第4話 虎沢ばにらは耳フェチである。

 あなたは耳という部位に、どれほどいやらしさを感じたことがあるだろうか。

 私、兎佐田桃香は今までの人生、耳に対して一度もそんな感情を向けたことはなかった。

 しかし今日わかってしまった。

 人間は、割とどんな部位でもいやらしい感情を向けることができるのだと。


「じゃあするねー?」

「頬ずりだけですからね! 舐めたりチューしたりはダメですからね!」

 耳フェチの虎沢さんにせがまれ、何故か私の耳に頬ずりを許可してしまった。

 たぶん普通に生きてたら絶対にクラスメイトから頼まれることのない要望だ。

 椅子を二つくっつけるようにして並べ、二人で横並びで座る。

 虎沢さんが私の肩に片方の手を回し、もう片方の手はそっと私の頭に添える。

 私という果実を今からいただきますしそうな感じだ。

「んー……」

 虎沢さんの頬が、私の耳に触れた。

 べったりとはくっつけず、耳の縁を頬の表面だけでなぞるような触れ方。

 すり、すり……と、耳の縁を上の方から下の方へ、じっくりと味わうように。

 頬ずりと聞いた時はもっとがっつり来るのかと思っていたけど……これならまあそんな変な気持ちには……。

 ……。

 いや! これ逆にえっちじゃない!?

 なんかこそばゆい! ゾクゾクする!

「と、虎沢さん?」

「なーにー?」

「その……なんかくすぐったいというか……いっそがっつり耳に頬押し付けてくれた方がマシというか……」

「……そっと頬ずりされる方がー、気持ちよくなーい?」

 なんかさぁ! 虎沢さんずっとガチっぽいんだよなぁ!

 女の子好きだったりする!?

 とはいえそれ真正面から聞けるほど度胸ある百合オタクじゃねえんだよこっちは!

「せっかく頬ずりさせてくれるんだからー、兎佐田さんにも気持ちよくなってほしいなー?」

 うわぁもう気持ちよくなってほしいとか言い出したよこのギャル。

 ……一応、軽く言っておこう。

「あ、あの……実は耳舐めたいって所からずっと思ってたんですけど……なんかえっちじゃないですか?」

「……あーしが?」

「虎沢さんが」

 失礼ながら。

 いやでもさっきの発言含め第三者から見たら絶対虎沢さんはえっちだと思う! えちいえちい!

「……でもさー」

 虎沢さんは一度頬ずりを止め、私の耳元で。

「兎佐田さんの耳もー、すっごくえっちじゃーん」

 言い聞かせるようにそう呟いた。


 私の耳が、えっち。

 その発言を聞き、私は耳という存在の造形を改めて頭に思い浮かべる。

 ……ふむ、なるほど、わかった。

「意味がわからない!」

 ということが。


「耳がえっちってどういうことですか!?」

 しばし一人で思考したのち出した「理解不能」の回答を、私は全力で虎沢さんにぶつけた。

「だってさぁ、ほらー」

 虎沢さんの指先が、私の耳を撫でる。

「ちっちゃくてー、すべすべでー、でも耳たぶはぷっくりやわらかでー、ちょいピンクがかってる。うん、えっちじゃーん」

「すみませんまだ理解が追い付きません!」

「こんな耳ずっと晒してのはさー、もう誘ってるよねー」

「誰しも耳は晒すものですよね!?」

 耳フェチって概念は知ってたけど! 耳触りたいとか耳の形が好きとかそんなだと思ってた!

 なんか思ってたより話のレベルが高い!

 これは耳フェチの人みんなそうなのか!? それとも虎沢さんが変態なのか!?

「兎佐田さーん……やっぱ耳舐めちゃダメー……?」

「待って待って待って!? 我慢しましょう!? そこから先はだいぶアウトなライン!」

「兎佐田さぁん……♡」

 うわー! 声に色っぽいの混ざって来た!

 獅子神さんが私の匂い嗅いでトロトロになってる時の声に似てる声だ!

 声がトロけてる――!


 と、獅子神さんの声を思い出した、その時だった。

「兎佐田さんッ!」

 空き教室の扉が開き、思い出した声と同じ声が教室に響いた。

 日直の仕事を終えた獅子神さんが、そこにいた。

「……獅子神さん」

 教室に飛び込んで来た獅子神さんは、一気に私の所まで駆けつけると、虎沢さんから私を引きはがした。

 そして。

「兎佐田さんはウチのだからッ!!」

 そう宣言した。


「兎佐田さんの! 匂いは! ウチのだからッ!!」

 直後にそう言い直した。

 言い直すなこの匂いフェチギャルが。


「……あの、ごめんねー……なんか勝手に興奮してー……」

 その後冷静になった虎沢さんは、私と獅子神さんに深々と頭を下げた。

 獅子神さんは私を渡すまいと私を抱きしめている。

 いや、さりげなく私の頭の匂いを嗅いでる。

「……ちょっと虎沢さんの匂い混じってる……」

 ちょっと静かにしようか匂いフェチさん。

「悪くないな……」

 悪くないなじゃないんだよ。

 ここで、虎沢さんは獅子神さんにも自分の耳フェチを公開し、私の耳がいかにえっちかを熱く語り(流石に途中で止めさせた)、私の耳に興奮して迫っていたのだと説明した。

 ……獅子神さん、ちゃんと聞いてる? 私の匂いに夢中になってない?

「えっとー……それでー……」

 虎沢さんは、私を抱きしめる獅子神さん、獅子神さんに抱きしめられてる私を交互に見て。

「……お二人はデキてるー?」

「客観的に見たらそうなるよねえ!?」

 だから今まで誰かに見られないよう人気のない所で嗅がせてたのに!


 虎沢さんに軽く説明。

 獅子神さんが匂いフェチであること。

 私の匂いが獅子神さんのフェチにドンピシャであり、色々あって匂いを嗅がせるような関係になったこと。

 ……別にお付き合いはしていないこと。

「……」

 その話を聞いた虎沢さんはしばらく考えた後。

「それはデキてるのではー?」

 と、首を傾げた。

 正直ね、逆の立場だったら私もそう思うよ。

 定期的に匂い嗅がせてる関係が健全なただの友達であるはずがないんだよ。

「獅子神さんは兎佐田さんのことどー思ってるのー? あーしが兎佐田さんに迫ってた所でヒーローみたいに助けに来たけどー」

 そうなんだよな……。

 あの時獅子神さんが叫んだ、「兎佐田さんは私のだから」発言。

 ……後から結構ときめいている自分がいる。

 直後に「匂いは」と言い直されたけど。

 ただ……実際獅子神さんは私のこと、どう思っているのか……。

 私は、ちらりと獅子神さんの顔を見上げてみた。

「いや……さっきは兎佐田さんの匂い取られる! と思ってつい……」

 ダメだこいつ。

 匂いのことしか考えてねえ。

 というか匂いが取られるってなんだよ! 別に香水ボトルの如く中身尽きたら終わりじゃないだろ!

「ま、まあ? 兎佐田さんはウチみたいな匂いフェチに匂い嗅がせてくれるすっごい優しい人だから……他の人に取られたくないなーって気持ちはある……かも」

 ……んー……ダメだな匂いフェチの部分がノイズになって友情や百合のエモーションを作れない。

 獅子神さん本当に匂いフェチであることだけが問題だな……それ以外なら隠れオタクに優しいギャルなんだが……。

「で……実際は虎沢さんは匂いじゃなくて兎佐田さんの耳を求めていたと」

 話を切り替え、獅子神さんは改めて虎沢さんに確認。

「うんー、匂いはあんまり気にしてなかったー。あ、でも耳から漂う匂いは好きー」

「わかる」

「いいよねー……」

「耳の匂いは独特だよね……」

 変なフェチ持ったギャル二人が、変な所で噛み合ってシンパシーを生んでいる……。

「じゃあさー、兎佐田さんの匂いは獅子神さんので、耳はあーしのでいい?」

「いいよ」

「いや私の許可を得てから返事してくださいよ!」

 私の匂いや耳をなんだと思ってるんだ!

「じゃあ兎佐田さーん、私にもフェチを満たさせてくださーい」

「いや……でもぉ……」

「獅子神さんはよくてー、あーしはダメ?」

「だってほら……匂いと耳じゃ……」

 えっちさが違う……と言おうとしたが。

 冷静に考えてみると匂いを嗅がせるのも耳に色々させるのも……どっちも同じぐらいえっちじゃないだろうか……?

 じゃあ同じぐらいえっちな行為なのに片方を拒否するのは不公平か……?


 中学時代から一般人を演じてきた私にとって、友達付き合いで不公平をするというのはできるだけ避けたい行為。

 不公正ができてしまえば、関係に亀裂が生じる。

 関係に亀裂が生じれば、あっという間に破綻、崩壊……無難な一般人としての生活も壊れていく。

 ……いや、というか……友達付き合いが平等でないとモヤモヤしてしまうのは……たぶん人の感覚としては普通なはず……だよね?

 なにはともあれ……要するに、「獅子神さんはOKで虎沢さんはNG」というのは……違う気がする。


「ん~……じゃあ耳触ったり頬ずりするぐらいなら……」

 考え抜いた結果、私は妥協案を提示するという形で虎沢さんを受け入れることにした。

「舐めるのはー?」

「舐めるのはダメです」

 妥協案を初手で払いのけようとしてくる虎沢さん。

 強い……強情なダウナー系強い……。

「耳チューはー? あんまり我慢しすぎるとまた興奮しちゃうけどー?」

「ん~……チューじゃなくて唇が触れる程度ならセーフとします……」

 ……なんか、結構強引に要求を飲まされた気がしないでもない……。


 いや、唇が触れる程度ってそれチューだろ。

 気付け。

 バカなのか私は。

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