一押しで倒れてしまいそうだ。

 古城に詰めているのは百人ほどの兵士。城内は葬式のように落ち込んだ空気で満ちており、誰もが諦めきった様子で項垂れている。


「ハア……終わりだ……」


「死にたくねえ……嫌だ……」


 誰からともなく、絶望の声が漏れる。

 古城を守っている兵士……彼らは正規の兵隊ではない。

 戦争のために徴兵され、無理やり砦に送り込まれた平民である。初めて武器を手にした人間も多い。

 沈む船から逃げようとした兵士もいたが、いずれも上官によって殺された。

 士気など上がるわけもなく、迫りくる死を消沈した様子で待っている。


「こんな場所、守って何になるんだよ……クソみたいな古城で死にたくねえよ」


 誰かが口にしたつぶやき。それは全員の内心を代弁している。

 彼らは捨て駒。いわゆる『死兵』だった。

 さほど軍事的価値もない古城に詰められて、敵の軍勢と戦って。

 そうして、後方にいる本隊が戦いの準備を整えるまでの時間稼ぎをするのが仕事である。

 つまり……ここにいる兵士達は死ぬことが前提となっているのだ。


「全軍、砦を囲め! 包囲が完了したらすぐに攻撃を開始せよ!」


 砦の外。到着した敵軍の指揮官が声を張り上げる。

 やってきた一万の軍勢。彼らもまた、正直やる気なんてない。

 こんな古城を落としたところで手柄にならないことくらいわかっている。

 それでも、進行方向上にいる敵を放置して先に進むわけにもいかないため、仕方がなく攻撃しようとしているのだ。


「こんな薄汚れた城になど構ってはいられん! 一日……いや、一時間で落とすぞ!」


「ヒイイイイイイイイイイッ! 来たああああああああああああっ!」


「攻撃開始!」


「うわああああああああああああああああっ!」


 攻城側の指揮官がやけっぱちのように叫び、防御側の兵士が恐怖の悲鳴を上げる。

『一万』対『百』。やる前から結果が見えた戦い。

 本来であれば歴史に残ることもなく、戦乱の時代に起こったありふれた諍いとして終わる……そのはずだった。


「ああ、やっと来たか……いい加減、退屈していたぞ」


 だが……そうはならなかった。

 この戦いは英雄が頭角を現した戦いとして、奇跡の逆転劇として後世に語り継がれることになる。

 誰もが予想していたものとは異なる結末をもたらしたのは一人の青年だった。


「敵は……一万か。舐められたものだな」


 城壁の上。

 口角を吊り上げて牙を剥き、青年が嗤笑した。

 二十歳ほどの年齢の青年である。この国では珍しい黒髪紅眼の持ち主であり、顔立ちは非常に整っていた。

 青年はボロボロの城壁に悠然と立っており、腰のベルトに佩いた剣の柄に手を添えている。

 周囲の敗色ムードを意に介した様子のない堂々たる姿。その背中から滲み出る色濃い闘志。

 威風堂々。剛毅果断。泰然自若。唯我独尊。

 自分が負けるかもしれないとは微塵も考えていない覇者の佇まいである。


「それじゃあ……くか!」


 青年が城壁から飛び降りた。

 小さい城とはいえ、壁の高さは十メートルほどある。

 しかし……青年は軽く地面に飛び降りて、同時に剣を抜き放つ。


「何だ、誰か降りてきたぞ?」


「一人か? 自殺志願者じゃないか?」


 砦を攻撃しようとしていた敵兵が怪訝そうな声を漏らす。

 嘲りの混じった笑みを浮かべながら、青年に武器を向けてくる。


「まあいい、殺せ!」


「死ね!」


 青年に兵士が殺到した。

 十人の兵士がよってたかって青年に斬りかかり、数の暴力で押し潰そうとする。


「フッ!」


 だが……短い裂帛れっぱくの声と同時に銀閃が走る。

 一瞬の後、青年に襲いかかった兵士の身体がバラバラに斬り刻まれた。


「なっ……!」


「馬鹿な!? 何が起こったんだ!?」


 惨殺を目撃していた他の兵士が愕然とした様子で声を上げる。

 一瞬で地面に散らばる人間の死骸、広がる血だまりの中心に剣を手にした青年が立っていた。


「次」


 そして、青年の姿が消える。

 続いて、別の場所で血しぶきが生じた。

 青年が一瞬で目にも留まらぬ速度で移動して、他の兵士に斬りかかったのだ。


「次。どんどん行くぞ!」


「こ、殺せ! この男を殺せええええええっ!」


「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」


 今更になって、敵兵は青年が想定を超える危険分子であると気がついた。

 剣や槍を手にして青年に躍りかかる。弓兵が矢を放ち、魔術師が魔法を撃つ。

 危機感に背を押されながら、青年をどうにか討ち取ろうとした。


「遅い」


 だが……戦場に上がるのは青年の悲鳴ではなく血しぶきである。

 青年が地面を蹴るたび、戦場を駆けるたび、剣を振るうたび、あちこちで敵兵の身体が斬られて命が断たれていく。

 誰も青年の攻撃に反応することができない。

 風のように、あるいはそれを上回る雷のように圧倒的な速度で敵を屠っている。


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!」


「ぐわああああああああああああっ!?」


 十、百、千……一万いたはずの敵兵がどんどん減っていく。

 簡単な仕事のはずだったのに。勝利が決まっている戦いのはずだったのに。

 古城を叩き潰して、百人ぽっちの兵士を皆殺しにするだけだったのに。

 それなのに……青年一人によって戦況が覆された。もはや、戦いにすらなっていない。

 戦列が瓦解して兵士が逃げ始めて、逃げ遅れた者は希望を失ったような顔で膝をついている。


「鬼だ……」


「怪物だ……化け物だ……」


「屍を喰らう鬼が出たのか……?」


「助かった……だけど、アレは本当に味方なのか?」


 絶望した敵兵だけではなく、砦にいる味方の兵士からも恐怖で引きつった声が漏れる。

 そうしているうちにも青年はどんどん敵を斬っていき、地面に転がる死体の数を増やしていた。


『食人鬼』

『黒き夜叉』

『赤目のオーガ』

『エルダナ平原の悪夢』

『万人殺し』

『呪喰の魔剣士』


 後世にいくつもの雷名と悪名を轟かせることになる英雄は、その時、産声を上げた。


 だが……物語の始まりは戦場に彼が現れるよりも二十年前。

 大陸中央の覇権国であるシュバーン帝国にて、幕が開かれる。






――――――――――

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