第25話 大聖堂と鉱山へ


 私は静かに大聖堂の扉を開けた。


「────女神様は、困難に立ち向かう人々のために聖女を遣わされました。聖女は、聖獣ニケと共に────」


 どうやら、今は司教様のおはなしの最中のようだ。

 通路を挟んで左右対称に並べられている長椅子の、一番後ろに腰を下ろす。

 ステンドグラスの前に、女神像が鎮座していた。


⦅あれが、女神のミューゼ様だよ⦆


「綺麗な人だね……」


⦅本人は、もっと小さ───いや、ここで余計なことを言うのは止めておこう⦆


 ミケが⦅うんうん⦆と大きくうなずいているうちに、お話が終わったらしい。

 信者が、ぞろぞろと外へ出て行く。


⦅リサは、女神像の前で祈りを捧げているふりをしておいて⦆


「フリじゃなくて、ちゃんとお祈りくらいするよ?」


 ミケをベビースリングに入れたまま、厳かな空気に満ちた聖堂内を歩いていく。

 祈りを捧げている信者さんの隣で、同じようにお祈りをする。


 しばらくして、ミケが小さく「ニャー」と鳴いた。

 これを合図に、後ろの椅子まで戻る。


「どうだった?」


⦅女神様は不在だったよ。また、一週間後に来てみよう⦆


「そっか……」


⦅いつ会えるかは、本当にわからない。長くなるようなら、一度ヘンダームへ戻ることも考えたほうがいいかもね⦆


「移動に二時間だから、簡単に帰れるもんね」


 落ち込んでも、女神様がいない以上どうしようもないのだ。

 新しい素材を見つける良い機会だと思えば、気持ちも前向きになる。

 それに、サラちゃんたちと約束した品評会もある。

 王都観光に来たと思えば、待ち時間も楽しめそうだ。


 長期戦も覚悟し、滞在費をせっせと稼ぐことにしよう。

 ここの商業ギルドには商品を売れないから、冒険者でがんばるしかない。


 私とミケは日が沈むのを待って、鉱山へ向かったのだった。



 ◇◇◇



 鉱山の最寄りの村に着いたのは、翌朝日が昇る前だった。

 王都で買った朝食を食べてから、村長宅へ向かう。


 この村は、昔から鉱山の採掘品で生計を立ててきた。

 だから、採掘できないのは死活問題である。

 依頼を受けてくれて良かった!と、村長さんから涙ながらに語られてしまった。


「鉱山の中を案内する者を同行させたいのじゃが、構わんかのう?」


「それは構いませんが、一つだけ条件をつけてもいいですか?」


 討伐で目にしたことを言いふらさない、口の堅い人をお願いしたい。

 鉱山までは飛行魔法で行くつもりだし、討伐には私もミケも遠慮なく魔法を使う。

 

 ただ、それを吹聴されるのは非常に困る。

 今の私は見た目が変わったままなので、レースの魔法で同一人物だと特定されたくないのだ。

 でも、滞在費用は冒険者稼業で稼がないといけないから、この条件を付けさせてもらった。


「冒険者の方が自身の手の内を知られたくないのは、こちらも重々理解しておる。数年前に魔物が出たときも同様のことを言われ、きちんと守ってきた。そこは信用してほしいのう」


 約束を守らんと、また魔物が出たときに来てもらえんからな。

 そう言って、村長さんは苦笑した。


 道案内をしてくれるのは、孫娘のエイラさんだ。

 まだ成人前の十七歳で、剣技の修行中とのこと。


 村を出たところで、さっそく飛行魔法の出番だ。

 人気のないところから、ヘリコプターモードで上空へあがっていく。


「あ、あの……これは?」


「飛行魔法です。歩いて行くより、空を飛んだほうが早いですからね。すぐに着きますよ」


「さすが……王都のBランク冒険者さんですね」


「高いのは、怖くないですか?」


「大丈夫です……」


 エイラさんが、恐る恐る下を覗き込んでいる。

 きっと、怖いもの見たさなのだろう。

 気持ちはよくわかる。

 私とミケは、クスッと笑った。



 ◇



 鉱山の入り口には、あっという間に着いた。


「鉱山の中は迷路のようになっていますので、私が先導します」


「よろしくお願いします」

 

 入り口を塞いでいる板を外し、洞窟のような坑道を進んで行く。

 灯りは、エイラさんが持ってきた照明の魔道具だ。

 それで先を照らしながら、坑道に一定の距離で置かれている照明の魔道具の灯りを点けていく。


 安全を確保するため、私も魔法で灯りを点ける。


「フィレレース、採光!」


 窓の模様のレースが、光を放つ。

 大きさはA4サイズくらいのものが三枚。

 私たちの前を先導して、道を照らしてくれる。


 道中で、エイラさんから経緯を聞いた。

 ゴーレムたちが鉱山に現れたのは、半月ほど前のこと。

 最初は一体だけだったのが五体に増え、今は二体いるらしい。

 なぜかゴーレムは、ある採掘部屋の一つに留まっているのだという。


「村人総出で何度か討伐しようと試みたのですが、三体を倒すのが限界で……」


「なるほど……だから、今は二体なのですね」


「でも、また増えているかもしれないので、詳しい調査をお願いしました」


 幸い死人は出なかったが、ケガ人が多く出た。

 そのため、自分たちでの討伐を諦め、数年前のように冒険者ギルドへ依頼を出したそう。


「リサさん、この先です」


 右に曲がったり、左に折れたり。

 くねくねしていたら、ようやく目的地に到着したらしい。

 エイラさんに案内してもらわなければ、絶対にたどり着けなかっただろう。

 

⦅リサ、ゴーレムは二体どころじゃないよ。六体はいるね⦆


「!?」


「どうか、されましたか?」


「ゴーレムが、六体確認できました」


「……えっ?」


「どうしますか? このまま討伐もできますけど」


「リサさんは、後衛ですよね? 私の実力では……一体が限界です」


 エイラさんががっくりと肩を落とす。

 でも、私からしたら、一体でもゴーレムを倒せるのはすごいと思うけど。


「ゴーレムが動けない状態であれば、六体でもいけますか?」


「はい、首を切るだけですので」


 ゴーレムは、胸に嵌め込まれている魔石を砕けば動きを止める。

 上手に遠距離攻撃ができれば、これが一番安全な倒し方だ。

 魔石を取ろうとする場合は、足を切って動けない状態にしたところで首を狙う。

 こうすれば、傷のない魔石が取れるのだ。


 買取り価格は、もちろん綺麗な魔石のほうが遥かに高い。

 だから、ゴーレムを討伐するときはパーティーで挑むのが正解らしい。

 私はそれを、エイラさんに提案してみた。


 同意を得られたので採掘部屋へ入り、すぐさま照明用のレースをたくさん宙に浮かべる。

 それだけで、部屋の中の様子がよく見えるようになった。

 部屋の中は広く、天井も高い。

 そして、ミケの言う通り六体のゴーレムがいた。


「では、いきます! フィレレース、拘束!」


 細長いレースが、ゴーレムたちをぐるぐる巻きにしていく。

 これが、網状の『捕獲』ではない新たな魔法『拘束』だ。

 包帯を巻かれたようなミイラ状態のゴーレムが、ゴロゴロと地に転がった。


「エイラさん、落ち着いて一体ずつお願いします」


「は、はい!」


 エイラさんは、首を順番に切っていく。

 相手は動けないので、討伐はすぐに終了した。

 首を切ると魔石が外れるので、エイラさんと三つずつ分ける。


「私は大した働きはしていないので、半分は貰いすぎだと思うのですが……」


「平等に分けるのは、パーティーの常識ですよ? たとえ、臨時だとしても」


「そ、そうなのですか?」


「そうです!」


 本当のところは、私もパーティーを一度も組んだことがないから知らないけどね。

 でも、ここは強引に押し通す。

 ゴーレムの体も素材になるので、すべてアイテムボックスへ収納した。


「ゴーレムたちは、どうしてこの部屋に集まっていたのでしょう?」


「天井が高いからでは、ないですか?」


 ゴーレムは体が大きいから、頭がつっかえない広い部屋を好んだとか?


「この部屋は、以前はこんなに天井は高くなかったのです。基本的に、前か下を掘り進めるだけですので」


 言われてみれば、たしかにそうだ。

 大型重機を入れるわけでもないのに、労力を割く必要はない。


「この件は、村に帰って報告します。鉱夫たちのほうが、現場を熟知していますので」


「それが、いいと思います。では、帰りましょう」


「なんか、あっさり終わってしまったので、気が抜けました」


「エイラさん、まだ気を抜いてはダメですよ。帰るまでが───」


 私が、お約束の台詞を言おうとしたときだった。

 ミケが鋭く鳴く。

 私たちが飛行魔法で天井に避難したと同時に、ドン!と突きあげるような衝撃が起こる。


 部屋の中央部分が、広く陥没していた。



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