第18話 獅子神リコは仲良くなったら下の名前呼びである。

 準備されていたバーベキューセットは、大きなバーベキューグリル、作業用テーブル、食事用テーブル、串やトングといった調理器具、そして山ほどの食材。

 食材は高そうな牛肉を中心に、野菜と海産物まで並んでいる。

 自分たちで好きに食材を選んで焼いていいという方式。

「好きに選んでいいってこたァよォ――……串に肉だけ刺して焼いてもいいってことだよなァ~?」

「豹堂さんわかってるぅー」

 早速豹堂さん・虎沢さんが、肉だけの串を量産していた。

 唐狩さんは火加減に拘りがあるのか、グリルの炭の配置を調整したり、うちわで風を送ったりしている。

「すみませーん、遅くなりましたー」

「いやー、泳いだ泳いだ」

 そこに、海から上がって来た私と地伊田さんが到着。

「あ、二人ともおかえり。あっちの手洗い場で手洗ったら野菜切るの手伝ってくれる?」

「は、はい」

 さっきの地伊田さんとの会話で、私は獅子神さんと顔を合わせるのが、ちょっぴり気恥ずかしい。

 獅子神さんが、私に、ラヴ……。

 いやいや。

 エビデンスもクソもない話じゃないか。

 あるのは食材の海産物枠で用意されてるエビぐらいだ。

 ……。

 そういえば、前に我が家に泊まった時の「よかった」の意味を……まだ聞けてない……。

 ……。

 いやいやいや。

 いやいやいやいやいや。

 何をバカなことを考えているんだ兎佐田桃香。

 だって、そんな……好かれる要素あるか?

 せいぜい獅子神さんの匂いフェチを受け入れて、一緒にお昼食べて、一緒に遊んで、過去の辛い思い出を解消し、昔の友達との関係を修復、ん~! 思い返すと色々やってるゥ――ッ!!

 私獅子神さん相手に結構色々やってる気がしてきたァ――ッ!!

 え? じゃあいいの?

 私は獅子神さんに好かれていいの?

 ラヴを受けていい存在なの?

 手洗いを終え、私は獅子神さんの所へと戻って来た。

「あ、やっと来た。ニンジン切るのお願いできる? 桃黄子、炭やってる唐狩さん手伝いに行っちゃったからさ」

「わっ、わかりましたっ!」

「あ、あと串はあっちで肉の串作るのに全部持ってかれちゃってるから、切った野菜そのまま網に乗せるスタイルで行こうか」

「はいっ!」

 地伊田さん……私と獅子神さんを二人っきりにしようとして唐狩さんの方行ったな……。


 その後、獅子神さんと海はやっぱり楽しいねとか、別荘すごいよねとか、そんな当たり障りのない会話を続けた。

 何事もなく切り終え、バーベキューグリルの網の上に野菜を広げる。

 ……私にラヴを向けてるなら、ちょっと会話普通すぎないか?

 二人っきりで野菜切ってたのに?

 いや、野菜切る作業スペースにいたのが私たちなだけで……目の前にみんなはいるし……流石にみんなの前でラヴな感情は見せない……よね?

 切ったピーマン、ニンジン、タマネギを、網の上に乗せていく。

 ……そもそも私と地伊田さんが二人で泳いでたことに対して何も言わないのもどうなんだ? ちょっとヤキモチ妬いたりしないのか?

 続けてカボチャ、サツマイモ、ナス……。

 いや、そんなこと言ったらそもそもこのうさフェチの環境に何も文句言ってないのがおかしい……全員で私とイチャついてるようなもんだし……。

 シイタケは裏返しの状態で網に乗せ、その上にバターをひとかけら。

 ってことは……やっぱり獅子神さんから私へのラヴは後で醤油をかけて……。

 ああ、くそっ! シイタケと思考が混ざった!

 やめやめ! 今はバーベキュー!

 旅行を楽しめ! 兎佐田桃香!


 しばらく網の上の食材に火を通し、いい感じに焼けた所で、私たちはバーベキューでランチタイム。

「唐狩さーん、マヨネーズあるー?」

「ええ、別荘の調理室にあると思いますので、今お持ちいたしますね」

 虎沢さんの追加の要望が、唐狩さん経由でメイドさんに伝わる。

 その様子を、豹堂さんが渋い顔で見つめていた。

「虎沢よォ――、バーベキューにマヨは使わねーだろーがよォ――」

「野菜につけるんよー」

「そーゆー食べ方してっとまた太るんじゃあねーのォ――?」

「マヨはねー、別腹だしー?」

「別腹の行先は結局脂肪じゃあねーのォ~? 野菜は塩で行け塩でよォ――ッ」

 素材の味を生かす派なのか、豹堂さん……。

「ってかさ、豹堂さんって、人呼ぶとき基本的に苗字呼び捨て?」

 豹堂さんの人の呼び方に、地伊田さんがふと質問。

「ん~? ああ、少なくともこのメンバーはそうだなァ――」

「でも兎佐田さんは兎佐田さんって呼んでるよね」

「いや兎佐田さんはよォ――……『兎佐田さん』って感じじゃあねーかァよォ――……」

 ……どういう……感じ……?

 何故かみんな「わかる」って顔してるけども。

 本人だけが唯一わからん。

「あと、唐狩さんのこと『唐狩お嬢様』って呼んでるよね」

「それもよォ――、呼び捨てするのもアレだしよォ――……さん付けも違和感あるっつーかよォ――……」

 ポリポリと頭を掻く豹堂さん。

「つーか呼び方で言ったらよォ――、オメーも獅子神のこと『リコ』って呼んでんじゃねーかよ」

「あー、アタシとリコはマブダチだから」

「な~んかオメーらの空気怪しいんだよなァ~? こないだ色々事情聞いたけどよォ――、所謂元カノみてーな関係だったりするんじゃあねーのォ~?」

 うああああ豹堂さん滅茶苦茶踏み込むなあ!!

 私の英語の教科書みたいな聞き方なんだったの!!

「え~? 違うよ~」

「ホントかァ~? おい獅子神ィ――、オメーも答えろよなァ――ッ?」

 と、豹堂さんが獅子神さんに割りばしを突き付けながら言う。

 豹堂さん、人に向けて割りばし突き付けるのよくない。

「いやいや、桃黄子とはそういうんじゃないって……ってか、下の名前で呼ぶくらい、仲良くなってしばらく経ったらフツーそーなるでしょ?」

 そんな獅子神さんの疑問に対し……。

「なるー」

「なるよね?」

 虎沢さんと地伊田さんが同意。

「わたくし……言われてみると小中高のお友達の方々とは、苗字にさん付けで呼び合っておりましたわ……」

 苗字にさん付け派の唐狩さん。

 ちなみに私も同じ。

「あたしぁ、色々だなァ――……苗字呼び捨ての奴もいるし、下の名前で呼んでた奴もいるし、アダ名の奴もいるし……本名知らねえけど異名で通ってた奴もいるしよォ――……アイツ名前なんだったんだァ~?」

 豹堂さんが謎。

「ってか、金髪ギャル二人だけが同意してるってことはよォ――、それ金髪ギャル特有の奴じゃあねーのォ~?」

 それは私も思う。

 陽キャの金髪ギャルしかできない奴だと思う。

「そんなこと無いって。ね、そう思わない?」

 獅子神さんが、私に視線を向け――。


「……桃香」


「ふぇあッ!?」

 今!?

 今下の名前呼び!?

 こっちは心の準備できてないんですけど!?

「ね、桃香もウチの名前下の名前で呼んでみてよ」

「え、あっ、えっと……」

 い……。

 いいの…‥?


「……リコ……?」


 私は、流れに身を任せ、獅子神さんを下の名前で呼んでしまった。

 しかも呼び捨てで。

 それを聞いた獅子神さんは、自分で言ったことにも関わらず、虚を突かれたような顔。

 数秒後、顔を赤くし――。

「あ……やっば。なんかめっちゃキュンと来た」

 あああああ!

 これラヴ!? ラヴの矢印向けられてる扱いでいいの!?

 でも話の流れ的には「仲良くなった友達」への対応だよね!? じゃあ違う!? どっち!?

「おいコラ獅子神ィ――ッ! 何ひとり抜け駆けして兎佐田さんとイチャついてんだコラァ――ッ!」

「え~? そもそも兎佐田さんでフェチ満たす人第一号ウチだし~?」

 私を取り合う豹堂さんと獅子神さんのバトルが勃発!

「獅子神さんそーゆーのよくなーい! あーし第二号! そんであーしに兎佐田さんの耳くれる約束!」

 虎沢さんそれだと私の耳もぎ取るみたいな言い方!

「わたくしにも足を残しておいてください!」

 唐狩さん参戦!

 バーベキューのせいでさっきから焼く肉の部位の話にも聞こえる! 怖い!

「匂取られフェチのアタシからすると……リコ桃でくっついてくれるのが一番いいんだが……」

 そんな中ひとり肉を食べつつ後方腕組み元カノ面してる地伊田さん!

 ある意味この状況の元凶地伊田さんなんだが!? 何故当然のように安全地帯にいるのか!?


 その後、バーベキューの場がひっちゃかめっちゃかになりそうに感じは私は、獅子神さんに匂いを嗅がせ、虎沢さんに耳を触らせ、豹堂さんに頭を撫でさせ、唐狩さんに足を触らせ、ついでに地伊田さんにも息を浴びせ、全員軽くトロけさせることで場を収束した。

 ……独白の中でさえ、獅子神さんをリコとはまだ呼べそうにないので……ちゃんと下の名前で呼ぶのはもうしばらく後にさせてください、獅子神さん。

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