第41話 「……うん、焦点も合ってる」
女将さんたちはツーレツト町へ向かい、数日経った。
村からすぐに行ける範囲に、ブラックウォルフの姿は見られなくなった。
魔物の森の中に作った崖が機能しているのと、ゲアトたちが南の森での討伐を徹底してくれたからだろう。
反比例するように、街道からの救援要請が増えた。
女将さんたちのように、修理不可能なほどに馬車を壊されはしなかったが、一番後ろの馬車が襲われる事件が頻発したのだ。
「痕跡は、鋭い切り口と、羽だけか」
そいつは上空から見極めているのか、御者や周りの護衛が目を離したすきに馬車を襲っていた。
目も頭も良いらしい。
カイも、何度か救援要請で呼ばれて馬車を修理しに行った。
いずれも馬車本体が少し壊されていた程度だったので、普通に材料を追加して修理することができた。
「羽だけじゃなかったんだよな。どんな魔物なんだろ」
カイは、壊された馬車の端っこに引っかかっていた毛を思い出した。
白っぽい茶色の毛は、少し短くてごわごわしていた。
一応役場に報告したのだが、はたして何かのヒントになったかどうか。
埒が明かないということで、バンガードの四人が、ツーレツト町からヴィーグ村を通り過ぎたあたりまで見回りついでに護衛を引き受けると言っていた。
しかし、彼らが護衛していると襲われないという。
多分、あの四人は油断しないので、襲いに来れないのだろう。
襲われないなら悪いことではないが、根本的解決になっていない。
まずは犯人を突きとめたい。
カイは、引き受けた仕事のために家を後にした。
街道は、車輪の轍がはっきりとわかる土の道だ。
基本は一本道だが、ところどころにすれ違えるよう逃げ場がある。
カイが引き受けたのは、襲ってきた魔物を発見することだ。
街道を誰かが通るときに、魔物は上空から見ているに違いない。
だから、街道の脇に潜んで空を見張ることにした。
低木のそばに座り込めば、少しはカモフラージュになっているだろう。
ただ見てもわからないので、デニス宅で村の宝物としてしまい込まれていた単眼鏡を借りた。
「……うん、焦点も合ってる」
上空の雲が、とてもきれいにはっきりと見えた。
実は壊れていた単眼鏡だが、カイがスキルで修理した。
この単眼鏡は、まだ役場が貴族の別邸だったときに、何かの働きへの礼として村に下げ渡されたそうだ。
貴族のものだったためか、側面には邪魔な装飾がごてごてとついている。
これはこれで趣があるというか、骨董品という感じはするのだが、正直に言って重いし使いにくい。
「三脚とかないかな……。腕が疲れる」
そんなに大きくはないが、ずっと持っていてはさすがに辛いものがある。
しばらく腕の痛みと格闘していると、遠くから車輪が土を踏みしめる音が聞こえてきた。
ツーレツト町の方から聞こえるので、王都方面へ向かうのだろう。
「ライナーたちが護衛してるかな」
カイは、音の聞こえる方をちらりと見た。
まだ何も見えないが、そろそろやってくるはずだ。
ということは、魔物がやってきてもおかしくない。
カイは、単眼鏡に目を当てて空を見上げた。
馬車の音がどんどん近づいてくる。
「お、カイ!」
ライナーの声が聞こえた。
カイが単眼鏡から目を外そうとしたとき、視界を何かが横切った。
挙げかけた手をそのままに、カイは何かが移動した方へと単眼鏡を動かした。
「どうした?」
アウレリアが、心配そうに聞いてきた。
「あのあたりに、何かいます。ただ、遠すぎて……」
カイは、単眼鏡を覗き込んだまま答えた。
残念ながら、単眼鏡は少し焦点を合わせられるだけで、倍率は変えられない。
もっとズームすれば見えるだろうが、この単眼鏡で見てもほぼ点でしかなかった。
ライナーたちは護衛中なので、カイに挨拶だけして通り過ぎていった。
ただ、カイが何かを見つけたというのを聞いて、より警戒を強めていた。
そして、空に見える点は動かない。
「多分、羽ばたいてる。あとは……足?」
もう少し動きが見えれば、と思っていたら、それはツイっと空を横切って姿を消した。
夕方になる前に村に戻り、役場へ直行した。
「これ、か……?」
デニスは、目の前に置かれた紙を見て困惑していた。
しかし、カイは自信がある。
見たものを描くのは得意なのだ。
「そうです。下から見ただけなので、少し違って見えるかもしれませんが」
「うーむ?」
デニスは紙をくるりと回し、そして首をひねった。
カイが見たことのない魔物なので、きっとデニスにもわからないのだろう。
そこへ、ノックの音が響いた。
「戻った」
「バンガードの皆さん。お疲れさまでした」
顔を見せたのはライナーたち四人だ。
予定よりも遅かったのは、護衛する距離を少し伸ばしたからだろう。
「どうだった?」
「……これを」
アウレリアの問いに、デニスは紙を手渡すことで答えた。
アウレリアはその絵を見て瞬きを繰り返し、手元を覗き込んだフィーネは首をひねり、上から見たエーミールは目をすがめ、最後に見せられたライナーは片眉を上げた。
「何だこの……葉っぱ?」
「葉っぱじゃないですよ!どう見たって魔物じゃないですか。それに方向が違います。こっちが頭で、こっちに尻尾。これが羽で、飛び出ているのは足です」
カイは前世、画伯と呼ばれることがあったのだ。
それに、思い出しながら丁寧に描いたのだから、きっとライナーたちならわかるはずである。
「これが頭か」
アウレリアが指さしたのは、小さな黒い丸。
「このあたりが胴体で、手じゃなくて羽を広げているんだな」
エーミールがうなずきつつ、中央付近を示した。
「ああ、茎に見えたのが尻尾か。じゃあちぎれた葉みたいなこれが、足?四本か」
ライナーが絵を横に倒しながら言った。
「この頭のとこ、とんがって見えるのも合ってるの?」
フィーネが聞いた。
「はい。角が生えてるのかなんなのか、先がとがって見えました」
カイは胸を張って答えた。
きっとこれで解決に近づく。
「うーん……?」
ライナーは紙をくるりと回し、フィーネは肩をすくめてソファに座った。
エーミールは腕を組んで紙を睨みつけ、アウレリアは絵とカイを見比べた。
「カイ、おれも描いてみるから、どういう風に見えたのか教えてくれるか?」
ライナーは、カイが描いた絵を裏返しながら言った。
確かに、少し小さくてわかりにくかったかもしれない。
「はい、もちろんです。上手く説明できるかわかりませんが」
そしてライナーは羽ペンを持った。
頭は小さめ、先端にとがったものがついていた。首は短く、体はしっかりしていて、四本の太い足があった。特徴的な細い尻尾と、大きな羽。
カイは、思い出しながら丁寧に説明した。
ライナーは、それを聞きながらすらすらと描いていった。
「こうだな」
テーブルに置かれた絵を、全員で覗き込んだ。
「ああ、グリフォンか!羽と毛の説明もつくな」
アウレリアが、ポンと手を打った。
「グリフォン?そっか、確かに!嘴があるし」
フィーネがすっきりした顔になり、エーミールも黙ってうなずいた。
「グリフォンですか。このあたりでは見たこともありませんな」
デニスは眉を寄せ、腕を組んだ。
「こいつなら、確かにものすごい速さで飛ぶし、幌馬車くらい簡単に切り裂くだろう。ただ、人に攻撃することはないはずなんだがな」
とんとん、と机を指で叩きながらライナーが言った。
「グリフォンだったんですね。僕も初めて見ました。いやあ良かった、ちゃんと伝わって」
カイがほっとして言うと、全員が微妙な表情をこちらに向けた。
解せない。
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