第6話 ピンポンダッシュ
俺は今、末っ子のためにクッキーを作っている。もちろん末っ子専用じゃなくて家族全員が食べられるものではあるけど。
「相棒、何作ってんだ?」
「ん? クッキー作ってる。前、調理実習で作ったやつを龍牙にも食べさせようかと思ってたんだけど、出来なかったから」
「必要ねぇだろ」
「そんなこと言うなって」
この前の食堂の一件から四男と末っ子の関係性は悪くなっている。もともと悪かったが、更にだ。
あまりにも喧嘩しすぎて物を壊すわ、部屋の中をぐちゃぐちゃにするわでさすがに父親と兄に怒られていた。
あ、兄ってのは次男のことね。あの時の兄の叫びは鼓膜が破れるかと思ったぐらい大きかったよ。窓もがたがた震えていたし。
まぁ、そんなことは置いといて、あとは型を抜いて焼くだけ。シンプルだけど、甘めに作ってある。
もちろん
そして、作ってわかったんだが、めちゃくちゃ疲れる。普通に作るよりも更に。
力を込めているからだろうなとは思うけど、これ、毎回は作れないな。
「外出てくる」
「あ、龍牙。出る時間少しずらせる? あと少しでクッキー出来上がるんだけど」
階段を下りてくる末っ子。そのまま玄関に向かおうとしていたから呼び止めた。あと少しで出来そうだし、味の感想も聞きたいしな。
「無理かな」
「そっか」
そう言って玄関のドアを開けて出ていった。今日は特に部活とかはないみたいだし、なんの予定かはわからないけれど、こうやって暇な日は出かけることか多くなった。
末っ子って言ったってもう13歳だ。自尊心が芽生えたりする年でもある。だからあまり干渉すべきではない。
それは分かってはいるんだが、やはり心配ではあるのだ。
「相棒、クッキー出来上がったぞ」
「冷ましてから食べるんだぞ」
トングでクッキーを皿に入れ、すぐに手を付けようとする四男の手を、自分の手首で軽く叩いた。
元々結構な量を慶は食べるが、運動部に入ってからは更に増している。
「相棒、もういいだろ?」
「ちょっと待って」
クッキーの1つを触り、熱くないのを確認すると、慶が1つを食べ始めたと同時に玄関のチャイムが鳴る。
俺たちがやり取りしている間、ずっと無言だった父親がカメラ付きインターホンの画面を付けたが、そこには誰もいなかった。いたずらか?
不思議そうに画面を眺める俺たちと父親。
そしてすぐ興味を失ったのか、慶はもう一個のクッキーに手を伸ばしている。
「龍牙とか俺の分も残しといてよ」
「わかってるって」
覗き込んでくる父親に1個渡し、母親にも渡し自分も1個食べる。
うん。
毎回同じ味になるのか今度検証してみるか。そんな頻繁には作れないけど。
最初言った通り力を込めているからか疲れが半端ないから。
「うまいうまい」と隣で言いながらもう1つに手を出そうとしている慶。それを止めているときまたチャイムが鳴った。
「誰だよ!」
家族の時間を邪魔されてなのか短気な慶がキレた。
イライラした状態で玄関に向かい、玄関棚に常備してある
カメラ付きインターホンを押して確認してみるが、やはり映っていない。
なんだろう。確認しないと気が済まないのに、開けたらいけないような気もする。
慶も同じなのか父親が確認のために開けようとしているところを止めている。
「母さんそこで待ってて」
庭に続く大きな窓から玄関が見える。そこで確認して見るしかない。
レースを少し開けて玄関を確認するが、やはり誰もいなかった。
「慶、外誰もいなかったよ」
「じゃあ2回のチャイムはいたずらか。誰だよ休日にピンポンダッシュするやつ」
足音立てながら居間に戻ってくる慶。机の上に置いてある皿に手をまた伸ばして食べようとしているとき、外へ出る用の窓に水がかかったような音がした。
気を抜いていたから急な音に肩が跳ねてしまって、恐る恐る窓を見ると血がべっとりとついている。
慶も気づいたのか、「なんだこりゃ……」とか言っている。
そんな時に玄関の扉が開き、またもやその音に驚いていると、居間に近づいた弟が不思議そうに俺を見ている。。
「窓見て何で固まってんの? ああ、それ。変なのいたから始末しといた」
「そ、そうか」
そう言って手を洗いに行った龍牙。体が動かせなくて横目で見たが、龍牙の口もとには血がついていたように見えた。あれは何の血だ?
「てめぇ、またやったな!」
「始末しただけなんだけど」
慶も気づいて手洗い場に走って向かっていった。そこで喧嘩し始めている。
とりあえず落ち着こう。クッキーだけじゃ口が渇いてしまうからお茶準備しなきゃ。
「じゃあその口元のはなんだ!」
「近くのハンバーガー屋さんに行ってただけだけど」
「ここから近くって言ったって1キロあんだぞ。そんな短時間で戻ってこれるわけねぇだろうが」
「行けるし」
「いくらてめぇの足が速いとは言っても自転車よりかはおせぇだろ」
そんな喧嘩の声を聞きながら俺は父親と母親、そして自分の分のお茶を注いだ。
なぜ止めないのかって?
止めてもまたやり始めるからだよ。
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