第4話 二つのケーキと、私の輪郭~マーブルとお花のケーキ~
西日が窓から差し込む、夕暮れの
店内の優しい照明が、磨かれた木の床を温かく照らしていた。
「いらっしゃいませ、リリさん。本日はお一人なんですね。」
カウンターから、落ち着いた声がかけられた。
店主は、いつものように穏やかな笑みを浮かべている。
声をかけられた少女・リリは、普段は双子の姉・ルルと連れ立って来店することがほとんどだ。
今日はしょんぼりと元気がない。ルルがいないからであろうか。
「え?…リリのこと、わかるの?」
リリは驚いたように目を見開いた。
「…?はい、もちろんです。」
「そっか……。そうなんだ…」
彼女はそれ以上何も言わず、隅の席に静かに座った。
その様子が普段とあまりに違うため、店主はそっと席に近づき、尋ねた。
「リリさん、どうなさいました? いつもはあんなに明るくお話してくださるのに。」
リリは俯いたまま、絞り出すようにつぶやく。
「リリは……リリのことがわかんなくなっちゃった……。」
言葉を詰まらせながら、リリは胸の内を打ち明けた。
それは、内気な自分を隠すために姉の明るさに無意識に同調してきたという、双子ならではの切実な悩みだった。
「リリとルルって、顔がそっくりでしょ? 小さいときから、みんなに『どっちがどっち?』って聞かれるの。でも、それだけならまだいいの。」
「辛いのはね、ルルが先に『これがいい』って言ったら、リリはいつも『うん、そうだね』って合わせちゃうことなんだ。リリは自分で選ぶのが怖いから…。」
「ルルが明るく『好き!』って選ぶものが、いつの間にかリリの『好き』になってて…。」
「でも、本当にそうかな?って、ふと怖くなったの。ルルが選ぶものや行動を、リリは鏡みたいに真似て、当たり前みたいにしちゃってただけなんじゃないかって。」
「ねぇ、リリの『好き』って、いったい何なの? リリってなんなの? もう、わかんないよ……」
それは、自分の個性を姉の影に隠してしまったことへの、自己不信の叫びだった。
「ねぇ、アイリスはどう思う…?」
不安と混乱が入り混じった瞳が、店主を見つめる。
店主は慰めるでも、励ますでもなく、静かに微笑んだ。
「少々お待ちいただけますか?」
そう言い残し、店主は彼女を置いて厨房に引っ込んでしまった。
リリは少しがっかりしたようにため息をつくとテーブルに両手を組み、その上にあごを乗せて俯き店主が出てくるのを待った。
――
しばらくして、店主はリリのテーブルに二種類のケーキを運び、並べた。
一つは、香ばしいナッツとほろ苦いキャラメルがトッピングされ、白と黒のマーブル模様がシックなチョコレートケーキ。
もう一つは、可愛らしい花形のクリームでデコレーションされた、優しいピンク色のショートケーキ。
「リリさん、どちらをお召し上がりになりますか?」
店主は優しく問いかけた。
「リリは…こっちがいいな!」
彼女が迷いなく指さしたのは、華やかで可愛らしいピンクのショートケーキだった。
店主は穏やかに微笑み、チョコレートケーキに手を添えた。
「ルルさんなら、きっとこちらを選ぶでしょうね。」
その言葉に、リリの瞳が大きく開いた。
「うん、そうだね。ルルならきっと、かっこいいチョコレートケーキを選ぶ…!」
その瞬間、彼女の中で何かが弾けた。
「そっか。これがリリの『好き』なんだ!」
リリはピンクのショートケーキを愛おしそうに見つめた。
店主はそれを見て、にこりと微笑みかける。
「本日はとても可愛らしい装いをしていらっしゃいますね?ピンクのカーディガンがよくお似合いです。」
リリは今日選んだ、シェルピンクのカーディガンと丸いつま先が可愛らしいパンプスに目を落とした。
「うん! リリ、こういうのが好きなの!」
「そっか…もう、選んでたんだ…」
彼女の顔には、もう迷いや不安の色はない。
束縛から解き放たれたように、リリ本来の明るさが溢れ出していた。
「ありがと、アイリス。わたし、ちょっとわかってきた。」
リリはキラキラした笑顔で言うと、店主が手に持つチョコレートケーキを指さした。
「ところで……」
「そのケーキも、貰っていい?」
「もちろんです。どうぞ。」
店主は再びくすりと笑い、皿をテーブルに置いた。
リリは二種類のケーキを前に、すっかり元気になってデザートフォークを手に取った。
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