王家の刃
石畳にはまだ熱が残る。焦げと煤け、真新しい戦いの痕跡。
バハムが片膝をつき、王の前で頭を垂れた。異邦の男と手を結ぶ。歓声と罵声が交じり、すぐに収束する。収めるのは父王の声――動かすのは、王太子たる私の役目だ。
「治療班を先に。止血と火傷の処置」
「魔力残滓を採取しろ。記録官、経過は逐語で起こせ」
意識して太い声を出し、短く告げる。文官相手にも戦場流の指示。
サモンドは実力を見せた。卑怯な振る舞いも。いずれ争点は“武”から“礼”に逸れる。これは避けられない。
視線が束になる。異物――異邦の男へ、まっすぐ。
使える刃かもしれない。だが今のままでは柄が短い。
バハムに指示は出したが、その進言は彼の本音だ。彼は王に嘘を吐かない。
彼の力を試す必要はあった。力のないものを無駄に王宮へ近づける前に排除できればよし。力があるのであれば、なおよし。
『バハムと渡り合った』という事実も作りたかった。作れた。あとは傷を浅く、語りを太くする。とはいえ、この話は放っておいても広がる。盛ってやる必要もない。
試すため。顕示のため。
外に魔族、内にトラキス。王家の刃は、一振りしかなかった。もう一振りが要る。そしていま、目の前にそれはある。
ただし、現状は王女の剣だ。ならばせめて、柄は長く。
「陛下」
一歩進み、声を落とす。
「サモンドの魔力は巫女の供給に依存すると聞きます。代供給の宝珠があるはずですな。ルナと離しても稼働できるように」
家令が頷く。用意はしてあるのだろう。
赤い宝珠――イノセントローズ。巫女術式の写し。制限時間付きの代供給、運用すれば三日は動ける――と文献にはある。
「ルナの言うように、既に言葉も多少理解しているようです。教育係を与えるべきかと。後にしかるべき身分を」
父王が頷く。決断を行うのは国王だ。私は方向だけ与える。
やるべきことは多い。父王の元を退くと、執務室へ向かいながら指示を飛ばす。
「噂は簡潔に。『王の御前でバハムと互角。勇士はいずれ騎士に任じられるらしい』――それだけでよい」
短く、ここでも方向だけ与える。余白は人が勝手に埋める。
書記官が走る。トラキスの手下はとっくに走り出していることだろう。
異邦の男――セト、と呼ばれている――がこちらを見た。
今は落ち着いて見える。善良ではないだろうが、それでいい。危険でも使えるなら。刃とはそもそも危険なものだ。
父王は人が良い。人を切り捨てることも、神を蔑ろにすることも、できぬ。
ルナは父に似ている。本来、政治の中枢に関わらせるべきではない。
――現状セトは王女の剣。ならいっそ、ルナごと王家の刃として扱うことも考えるべきかもしれない。
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