第29話 鮮血の造形士

 突如、視界に飛び込む人影。魔物を蹴り飛ばし、空中で転身。

 糸を切り離して急降下の勢いで敵を串刺す。息の根を止め剣を抜き鞘に収めた。


「ヴァルツ、ありがとう」


 礼を言ったが、彼は親子を一瞥して小さく言う。


「足手まといが……」

「ああっ、誰か!」


 背後から響く女性の悲鳴。ヴァルツは舌打ちして身を翻す。

 俺は親子を連れて後を追った。角を抜けた先では奮闘中のコリーの姿。一瞬だけ目が合った気がする。

 少し離れた場所のカフェテラスで、魔物に追い詰められた老婆がいた。糸と壁を巧みに使い、ヴァルツが飛び移って攫う。俺達の傍に着地して――。


「コリー! アレを出せ」

「ちょっ今!? つ、いってぇ」


 視線を外した一瞬の隙を敵の爪が裂く。腕を負傷して呻き声を漏らす。

 片方のトンファーを落とし、もう片方で次の一撃を防ぐ。蹴り飛ばした後で距離をとる。


「だりぃけど流し損になるよりマシか」

(何が始まるんだ)

「お前らはもたもたするな。来い」

「ごめん。行こう」


 俺は傍らの親子に声を掛けて2人の所へ向かう。

 援護され、応戦しながらコリーのほうを見る。彼は怪我をした腕を少々上げた。傷口から溢れるものが、地面に滴り落ち血溜まりを作る。

 それが一定量に達した時、彼の横顔が不敵に笑ったように見えた。


「糧を喰らい生まれよ、土傀儡ファントーチョ!!」


 血溜まりが染み込んで消える。蒸発したようにも……。

 直後に地面から微かな振動を感じ、血のあった所から土石の人形が出現。


「な、んて……」


 大きなそれを見て俺は絶句した。コリーも能力者だったのか。

 いや、それよりも起きた現象に我が目を疑う。これはモノを生み出す能力?

 俺が驚いている間に、指示を受けた人形が親子と老婆を抱える。身を強張らせた彼らにコリーは、やや険を和らげた表情で言う。


「振り落とされねーように頼みます」

「は、はい」


 固い声音で返す人々に背を向けた。

 ポケットからハンカチを取り出し傷口に巻く。それから武器を拾う。


「さーてと、一点突破しちゃう?」

「当たり前だ」

「2人とも一緒に戦ってくれるの。じゃあ仲間だね」


 不良で怖いと思ってたけど、意外にいい人なのかもしれない。

 嬉しくなって発した言葉に、息の揃った「違ぇーよ」の声が返ってきた。


「うぜぇけど戦力は有効活用するっしょ」

「言っとくが、無能行動とるカスは即切るぞ」

「が、頑張ります」


 鋭い文言に背筋が伸びる。声まで裏返ってしまう。

 簡潔な指示を受け移動開始だ。道を塞ぐ狼や山羊の魔物に氷と魔法の波状攻撃。

 敵群を両断してそこを一気に進む。人形はやや足が遅いので守るように陣形を組んだ。前をコリー、斜め左右を俺とヴァルツという三角形。


 密集地帯を突破し着実に学園が近づく。

 だが眼前に牛がおり、視線がこちらに向いてしまう。


「ンモゥーッ」


 突進してくる大角の牛を見てコリーが叫ぶ。


「待て待て! カウホーンとか、マジあり得ねぇんすけど」


 全然見たことのない魔物だ。

 一番前の彼が一瞬後退ったけど再び前に踏み出す。

 トンファーを捨て、先端にランタンがついた棒を虚空から創造。流血はなく静かに、そして早い。慣れた所作で防御姿勢をとる。

 ここは魔法で援護と即決し放とうとした時――。


「チェストォォッ!」

穿つは邪ツーチュアンシェイウ集うは黒闇ジゥチィヘイアン


 雄たけびと共に蹴りを叩き込む闘士。

 直後、闇の球体が敵周囲に複数出現。鋭く貫いた。

 視界に飛び込んできた女性の2人組。冒険者っぽくて、服装の文化が違う。


「ここはあたし達が受け持つわ。早く行って」


 闘士のほうが言った。もう1人は祈るように鏡を構えている。

 俺は風魔法でトンファーを浮かして拾い渡す。ヴァルツが「行くぞ」と促し学園へと走った。



 強さがバラバラな敵の中を搔い潜りつつ進んだ。

 あと一歩の所まで来て、希望を持ったのも束の間。横から再び牛が突進してくる。前方のコリーが反射的に受け身を取り、右から左へ押し込まれていく。

 助けるべく魔法を放つ。でも止まらない。このままじゃ壁に激突してしまう。


(俺の風じゃ力不足なのか)


 しかしコリーは棒の石突を地面に突き立て踏ん張る。

 突進を止めた瞬間、氷の主柱と糸の合わせ業で魔物を拘束した。

 蜘蛛の巣にかかった蝶の如く動けない牛。直後、上から首へ打撃、横から心臓へ突きが炸裂。断末魔を上げることなく敵は崩れ落ちる。


「ま、こんなトコっすね」

「いい踏ん張りだ」

「そっちこそ援護どんぴしゃ」


 満足げな顔で拳同士を軽く触れ合わせた。


(凄い、息ぴったりだ)


 見事な連携に圧倒されてしまう。

 余韻に浸るのも僅かに、気を引き締め直して駆け出す。

 こうして無事、俺達は学園の敷地内へと足を踏み入れたんだ。



     ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔



 ようやく戻ってきた学園内は騒然としていた。

 生徒に加え、多くの避難民が敷地内に大勢いる。人形が抱えていた人々を降ろす。彼女らは俺達に礼を言って歩いていく。

 安心する間もなく背後から轟音が響いた。門前から覗き込むと、誰かが魔物に追いかけ回されながら走っている。近づいてくるあの服装は――。


「レン!」

「あいつ市民を背負ってるのか」


 ヴァルツが冷静な声で言った。確かに老人らしき人を背負っている。

 棒を支えにして、塀にもたれていたコリーが言う。


土傀儡ファントーチョ、守れ」


 静かに歩き出した人形は、徐々に速度を上げて駆ける。

 やっぱり少し遅い。でも氷の道ができ、急加速しながら滑っていく。


(俺も魔法で援護をしないと)


 蓮之介達に当たらぬよう雷や風の魔法を放つ。

 炎はちょっと範囲が怖いから控える。細かく狙えるものを選ぶ。

 人形が現場に到着し派手に敵と激突、剛腕を振り大暴れ。何度が攻撃を喰らうが大して崩れない。動きが大振りな以外は強いようだ。


 そうこうしている内に蓮之介が学園に到着した。

 敷地内に入り、背負っていた老人を降ろす。戻ってきて疲れを感じさせない顔で笑う。


「助かったぜ。ありがとな」

「オレは最善手を打っただけだ」

「そうそう。クソだりぃけど、こんくらい弁えてるっつの」


 礼に対して真っ先にヴァルツとコリーが口を開いた。


「とにかくレン達が無事でよかったよ」

「エミル君!」

「ニーア、無事でよかった」

「それは私のセリフです」


 人々の合間から飛び出す彼女と再会。

 互いに無事を確認し合い、次いで他の人達の状況を聞く。

 まずハロルドやフェロウ達は反対方面を防衛中。塀に即席で櫓を組んで結構いい感じらしい。よく見たら技巧科の生徒があちこちで作業していた。


「ほらほら、通してや~。次はこっちに櫓築くで」

「長期戦になるかもしれない。物資の配備急げ!」


 経営科が物資の配給などの陣頭指揮をとっている。

 普通科らしい人は各所でお手伝い。避難民の中にも協力者がいる様子だ。


「わぁ、おっきい。乗せて乗せて」

「ちょっ何、このガキンチョ連中。玩具じゃねーすよ」


 素っ頓狂な声が聞こえ振り向くと、コリーと人形が子供達に囲まれていた。

 度胸あるなと感心してしまう。恐れ知らずな彼らに戸惑っている姿が少し面白い。ヴァルツはいつの間にか退避している。


「ヴァルツ~」

「オレに振るな」

「1人だけ逃げるとか許さねぇから」

「おいバカッ、来るな。のわ!」


 包囲網から抜け出し盾にして、強引に巻き込みてんやわんやだ。

 こんな状況で一か所だけ空気が違う。子供相手にやり辛そうな2人。彼らの様子を見ていた人々から小さな笑いが漏れる。


「子供相手だと形無しだな」

「うん」


 蓮之介の言葉に俺は頷く。意外な一面をみた気分だった。

 当人達は大変そうだけど、周囲の雰囲気はちょっとだけ和んでいた。



 日が暮れ始めても結界はまだ復活しない。

 助っ人の女冒険者2人がやってくる。俺は彼女らに礼を言う。


「ここの生徒さんは優秀ね」

「ありがとうございます」


 早速、情報交換を行った。まず他の冒険者や騎士団の動向だ。


「騎士団は王宮や主要施設の防衛をしつつ、各地で健闘してるのを見かけました」

「冒険者の大半は闘技場みたいよ」

「だから学園内には少ししかいなかったんだ」

「魔物の数が多いから仕方ないわ」


 予想以上に多かったらしい。広い町、避難所もたくさんある。

 戦況を確認したうえで次に魔物へと話題が切り替わっていく。誰もが初めに意識したのは種類だ。まず女闘士の女性が言う。


「あの狼型は、ゴールドキャニオンにいるゴルドウルフね。あいつ固いのよ」

「それってアルマスとイニグラルの間の渓谷だな」


 トーマスが地名に反応して口を挟んだ。同郷なのかと2人は話す。

 次に魔法使いの女性が声を発する。


「山羊は仙道山羊シェンドゥシャンヤ。こちらではセンゴートでしょうか。風を起こし、地を揺らす危険な魔物です」

「華都(ホアドゥ)訛りってことは、お姉さんは東の生まれか」

「ご存じなんですね。はいそうです」


 今度は蓮之介が反応を示した。さらっと出身国の話をしている。

 話が混沌としていく中で、女闘士が牛について言及した。この中の誰も知らない様子だ。俺はふと1人の人物を思い出す。


「コリーが知ってる筈だよ。確かカウホーンって呼んでた」

「あいつかぁ、今どこにいるんだ?」

「彼ならヴァルツと外を見に行ってたよ」


 蓮之介の問いに答えたのはトーマスだ。

 噂をすれば、門前に2人の姿が見える。棒の先端のランタンが仄かに光を放っていた。大声で呼んだら渋々歩み寄ってきて合流する。


「何の用だ」

「ちょっと聞きたいことがあるのよ。貴方達、牛の魔物について知ってる?」


 冒険者の1人に聞かれ、ヴァルツが傍らの相棒に視線を向けた。

 コリーは棒を持ち直してから口を開く。


「カウホーンって魔物です。突進力と角で串刺しにしてくる厄介な奴」

「分布はどのあたりなのでしょう」

「ローデリムの平原や森が主です。地元じゃ勇猛な角コルナフェローチなんて呼ばれてましたね」


 皆が感心する中で、蓮之介が爆発したように声を上げる。


「いや、おかしいだろ! 東西、南の闇鍋状態って意味わかんねぇ」

「言われてみれば……」


 改めて言われ納得する。自然現象とは到底思えない。

 どう考えてもあの歪みが原因だよな。そう思い、おずおずと当時の状況を進言した。早く言えと指摘を受けつつ話し合いが進む。

 だいたいの情報共有が済んだ頃、俺はふと気になっていたことを聞く。


「ところで人形はどうしたの?」


 質問を受けた当人は面倒そうな顔で言う。


「解除した、維持しんどいんで」

(なんか、それだけじゃなさそう)

「そうだったんだ。答えてくれてありがとう」

「別に」


 もういいだろ、と彼は立ち去っていく。

 いろいろな発見がありつつ、空が暗くなる下で各自が動き出す。

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