あなたのために

奈那美

第1話

 「なあ、遠藤。明日ちょっとつきあってくれないか?」

そう永田君に言われたのは、ダンスのイベントが終わってすぐの金曜日だった。

「え?ぼく?いいけど……どこかに行くの?」

「ああ。買いたいものがあるんだけどさ、ちょっと俺じゃわかんなくって」

永田君でもわからないものが、ぼくにわかるだろうか?

でも、永田君困っているみたいだし。

 

 「いいよ、ぼくでよければ手伝うよ」

「サンキュ!じゃあ、明日昼の三時に」

繁華街の最寄り駅の名前を言って、永田君は帰っていった。

買いたいものがあるから繁華街に行くのは納得できるけど……何を買うんだろう?

まさか洋服選びをぼくに頼むなんてありえないし。

本、かなぁ?

そうだよ、きっと本か何か買うんだ。

ついでにぼくもなにか面白そうな本、買おうかな。

 

 駅に着いたらタイミングよく永田君に会えた。

「よっ!悪いな、休みの日に」

「ううん、大丈夫だよ。今日は何を買いに行くの?」

「本、買おうと思っててさ。遠藤、本好きだろ?おススメの本があったら教えてほしいんだ……俺、めったに本とか読まないからさ」

 

 本かぁ……予想通りだ。

だけど、読まないのに買うってどういうことだろう?

そう思ったぼくは、永田君にその疑問を投げかけた。

「いや、誕プレ、買おうと思ってさ」

「誕プレ?彼女さんに買ってあげるの?」

「いや、姉貴。姉貴っていっても兄貴の嫁さんなんだけどな」

 

 「義理のお姉さんに誕プレとか、すごいねぇ、永田君」

ぼくは感心してそう言った。

ぼくにも兄さんはいるしお嫁さんもいるけれど。

甥っ子と遊んであげることはあっても、お義姉さんに誕プレなんて考えたこともなかった。

「いや、全然すごくないって。なんつーの??的なやつよ」

 

 なにげに永田君が古臭い発言をしている──永田君らしくないなぁ。

「永田君がそんな言葉使うのって珍しいね。誰かに言われたの?」

「それこそ姉貴に言われたんだ。『私にしておいた方が身のためよ』って」

「え~?なにそれ。公然と賄賂の要求とか、面白いお義姉さんなんだね」

 

 「遠藤も知ってるやつだぜ」

「へ?そんな個性的な人、知り合いにはいないと思うけど」

しばらく考えて、ぼくはそう答えた。

女性の知り合いなんて、家族とクラスメイトと先生たちくらいだ……情けない話だけど。

 

 「いや、知ってるはずだよ。学校に図書室あるだろ?」

「うん、よく利用させてもらってる。たしか司書さんの名前が永田……えぇっ!もしかしてあの司書さんが、永田君のお義姉さんなの?」

「そういうこと。学校内でやましいこととか別にしてないけどさ、そう言われるんだったら、誕プレでもやって機嫌取っておいたがいいかな~って、なんとなく……さ」

「そうなんだ」

そんなもの、なんだろうか?よくわからないけれど。

 

 そんな話をしながら歩いているうちに本屋さんについた。

結構大きくて品ぞろえも豊富なので気に入っている。

「うへぇ……こんなに本ばっかの中から選ぶとか、気が遠くなる」

永田君は店内に足を踏み入れた直後だというのに、早くも降参モードだ。

「これだけの本の中から、一冊の本を選ぶのかよ」

「そうだねぇ。書棚を全部見て回るのも大変だから、ジャンルを決めてから選んだ方が早いと思うよ」

 

 「ジャンル?」

「うん。たとえば小説がいいとか写真集がいいとか、そんな感じ。さすがにビジネス書とか参考書は外していいでしょ?宗教とかスピリチュアルとか」

「ああ、そうだな。宗教いらねーし、あと旅行とか実用書もはずしていいし……やっぱ小説が無難かなぁ?」

「う~ん。小説は、好みとかあるから難しいかも。いつもどんな本読んでいるか知ってる?」

「いや、一緒に住んでるわけじゃないから知らないな」

 

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