第18話 仲良し姉妹という虚像

夏休み前の解放感の中、私たちは“仲良し姉妹”という虚像に守られていた。


「あの二人って、ほんと仲良しだよね」

廊下を歩くとき、そんな声が耳に届くたびに、胸の奥がひやりと揺れた。

期末テストも終わり、教室の空気は夏休みを前にした浮き立つ雰囲気に包まれている。


窓から差し込む強い陽射しが床を照らし、外ではセミが鳴き続けていた。

授業中、席が隣同士だから、小声でやり取りをするのは自然なことだった。

ノートを見せ合ったり、忘れ物を借りたり。

その光景を見た前の席の子が振り返って「やっぱり姉妹っていいなあ」と笑う。


休み時間になると、沙耶と私は窓際に並んで外を眺める。

私にとっては息をつくひとときなのに、背後を通る女子たちは「まるで双子みたい」とひそひそ声を交わした。


下駄箱で靴を履き替えるときも、いつの間にか隣にいる。

そのたび「一緒に帰れて羨ましい」と別の子が声をかけてきた。


——外から見れば、きっと「完璧な仲良し姉妹」なのだろう。

けれど、私の胸にはいつも微かな不安が渦巻いていた。


沙耶は教室では優等生を演じ、誰にでも分け隔てなく笑顔を向けている。

一方の私は、まだ他の子と打ち解けられず、浮いた存在のままだった。


「そんなに無理して友達作らなくてもいいんだよ」

ある休み時間、沙耶が私にだけ向ける声は、いつになく柔らかかった。


「私がそばにいるじゃない」

その一言に胸の奥がじんと温かくなる。


この学校で私を気遣ってくれるのは、沙耶だけ。

その事実が、何よりの安心を与えてくれた。


——けれど、同時に思う。

彼女に頼りきりで、本当にいいのだろうか。

彼女の優しさにすがっているだけの私は、また孤独に戻る日が来るのではないか。


ある日の昼休み。

机を並べてお弁当を食べていると、クラスの男子が笑いながら近づいてきた。


「二人って、ほんと仲いいよなー。いつも一緒じゃん」

周囲の女子たちも面白がるように「仲良すぎて逆に怪しい」なんて声を上げる。

その瞬間、沙耶の頬がかすかに赤く染まった。


「そんなことないよ。だって……姉妹だもん」

彼女の口から自然に出たその言葉。

教室の笑い声に紛れていったけれど、私の耳にははっきり残った。

胸の奥がざわめく。


——私たち、姉妹として見られているの?

それとも。


周りから「仲いいね」と言われることは、不思議と嫌じゃなかった。

むしろ心地よい。

けれど、その「姉妹」という言葉は、胸の奥で痛みと喜びを同時に呼び起こす。


私はそっと、沙耶の横顔を盗み見た。

赤らんだ頬。

視線を落としながらも、笑みを作ろうとしている。

その仕草が、ただの演技には見えなかった。

笑顔を繕いながらも、頬を染めるその表情は、周囲の誰にも気づかれない。


けれど私には確かに届いた。

——嬉しい。

そう思った瞬間、胸の奥に甘い疼きが走った。

苦しいほどに胸が締めつけられるのに、その痛みさえ心地よい。

演じている「完璧な姉妹像」と、欠落を抱えながら寄り添う本当の私たち。

その二つの狭間に立たされている感覚が、甘く、そして恐ろしかった。


甘美な虚像に守られながら、私は本当の気持ちを飲み込んでいった。

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