第38話 どうやら、女将にとっては大切な馬車らしい。

ヒルダは、棚から商品を選びながら言った。

「みんな一気に来ちゃったのよ。いるものがあったら、集めて持ってきてくれると助かる!」

そんな彼女に、初めて見る女性が声をかけた。


「すまないねぇ。野営の準備はしていたんだけど、それ以上の食料がなくてね。少しでも節約しながらちゃんとしたものを食べたいと思ったもんだから」

やはり、助けを求めてきた人だったようだ。

店の外にいるのは仲間だろう。


店の中には人が多いので、カイは店先で少し待つことにした。

ちょうど見えるところにパンが並べられているし、ゆっくり選べばいいだろう。


「いえいえ。困ったときはお互い様ですよ。はい、パンや調味料はこれで全部で、銅貨四枚と粒銅貨三枚です!」

女性の前に籠を差し出しながら、ヒルダが笑顔で言った。


「あら、安い。助かるわ。じゃあ銅貨五枚で」

女性が銅貨を手渡すと、ヒルダは受け取って確認した。


「ありがとうございます!粒銅貨七枚お釣りですね、少しお待ちを」

「ええ」

くるりと体を返したヒルダは、パタパタと尻尾を振っていた。


「はい、おつりです。野菜や肉は、あっちの八百屋と肉屋で買えますよ」

ヒルダは、それぞれのお店の方を手で示した。


「ありがとうね。あんたたち!暇なら野菜と肉を買って来とくれ!五人分だよ、ちゃんと量を考えな!」

女性は、店の外でうろうろしている二人の男性に向かって大声で指示を出した。


カイは思わず女性と男性たちを見てしまった。

「はーい!」

「じゃあ女将おかみさん、買ったら宿に帰りまーす」


女性は女将だったらしい。

ゆるゆるとした雰囲気の男性たちは、店に集まった村人たちに笑顔を振りまいていた。


「買い占めるんじゃないよ!この村の人たちの食糧なんだからね!」

「はいはーい!」

ゆっくり歩いて八百屋と肉屋の方に向かいながら、二人はひらひらと手を振った。


「はいは一回!しゃきっとしな!」

「はぁーい」

気の抜けた返事を聞いた女将は、はぁ、とため息をついた。


「まったく。それじゃあ、また明日。あ、そうそう。さっき聞いた修理屋さんにも話をしておいてくれる?」

女将がそう言うと、ヒルダはすぐそこにいたカイの腕を捕まえた。


魔物のいる森へ出る依頼として村から臨時収入をもらったので、カイは少し贅沢してもいいだろうとパンを選んでいた。

「このカイが、修理屋です。車輪の軸が折れたくらいなら、パパっと直せるんですよ」


突然のことで何かわからず、カイは笑顔で女将に挨拶をした。

「こんにちは。修理屋のカイです」


「おや、あんたが?それなら話は早いね。そんなに急がないから、置いてきちまった幌馬車を修理してくれない?」

女将は、カイに向かってすまなそうに頼んできた。


「明日、依頼を受けた冒険者の人たちと一緒に馬車の様子を見に行くので、そのときに修理できるかどうか確認しておきます」

カイがそう言うと、女将は眉を下げた。

「それは助かるけども……。まだ危険かもしれないのに」


心配してくれているようなので、カイは安心させるように微笑んだ。

「大丈夫です。僕は修理屋ですが、冒険者の端くれでもあるので」

「そうなの?なら、ありがとうね。あんなぼろい幌馬車だけど、亭主と一緒に初めて行商をした馬車だから、なんとか使いたいのさ」


どうやら、女将にとっては大切な馬車らしい。

カイは大きくうなずいた。





次の朝、カイたちは日も昇らぬうちに村を出発し、街道を南下した。

昨日村に逃げ込んできた人たちの幌馬車を確認するためだ。


「カイたちは先に森へ行ってもらっても良かったんだが」

ライナーが先を歩きながら言った。


「今日は元々半日もかからずに終わる予定でしたし、あの女将さんに馬車の様子を見てくると言ったので」

崖を作る作業は、今日で終わる予定だ。


慣れてきたためか生成が早くなり、昨日は四百メートル近く崖を作り上げたのだ。

エーミールたちが木を取り除いてくれた部分は、あと百メートルもない。


「ばらばらになって行き来するより、むしろ安全だろう」

背中のハルバードを軽くゆすったアウレリアが言った。


街道に出る前に果樹園を軽く見回ったところ、ブラックウォルフの陰は見当たらなかった。

もう崖の効果が出ているようだ。


ゲアトたちは南の森で順調にブラックウォルフの討伐を進めていて、かなり奥へ行かないと見当たらなくなってきたらしい。

あちらも安全を確保できれば、村の人たちが自由に薪を拾いに行けるようになるだろう。




かなり急いで歩くこと、おおよそ二時間。

陽が昇り、街道を見渡せるようになった。

「あれか?」

ライナーが見つけたのは、街道に散らばる木材だった。


近くまで行くと、塩が入っていたらしい袋が引き裂かれて落ちていた。

そこら中に塩がばらまかれていて、微妙な匂いがする。


「塩があるからそれっぽいけど、これ本当に馬車?木の板があるだけじゃん」

フィーネが近寄って見ているが、確かに板がたくさん落ちているだけに見える。


少し周りを探してみたところ、すぐにアウレリアが痕跡を見つけた。

「ここだ!」


その声を聞いたカイが岩の向こう側を覗き込むと、あった。

「これ、は……」


真っ二つに割れた馬車の車輪。

ボロボロになった幌の切れ端。

木っ端微塵にされた板材。

そして散乱する、森の奥で拾ってきたのと同じような羽。


「ボロボロじゃねぇか」

エーミールはそう言いながら、幌を支えていただろう細長い木材の一部を拾い上げた。


「やっぱり魔物だな。モタルドイーグル……にしちゃあ、切り口が鋭い気がするが」

ライナーが、幌を広げながら言った。


「幌と、骨組みの一部は鋭いもので切られているな。だが、幌の支柱や馬車の土台は、切ったというより上から潰されたように見える」

アウレリアが、幌馬車だったものを慎重に見ながら言った。


「あの、少しスキルで見ても良いですか?ここまで壊れていると、ほとんどの部品を取り換えるか、新しく作るかを考えた方が良さそうなので」

カイが言うと、バンガードの四人は一歩下がってくれた。

「ああ」

「わかった」


カイは音もなくスキルを起動し、幌馬車を確認した。


ざっと見たところ、かろうじて骨組みや板が残っているだけ。

これでは、一度にすべてを修理するのは難しそうだ。


部品のほとんどを継ぎ足すか、取り換えなければいけない。

小さな部品を一つずつ修理してから、全体を組み立て直すなら修理できそうではある。

ここまで取り換えまくるなら、別の馬車を買った方が安いだろう。


「車軸は何とか残ってるけど継ぎ足しで修理、幌は全取り換え、骨組みも継ぎ足しと取り換え……。ん?何だろ」

カイだけが見ている立体映像の中に、違和感があった。


くるりと動かして拡大してみたところ、板の割れた隙間に何かが挟まっているようだった。

場所を確認したカイは、スキルを使ってそれを取り出した。


ぽとり、と手のひらに落ちたのは、冷たくて小さなもの。


「これは――」

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