【第五章】

 私は小さい頃から『天才』だと言われてきた。

「⬛︎⬛︎ちゃんはとっても賢いのねぇ」

「⬛︎⬛︎ちゃんは、今年のピアノコンクールで優勝したんだってね」

「⬛︎⬛︎ちゃんは、県の絵画コンテストも金賞らしいよ」

 誰もが『私』を褒める。

 だが、そこには『愛情』は存在しない。

「どうして百点じゃないのよ!お母さんの子供なんだから出来て当然でしょう⁉︎」

───どうして、認めてくれないの?

「なによ、その反抗的な目はっ!誰があなたを育てていると思ってるの!」

 『私』の頬を怒りのまま叩く。

───どうして叩くの?

「ごめん、なさい…………」

 叩かれたのが痛くて涙が出そうだ。

「今日のお夕食はなしだからね!」

 毎日が拘束された生活。



 それは中学に上がっても変わらなかった。

「えーっ!模試のテスト、全国一位だったの?すご!」

「今回の中間も学年一位らしいよ」

「⬛︎⬛︎さんが学級委員をやってくれると、先生助かるなあ」

「⬛︎⬛︎さんがいたら本っ当に安心だわ」

「⬛︎⬛︎さん」

「⬛︎⬛︎さん」

「⬛︎⬛︎さん」


───もうやめて。


「ほんと、私そっくりのいい子に育ってくれてよかったわ」

───もうやめて。

「⬛︎⬛︎」

───その名前を呼ばないで。

「⬛︎⬛︎?」

───うるさい。


 ここから『私』の心は壊れた。

───『私』は⬛︎⬛︎じゃない…………。

「⬛︎⬛︎さんなら、ここの⬛︎⬛︎大学附属高校に行けますよ」

「⬛︎⬛︎高等学校にも行けますね」

「いえいえ、うちは●●高等学校に行かすので」

「……そうなんですねぇ〜………」

───ああ、まただよ。

 『私』の意見は聞いてくれない。『私』は人形のような扱い。

「お母さん、私ここの高校行きたい」

 『私』が見せたのは県外の附属高校だった。

「どうして県外なのよぉ。近くにもあるでしょうに」

 母ばぶつぶつと文句を言ったが、『私』は親元から離れるために何度も説得をした。

「そこまで行きたいのね。なら、条件があります」

 母が提案したのは、入試では主席を取ること、定期テストではどんなことがあっても一番を取ること、だった。

「うん、わかった…………」

 どう頑張っても、親の呪縛から逃れられることはできないと悟った。



 高校に入って突然変わった。

『▲▲高等学校入試 主席 鯉浦天』

 足元が崩れるような思いだった。

 『彼女』にはどうやっても敵わない。

『一学期中間考査一位 鯉浦天 五百点

        二位 藤崎絢寧 四九九点』

 だが、どこかでスッキリしている自分がいる。


「どうして一番が取れないのっ!」


 また、ばしりと叩かれた。

「誰のお陰でこの高校に通えていると思ってるのよ!お母さん言ったよね、どんなことがあっても一番取りなさいって!」

───もう、無理だよ。

「こんなことが続くようなら、転校も考えますからね!」

 だが、あの高校から離れたくはなかった。

「ごめんなさい……次こそ、ちゃんと満点取るから……」


『一学期期末考査一位 藤崎絢寧 五百点

        二位 鯉浦天 四九八点』

 勝った。

───あの子に勝った。

 ずっと追い越せなかった女の子。

 彼女は結果が返されたその日、ずっと悔しそうな歪んだ表情をしていた。

───ああ、あの子の悔しい顔がまた見たい。

 全てが歪んでしまった。


 そのために、『私』は彼女をことにした。


 全ては『私』の優越感のため。

「鯉浦さぁん。ちゃんとしないと〜」

「早く食べなよ。ほら」

 全ては『私』の心の保持のため。


 全ては、『私』が楽になりたいから。


  *


「ど、う、して…………?」

 彼女はどうしていじめられなければならないのかがわからないと思っているのだろう。

「私が一番じゃないと駄目なのに……」

 ああ、目障りだ。

「うざい、うざい、うざいっ!あんたに私の気持ちなんかわかるわけない!」

 壊れた。壊れた。

 何もかも、壊れた。


「一緒だね……絢寧」


 違う、違う、違う。

───違う。『私』は違う、の…………。


 『私』はじゃない。


───⬛︎⬛︎なの。

 もう、その名前を忘れてしまった。

 忘れたくて、忘れた。

 消したくて、消した。

───どういう名前だっけ。

 思い出せない。

 思い出そうとすると、頭が痛くなる。

───なんだっけ…………。

「私は⬛︎⬛︎じゃないの」

 ああ、壊れたな。

 

 『私』もあの子も、全部な。

 おかしくなっちゃった。

───ああ、おかしいのはお母さんの方だ。

 歪んだ愛情の中で育てられ、全て自分が正しいと思わされる。

───全部殺してしまいたい。

 ずっと、違和感があった。

「ねぇ、本当に私を愛してる?」

 母にそう聞くと、必ず嫌な顔をする。

「愛してるわよ」

 そう言ってにこりと笑う。

───それは本当に?

 じゃあ、私のことを考えてよ。

 私、まだお母さんから何ももらってないよ。

「いい子でいてね」

 いい子って、いつまですればいいの?

 お母さんの言うこと聞いていればいいの?

 ねぇ、教えてよ。

「うるさいわね。あなたはお母さんの言う通りにしていれば何も問題はないわよ」

 そうなの?

 じゃあ。

「あなたの一番を遮る人がいたら粛正しなきゃね」

 私は『あの子』を『いじめる』ね。

 だって、お母さんの言う通りだもの。

 

 おかしくないでしょ?


 私のためだもの。

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